白布くんたちのおかげで資料のまとめは一時間くらいで終わった。翌日の発表も同じ班の二人が約束通りしっかりやってくれた。そして、驚いたのが。
 各班の発表が終わるごとに質疑応答の時間が少しだけあるのだけど、わたしの班の質疑応答のときに白布くんが手を挙げたのだ。一緒に資料をまとめたのになぜだろう。発表をすべてやってくれた二人の後ろで首を傾げてしまう。白布くんは「初期の活動の中に外国文学の翻訳とありますが、たとえばどういう作品を翻訳したんですか」と淡々と質問を口にした。正直、そこまで細かいところは他の班も発表資料に加えていない。ちょっと意地悪な質問だった。調べていない二人はもちろんあわあわと資料をめくって「えーっと」と言葉を詰まらせる。
 すると、白布くんはちらりとわたしを見て「さん、たとえばどういう作品ですか」と声色を一切変えずに聞いた。それは昨日、わたしが野中さんと「え、これ読んだことあるけど知らなかった」と話したもの。白布くんもそれを聞いていたはずだから質問しなくても分かっているはずなのに。質問をした意図がよく分からないまま「『ファウスト』や『即興詩人』が有名です」と答えた。白布くんは満足げに「分かりました」と言って席に着き、それ以降の班には質問することはなかった。

「いや、むかついたから」
「む、むかついたから……とは……?」

 思い切って白布くんに質問の意図を聞いてみた。休み時間に入った教室はざわざわと騒がしい。けれど、白布くんの周りだけどこか静かで落ち着いた空気が流れている気がして、少し、居心地の良さを感じてしまう。
 白布くんは目を細めて教室の入り口の辺りを見る。そこにはわたしと同じ班で発表をした二人がいる。二人が教室から出て行ったのを見送ってから、白布くんは頬杖をついてこちらを見た。

「発表だけやるから、ってそれ、資料まとめたのも自分たちの手柄にしようとしてるだろ。単純にそれにむかついただけ」
「そ、そうかなあ……」
「そういうもんだろ。サボり慣れてるやつはそういうのすぐ思いつくんだよ」

 どうやら経験があるらしい。白布くんは忌々しそうに言ってから「ま、性格悪いのはこっちもだけどな」と言って次の授業の教科書を出し始める。次は古典の授業だ。ちらりと白布くんの手元を見ると、わたしが勧めた参考書があった。

「……白布くんって」
「なに?」
「優しいね」

 間。白布くんは教科書を机の定位置に置こうとしたポーズのまま固まってしまう。目を丸くしてぱちくりとわたしをしばらく見ていた。変なこと、言ってしまった、だろうか。心臓が変な音を立てる。何か不快なことだったらすぐに謝らなきゃいけない。でも、優しいって、ギリギリ褒め言葉、なのでは。いやでもそれはわたしの感覚だし、白布くんにとっては違う、の、かも?
 謝らなきゃ。そう口を開こうとした瞬間、白布くんが少し俯いてくつくつと、静かに、けれど耐えきれないといった様子で笑い始める。嫌だったわけ、じゃないのかな? よく分からなくて戸惑っていると白布くんは笑いながら顔を上げた。

「それバレー部が聞いたらひっくり返って驚くぞ」
「え、どうして?」
「怖い≠ニか言われがちだしな。特に後輩」
「……わ、分からなくはない、けど」
「否定しろよ」

 「あーおかしい」と呟いてから白布くんは控えめな咳払いをした。
 白布くんは確かに表情があまり変わらないし、言葉が鋭い印象が強い。あまり関わりがなかったらわたしもずっと怖いと思ったままだったと思う。でも、こうして関わると、その全てが単純なものじゃなくて、とても分かりづらい思いやりの形なのだと、分かる。分かりやすい太陽の明るさや月の穏やかさじゃなくて、乾いた大地に降る雨のような。そういう思いやりのある人なのだろうな、と、わたしは思うのだ。

「わたしは好きだよ。白布くんのこと」
「…………どうも」

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