昔から人とおしゃべりすることが大好きだった。相手の話を聞くのも好き、自分の話をするのも好き。人の話で笑うのも大好きで、自分の話で人が笑ってくれるのも大好き。別にお笑い芸人のように話が上手なわけじゃないけれど、とにかく人と話すことが大好きなのだ。

「成績いいからって調子乗っててうざいよね、アイツ」

 図書館で居残って勉強をした帰り、廊下の先でそんな話をしている女の子たちがいた。一人の子が言ったその言葉に他の子も同調して「明日からシカトしようよ」と笑う。そうっと、足音を立てないようにその場を去った。ああいうことする子、中学生になってもいるんだ。小学生のころはちらっとそういうこともあると聞いたことがあったけど。そんなふうに思いつつ。
 世界は一瞬で色を変えてしまう。桜がすぐに散ってしまうのと同じように、激しい通り雨のように。とてもとても簡単に、跡形もなく変えられてしまう。その速度についていけないまま、わたしは教室の入り口で立ち尽くすしかなかった。
 中学二年生の秋。わたしの世界は跡形もなく変わった。今までいろんな色に満ち溢れていたはずの大好きな空間は、何の色もないモノクロに塗り潰された。ああ、あのときの悪口の標的はわたしだったのか。そんなことを、まぬけにようやく理解した。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あんまり言いたくないけどさ、さんってめちゃくちゃ暗いよね……」

 高校二年生の春。そんな声が少し離れたところから聞こえてきた。今年から同じクラスになった子だ。内心でそう思いつつ、俯いて机を見つめる。暗い。高校に入学していろんな人に言われる。でも、仕方ない。
 中学二年生の秋からゆるやかにはじまったいじめは、結局卒業するまで終わることはなかった。中学三年生にあがってからは物を盗られたり、ノートに水をかけられたり、無視するだけに治まらなくなっていって。どうすればいいのか分からないまま、ただただ毎日口をつぐむしかなかった。
 怖かった。一体わたしが何をしてしまったのだろう、と。何が原因で瞬く間に世界が変わってしまったのか。誰も原因を教えてくれない。わたしが嫌なこと言ってしまったのだろうか。何か的外れなことを言ってしまったのだろうか。きっと何か、気に障ることを言ったのだろう、けど。まるで何かは分からない。自覚がないことは何よりも恐怖で、わたしはすっかり言葉を発することを怖がるようになっていた。

「そこ、俺の席なんだけど」
「……」
「おい」
「……」
「おい、
「えっ、あっ……えっと」
「そこ、俺の席。お前もう一つ左だろ」
「あ、ほ、本当、だ。ごめんなさい」

 かすかに顔が熱くなったのが分かる。恥ずかしい。ちゃんと席順を数えたはずなのに。一列見間違えてたなんて。
 慌てて自分の荷物を持って一つ左にずれる。「ごめんなさい」と謝って頭を下げると、そこに座ったその人は「いや、別に良いけど」と目を合わないまま言って、それきり何も言わなかった。
 静かに自分の席についてからふと思う。彼は一体誰なのだろう。わたしは彼の名前を知らない。去年は同じクラスじゃなかったし、ただでさえ友達がいないのに男子となんて余計に話さない。顔を見た覚えがぼんやりあるくらいで、誰かは一向にぴんとこなかった。それなのに、彼はわたしの名前を知っていた。
 もしかして、暗いしゃべらないヤツだと噂を流されているのだろうか。それか誰かが悪口を言っているのだろうか。そう思うとすごくすごく、心臓が冷えた気がする。どうすれば、もう、あんな目に遭わないのかな。ぎゅっと握った拳の中で、少し伸びた爪が刺さった。

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