朝、教室に入って自分の席に着く。それからすぐに白布くんに声をかけられた。白布くんの手にはわたしが貸した英語の参考書があって、どうやらそれを返してくれるらしい。あまり良くなかっただろうか。わたしは説明文が読みやすくて好きだったのだけれど。そう少し残念に思っていると、白布くんは「分かりやすかったから自分で買った」と言う。それがすごく、すごく嬉しくて。

「そ、その人ね、古文の参考書も出してて、そっちもすごく分かりやすいよ」
「出版社一緒?」
「う、うん!」
「今度見に行く」

 白布くんから参考書を受け取る。中学生のとき、頼み込まれて男子にノートを貸したことがある。帰ってきたわたしのノートは端が折れていて、ああ男の子って人の物でも雑に扱うんだな、と悲しい気持ちになったことを思い出す。今思えば決めつけだったなあ、と申し訳なくなるばかりなのだけれど。でも、そういう先入観があるからか、返ってきた参考書がきれいなままのことが嬉しかった。
 ふと、白布くんの指を見てしまう。ノートを渡しに体育館に行った日、ぐるぐるに巻かれていたテーピングがまだ気になっている。痛いのかな。ペンを握るのが大変なのならノートくらいわたしが取るのに。

「……なんかついてる? 俺の手」
「えっ、あ、ううん! ごめん!」

 白布くんは自分の手をじっと見てから、またわたしを見ると「なんだよ」と言って手を見せてきた。「何か変?」と聞かれると、さすがに何も言わないということができなくて。

「け、怪我とかしてるのかなあ、と思って」
「怪我? なんでだよ」
「この前、テーピングしてたから」
「ああ、そういうことか。あれは保護するために巻いてるだけだから怪我じゃない」
「そ、そうなんだ」
「あのときは試合形式の練習ぶっ通しだったから巻いてただけ」

 なんだ、よかった。ほっとした。白布くんはバレー部でセッターというポジションだから指が大事なのだと教えてくれたけど、セッターがどういうポジションなのかもよく知らない。よく分からないけど、きっとたくさんボールを触るポジションなのだろう。あとで調べてみよう。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 セッターというのはコートの中で司令塔として動く重要なポジションのことだとインターネットで読んだ。攻撃をするためにはセッターがトスをあげないといけなくて、選手たちのことをよく見ていなくてはいけない。相手のこともよく見て、誰に、どんなトスをあげるかを考えなくちゃいけない。そういうふうに理解した。なんだか白布くんにぴったりだ。白布くんはいつも冷静で、頭が切れるから。
 解説されたページを閉じようとした指を止める。ページの一番下に動画のリンクが貼ってあったのだ。バレーの試合映像らしい。体育で数回やったことがあるだけで、プロの試合は見たことがない。どんな感じなのだろう。そう思って好奇心で動画のリンクをタップした。

「……どの人がセッターだろ?」

 目が回るようなスピードでボールがあっちへ行ったりこっちへ行ったり。もしわたしがこのコートの中にいたら目を回しているだろう。動画でも伝わってくる迫力に圧倒されつつ、ようやく分かった。ボールを指でとらえる人がセッターだ。ネットの近くでボールをあっちへやったりこっちへやったり。得点につながる攻撃につなぐためのそのポジションは、意識して見なければ重要だとわたしには分からなかっただろう。
 バレーのことは本当によく分からない。今少しインターネットで調べただけで深く分かるわけがない。でも、動画を見て思った。白布くんが、バレーをしているところ、見てみたいな。どんな顔をするんだろう。どんなふうに動くんだろう。どんな雰囲気になるんだろう。
 バレー部の試合のとき、応援のために試合会場に生徒が結構行くことがある。去年も数回行くか行かないかのアンケートが取られていたっけ。わたしはルールも知らなければ、知っているのも川西くんくらいだったから一度も行ったことがない。でも、もし明日そのアンケートがあったとしたら迷わず、行くと答えだろうなあ。
 まだ新学期がはじまったばかり。応援に行くような大きい大会はないらしい。残念だ。そうこっそり思いつつ、動画のページを閉じた。

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