※「光あれ」の続きです。




「お、こっちこっち」

 大学からほど近い居酒屋に入るとすぐに瀬見が手を振ってくれた。 店員さんに会釈してからすでに飲み会が繰り広げられている席に行くと、ほとんど出来上がっている山形が「結婚おめでと〜!」と意味不明なボケをかましてきた。

「あけおめことよろ。 あと結婚してないから」
「いつ白布になんの?」
「そういうのは賢二郎くんに訊いてよ」
「……けんじろう?」
「え、なに」
「けんじろうくん?」
「賢二郎くんでしょ……え、なに、どういうこと?」

 なんだか驚愕の表情を浮かべる目の前の男どもは放っておく。 店員さんを呼んで注文をしている横で川西と山形、五色の三人がひそひそと「けんじろうだって」とにやついている声が聞こえてくる。 私の隣に座っている川西の足を思いっきり踏みつけてやると静かになったので満足した。 名前で呼んで悪いのか、このやろうども。
 はじめ、賢二郎くんにそれをお願いされたときはちょっと無理かも、なんて思っていたのに。 呼んでみたら割とあっさり慣れた。 むしろこっちの方が呼びやすいくらい。 賢二郎くんのお願いを即行で叶えてしまったわけだけど、賢二郎くんは今年あと何をお願いするのだろうか。 聞いても「考えときます」と返されるだけのそれが少しだけ楽しみだ。

「牛島久しぶり。 試合見てるよ〜優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「白布はゼミの合宿だっけ?」
「うん。 今日帰って来るけど、こっちには来られないかもってさ」

 大平が取り皿を渡してくれるのと同時に天童が箸をくれる。 二人にお礼を言いつつすでにある料理を適当に乗せた。

「白布元気?」
「元気というかいつも通りだよ」
「本当変わんねーよな白布。 逆にびっくりするわ」
「瀬見はこの前会ったんだよね」
「駅で偶然な。 すげー嫌そうな顔されたわ」
「白布さんがどんな顔したかすぐ思い浮かびますね」

 五色がそう言うと川西もそれに頷く。 この人たちの中で賢二郎くんってどういう人になってるんだろうか。 自分の恋人のイメージを心配しつつ、店員さんが持ってきたドリンクを受け取る。 私の飲み物が届くと全員が一度やっただろうにまた乾杯をしてくれた。 大学二年生になった五色は成人を迎え、それをネタにアルコールをちびちびと飲まされているらしい。 予想通り酒には弱いらしくもう顔が赤くなっている。 このメンバーだと牛島の次に五色とは久しぶりだ。 成人するより前、つまり八月より前に会って以来かもしれない。 「成人おめでとう」と声をかけたら五色は誇らしげな顔をして「もう立派な大人ですよ」とキリッと懐かしいポーズを決めてくれた。 成人式の写真を見せてくれたが、体格がいいのでスーツがとても似合っている。 それを素直に褒めたらまた誇らしげにいつも通りのテンションで返してくるものだから笑ってしまった。

酒飲んで大丈夫? 帰れる?」
「そんなに飲まないから大丈夫です〜」
「なんかあったら俺が送ってってやるよ」
「英太くん男前〜」

 天童の冷やかしに瀬見が苦笑いをこぼす。 二人だけに分かる何かのやりとりがあったのは、私にしか分からないだろう。
 話は自然と高校時代の思い出話になる。 飲み会をするたびその話しかしないのに、何度しても飽きない思い出話に浸る。 誰かが何かを話すたびに「懐かしい〜!」という声がもれる。 私が何かを話すと同じ現象が起きるからちょっと面白い。 お酒を飲みつつ、料理を食べつつ。 全員で思い出話を延々と続ける。 口数が少なくて必要なこと以外はあまり話さなかった牛島も、高校生からは成長したのだろう。 ちょっとずつ会話に参加している姿に何だか感動してしまう。 これも毎回のことだ。
 思い出話にうんうん頷いていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。 ポケットからスマホを取り出して机の下でちらりと見る。 賢二郎くんからの電話だ。 賢二郎くんからなのでここで取っても大丈夫だろう。 「賢二郎くんから電話きた」と呟けば川西が「マジすか」と嬉しそうに言う。 五色も「出てくださいよ」となんだかわくわくして言うのだからちょっと笑ってしまった。

