「ごめん、さん。俺らこういうの苦手でさ……」
「発表はあたしらやるから! ごめんね!」

 うん、大丈夫だよ。そう言って曖昧に笑う。二人はそそくさと図書室から出て行き、図書室のドアが閉まると足音も聞こえなくなった。少し弱った。こんな言い方をすると失礼なのだけれど、くじ運が悪かったな、なんて。
 現代文の授業で、作品を読むにあたって作者のことを調べるという課題が出た。次回の授業で調べたものを発表する、ということらしく、班分けはくじ引きだった。三人一組の班に分かれて、それぞれ別の作者について調べるのだけれど、わたしと同じ班の二人というのが先ほど帰って行った二人で。
 調べたことをまとめて資料を作るくらい、三人でやればすぐにできるのに。苦手だと言っていたけれど、わたしが調べて紙にメモしてくれるだけでもよかったのに。内心でそう思ったけれど、それを口にすると嫌な顔をされそうで怖くて。引き受けるしかできない自分がひどく情けなかった。


「あ、し、白布くん」
「その本、あとで借りて良いか? というか他のやつは?」

 わたしが持っている有名な文豪の歴史をまとめた本を指差しつつ、白布くんは辺りを見渡した。白布くんの班は残り二人は女の子みたいだ。数冊本を持ってきたみたいで、机に置いて熱心に読み始めた。一人の子が「白布ーサボるなー」と笑ってからかうと、「サボってねえよ」と白布くんがその子をちょっと睨む。ふつうの友達がするようなやりとり。いいなあ。ちょっとだけそう思った。
 本は数冊取ってきていたので、先に白布くんに渡す。「いいのか?」と不思議そうにしたけれど、一人でまとめるのだから時間がかかってしまう。白布くんには「後で読むから大丈夫」と返した。

「で、他のやつは?」
「あ、えっと、なんか……用事があるみたいで、帰っちゃった」
「はあ?」

 顔をしかめた。ちょっと怖い。思わず「ごめん」と謝ると白布くんは「いやなんでお前が謝るんだよ」とため息をつく。わたしが資料をまとめているノートを覗き込むと「最後まで一人でやるのか」と言うので、先ほど二人が言い残した言葉を思い出す。発表はやってくれると言っていたっけ。だからわたしは資料をまとめるだけでいいのか。それをそのまま白布くんに伝えると、余計に顔をしかめてしまうから。余計なことを言ったのかと不安になってしまう。
 白布くんはわたしから視線を外すと、通路を挟んだ隣にある机に本を広げている二人に「おい」と声をかけた。「おいとはなんだ、おいとは」と一人の子が反応する。白布くんはわたしのことを指差しながら「俺ちょっとこっちやるから」と言うものだから、驚いて。

「どういうこと? なんで白布が他の班手伝うの?」
「他のやつに押しつけられて一人でやってんだよ」
「えっ、うっそ。なにそれ、最低じゃん」
さんの班ってあの二人だよね? 絶対放課後デート行ったでしょ、毎日そうだし」

 二人はそう苦笑いをすると、「仕方ないなあ白布は〜」と言いつつ自分の荷物を動かし始める。なぜだかわたしが座っている机に移動してくると、「さんの班って誰のこと調べてるの?」とノートを覗き込んだ。白布くんもちょっと面食らったような顔をして「いや、お前らは自分のやつやれよ」と言う。

「いや、白布に言われたくないし」
「いいじゃん、四人でやったらすぐ終わるし」
「え、いや、あの、大丈夫だよ、わたしの班のやつだし……」
「じゃあさん代わりにうちらの班のやつにアドバイスちょうだい!」
「えっ」
さん頭いいもん。見てもらったら心強いよ」
「そうそう。さんさえよかったら!」

 白布くんががたんっと椅子を引いて座る。「手伝うのに仕事増やすなよ」と小さな声で言うと二人が「白布のくせにうるさいんだけど」と声をそろえた。その声には反応しないまま、白布くんは「俺は明治二十二年からまとめてく」とだけ言って、自分の班の分じゃないところを読み始めた。

「あっ! さんそのキーホルダー、ガチャガチャのやつ?」
「え、あ、うん、そうだよ」
「これウサギ? ネコ?」
「クマだよ」
「クマ?! クマって選択肢はなかったわ!」
「うるせえよ……」

 白布くんに「ごめんごめん。でもいいじゃんちょっとくらい」と笑ったのは野中さん。吹奏楽部に入っているとあとで教えてくれた。一年生のときも白布くんと同じクラスだったそうだ。野中さんはいわゆる、ギャル、っぽい感じの子だ。髪のがふわふわときれいに巻いてあって、髪で隠してあるけどピアスが両耳に一つずつ開いている。そういう子は苦手だと思うことが多かったけど、話してみると全然そんなことなくて、少し驚いてしまった。
 もう一人の子は吉浦さん。野中さんとは中学からの同級生だという。大人しそうな雰囲気で、言動が大人っぽい。でも野中さんが白布くんをからかうと加勢するところがちょっとかわいい。一緒のクラスになってから何回か話したことがあるけれど、ちゃんと話したのは今日がはじめてだ。
 おしゃべりをしながら作業をしていると、不思議と順調に進んでいる気がする。こんなの、久しぶりだなあ。二人は昨日観たテレビの話から学校であったことまで、いろんなことを話してくれる。白布くんは黙々と作業を続けていたけれど、たまに話に混ざることもあった。

さんって外部入学なの?」
「あ、うん。一般入試で受験したよ」
「うわあ、すご。一般でここ入れる気しないもん、私」
「白布もそうでしょ」
「口じゃなくて手を動かせよ」
「はいはい。でもよかった、さん人と話すの嫌いなのかと思ってたから」
「えっ、どうして?」
「前に話しかけたら困った顔したように見えたから、悪いことしちゃったかなあって気になってたんだ」

 野中さんがそう笑う。あれ、わたし野中さんと話したこと、あったっけ。吉浦さんとは覚えているけれど。ぼんやりそう思っていると「一年のとき美化委員だったでしょ?」と付け足してくれた。そこまで言われてようやく薄っすら思い出した。

「は、話すのが下手なだけで、全然、嫌いじゃない、よ」

 そういうと野中さんは「え、じゃあライン交換しよ!」とスマホを取り出した。それからあれよあれよという間に野中さん、吉浦さんと連絡先を交換して、「ついでに」と野中さんが白布くんとも交換してくれた。高校に入ってはじめて人と連絡先を交換した。それが嬉しくて、嬉しくて。
 窓の外で強い風が吹いた。窓ガラスが少し音を立てたことに驚いて振り返ると、スズメが数羽空に飛び立っていく。夕焼け。優しいオレンジ色のそれは、なぜだか久しぶりに見た気がして、不思議だった。

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