さん、こっちこっち!」

 大きく手を振ってくれる野中さんと吉浦さんに駆け寄る。「ごめんね、職員室寄ってて」と謝ると、二人とも笑って「大丈夫大丈夫!」と言ってくれた。
 今日の体育の授業中、吉浦さんがこっそり教えてくれたのだ。今日の放課後に他県から来た学校とバレー部が練習試合をすることを。強豪だから練習試合をしてほしいとたくさんの学校が言ってくるのだそうだ。すごいなあ、と単純に思ったのだけれど、話には続きがあった。吉浦さんは少し恥ずかしそうに「見に行きたいんだけど、一緒に着いてきてくれないかなあ、と」と小さな声で言った。野中さんも誘ったらしいのだけど、人数が多いほうが心強いと言った吉浦さんに首を傾げる。練習試合を見に行く子はそこそこいるらしい。なんでも三年の先輩にかっこいい人がいて、その先輩を見に行く人が一年生にも二年生にもいるのだとか。見に行くこと自体が禁止されていないはずだ。心強い、とは? 純粋にそう疑問に思っていると、吉浦さんはよりこっそり言った。「実は、ちょっと、気になってる人が、いてね」と。だから試合を見に行きたいのだけど、気恥ずかしくて見に行けないし、かっこいい先輩を見に行っている人に混ざるのも嫌だ、とのことらしかった。
 かわいいな、なんて思って笑ってしまった。吉浦さんは恥ずかしそうにしていたけれど、「お願いします」と手を合わせてお願いしてきてくれて。もちろん断る理由なんてない。すぐに「行きたい」と返事をしたら、これまたかわいく笑って「ありがとう」と言ってくれた。
 そして放課後。用事を終えてから体育館に入って、少し驚いてしまった。練習試合だというのにギャラリーが結構いる。仲の良い人が試合に出ているらしい男子生徒、かっこいい先輩を見に来たらしい女子生徒、部活終わりに見に来たらしい人たち。スポーツ好きと有名な先生も覗きに来ていて、結構がやがやとした雰囲気だった。
 二人の隣に立ってそうっとコートを見下ろしてみる。白布くんをすぐに見つけると、その隣にいる川西くんもすぐに見つけた。かっこいいと言われている先輩はどの人だろう。そう興味本位できょろきょろしていると、野中さんが「牛島先輩やっぱかっこいいよね〜」と呟いた。どの人か聞いてみたら、背番号1番を付けたとても背の高い人だった。主将を務めているらしく、とても有名な選手なのだそうだ。

「瀬見先輩目当ての子も結構いるよね」
「瀬見先輩?」
「あの人。今白布と喋ってる人」

 白布くんと話している人。目を向けてみると、白布くんと川西くんに笑って話しかけている人が目に入った。たしかに整った顔をしているかっこいい人で、きっと女の子にモテるんだろうなという印象だ。

「吉浦さんが気になってる人はどの人なの?」
「ちょ、待って、恥ずかしいからあんまり言わないで」
「え、あ、ごめんね!」
「照れ屋だな〜。さん、あの人だよ。ネットの近くにいる人!」
「ちょっと野中!」

 きゃっきゃと楽しそうにしている二人。それを見てわたしも笑ってしまう。野中さんの悪乗りに乗って「かっこいい人だね」と言ってみると、吉浦さんは「さん!」と恥ずかしそうに顔を隠してしまった。それを野中さんと二人で笑うと、恥ずかしそうにしつつも楽しそうに吉浦さんは笑ってくれた。
 三人で話をしながらまたコートを見下ろす。相手の学校の人たちが準備を終えて入ってきたところだった。監督らしい人が挨拶をしていて、そろそろ試合がはじまりそうな雰囲気だ。ちょっと、どきどきしている自分がいる。吉浦さんもこんな気持ちなのかもしれない。
 白布くんはまだ川西くんと瀬見先輩というらしい人と話している。どうやら川西くんと二人で瀬見先輩をからかっているようだった。ああいう顔もするんだな。そんなふうに思ってじっと見つめてしまう。
 指に巻かれたテーピング。あれは怪我じゃなくて、それを防止するためのもの。白布くんが教えてくれたことを思い出す。ユニフォーム。白鳥沢学園バレーボール部のユニフォームは薄らどんな感じか知っていたけど、こうしてちゃんと見たのははじめてだ。紫と白。きれいな色。とても白布くんに似合っていると思う。

「改めて見るとさー、白布ってすごいよね」
「え、白布くん?」
「スポーツ推薦組に混ざってるだけですごいのにさ、今年からレギュラーになったんだって」
「そ、そうなの?!」
「そうそう。スポ薦の人たちって背も高いし中学のときもすごかった人ばっかじゃん? その中にいるってすごくない?」
「成績も良いし、化け物かよってね」

 吉浦さんがそう笑う。野中さんも笑いながら「化け物は失礼すぎでしょ、完全同意だけど!」と言った。そっか、白布くん、レギュラーなんだ。素直に驚く。あまり運動部のことを知らなかったのだけど、ユニフォームは部員全員が着られるものじゃない。中学のときの運動部もそういえばそうだったな、と今更思い出す。強豪校だから部員が多いバレー部で、そのユニフォームを着ていることはそれだけですごいのだ。その上でコートの中にいて、選手としてボールに触れる。それは、本当にすごいことなのだ。
 すごい、すごいなあ。きゅっと自分の拳を握ってしまう。監督らしき人の声に反応して白布くんたちが走って行く。試合がはじまる。輪になって監督らしき人の話を聞く白布くんの背中をじっと見つめて、唇を噛んだ。わたしは何も頑張っていないな、なんて。いつかに白布くんに「練習がんばって」と伝えてしまったことを思い出す。あのとき、白布くんは何も言わなかったけれど、やっぱりとっくに白布くんはがんばっていたし、わたしの応援なんてむしろ邪魔だったかも。そんなふうに卑下してしまう。卑屈だなあ、いつまで経っても。分かっていてもそう思ってしまう。
 両校が礼をして、選手がコートに入る。コートの中にいる白布くんと、それを見ているわたし。やっぱり世界が違うなあ。わたしとは違うなあ。そう思いながらコートを見つめていると、ふと、白布くんと目が合った気がした。びくっと肩が少し震える。気のせい、かな。目が離せないでいると野中さんが「うわ、白布こっち見てない?」と苦笑いをこぼす。や、やっぱり、こっちのほうを見てる、よね。内心でそう同意すると吉浦さんが「うわ、本当だ」と野中さんに苦笑いで返した。
 白布くんはじいっとこちらを見ている、ように見える視線のまま。静かに試合がはじまるのを待っている。何を見てるんだろう。どぎまぎしていると、ふと、白布くんの右手が小さく動いた。握っていた手が開いて、パーになる。その手をほんの少しだけ揺らすように動かした。手を、振っているみたいな。そんな動きに見えてどぎまぎする。手を振ってるのかな、誰にだろう。わたしの後ろに誰かいたっけ。そう思って振り返るけれど、後ろには壁しかない。もしかして野中さんかな。それとも吉浦さんかな。そう思いつつまた白布くんに視線を戻す。すると、白布くんが吹き出した。すぐに白布くんは表情を元に戻して、拳を握ってグーにする。視線を正面に向けると、ちょうど試合がはじまった。

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