「もしもし」
『いま帰りました』
「おかえり。 こっちまだまだ続くからおいで」
『今から行きます』

 すぐに通話が切れる。 なんだって?というような視線を全員が向けている。 「今から来るって」と言ったらなんだかみんな嬉しそうな顔をした。 牛島でさえも「久しぶりだな」となんだか嬉しそうにするから、私まで嬉しくなってしまう。 私にとってもそうだけど、みんなにとっても大事な仲間であり後輩であり同輩であり先輩なんだなあ、と思って。 当たり前のことだけれど。
 それからまたすぐに思い出話がはじまる。 賢二郎くんの電話のあとだから賢二郎くんメインの話になる。 私たちにとっての最後の試合、春高予選の決勝の話にもなった。 卒業後すぐにはその話を少し避けていた時期もあったけれど、今となってはもう良い思い出だ。 こんな風に穏やかに楽しく話せるようになった。

「久しぶりにバレーやりたいなあ」
「天童は高校で辞めたもんね」
「たま〜にやったりするけど試合は滅多にできないかんね〜」
「今でもゲスブロックできる?」
「もちのろん」

 ピースを向けられて思わずにっと笑い返してしまう。 みんな相変わらずの様子でちょっと安心した。 みんなちょっと大人っぽくはなっているけれど、根本はそのまま変わってない。 私もそうだといいな。 そう思っていたら店の入り口のドアが開いた音がした。 唯一入り口が見える位置に座っている瀬見が覗き込むと、入り口から「げ」という聞き慣れた声がした。 瀬見が「げ、はないだろ!」と言いつつ手招きをする。 それから間もなく賢二郎くんの姿が見えた。

「お久しぶりです」
「久しぶり〜」
「お久しぶりです!」
「よし、白布飲め、今日は飲むぞ、そして語れ」
「いや俺飲まないです。 車なんで」
「なんで車で来た?!」
さん酔うと足元おぼつかなくなるんで」
「そんなに飲まないからね?!」

 賢二郎くんは肩から鞄を下ろしつつ席を見る。 川西の隣に座った私の席は隅っこ。 空いているのは瀬見の隣の隅っこだけだ。 それを確認して嫌そうな顔をする。 すぐに瀬見がその表情に気付いて「失礼なやつだな!」と笑った。

「瀬見の隣でいいじゃん」
「太一変わってくれ」
「お前相変わらずかわいくねーな!」

 渋々瀬見の隣に座ると、賢二郎くんは鞄からお土産を取り出した。 律儀に全員にそれぞれ買ってきたらしい。 東京土産の定番品を机に並べる。 そしてそれぞれが好きなものを取っていく。

「でさ白布。 いつは白布になんの?」
「……何の話ですか?」
「その話続いてたの?」
「え、が訊くなら白布に訊けって言ったんじゃん?」

 突然の問いかけに賢二郎くんは怪訝そうな顔をする。 嫌、というよりは「めんどくさ」とでも言いたげな顔だ。 そんな顔は全員見慣れているのでスルーだ。 山形と川西を中心に賢二郎くんに「いつ? いつなの?」と茶化して聞き続ける。 賢二郎くんはそれに答えないまま店員さんに注文をしている。 完全にシャットアウトしている。 さすがの一言だ。
 山形、本当にいい感じに酔ってるなあ。 それに苦笑いを漏らしつつ賢二郎くんの方を見る。 賢二郎くんは呆れ顔のままではあったけれど、私の方をじっと見ていた。

「もうほとんど白布みたいなもんじゃないですか」

 そう呟くと「天童さん、箸もらえますか」と普通に言う。 それに普通に「ん」と天童が箸を渡し、何事もなかったようにまた乾杯がはじまった。

「いや待て! いま白布結構すごいこと言ったぞ?! 無反応かよ?!」
「瀬見さん別にツッコミ入れなくていいです」
「いや、ちょっとガチでかっこよすぎて何も言えなかったわ。 白布お前かっこいいな」

 はあ、どうも、と賢二郎くんが興味なさそうに呟いてその話題は一区切りとなる。 そこからはそれぞれの最近の報告会になり、主に牛島と五色の話になった。 この二人とはみんな会うのが久しぶりなのだ。 とくに牛島とは滅多に会えないから全員がここぞとばかりに質問をし続けている。 バレーのことや学校生活、あと恋人ができたのかどうかとか。 牛島は相変わらず淡々と端的に答えるだけだけど、私たちにとってはそれが元気な証で喜ばしいものだ。 賢二郎くんもそれを穏やかな顔をして聞いている。 なんだか、昔に戻ったみたい。 場所が体育館から居酒屋に変わっているけれど。
 それから二時間くらい馬鹿話を続け、いよいよ山形と途中から酔ってきた瀬見の様子が危うくなってきた。 牛島は明日も練習が午後からあるとのことだったので、賢二郎くんの「そろそろお開きにしましょうか」の一言でお開きとなる。 思いのほか飲んでしまったなあ。 ぼんやり思いつつ川西からコートを受け取って一番に席を立つ。 会費を五色に渡して店の外に出ると、その次に瀬見、賢二郎くん、川西、山形、天童の順でみんなが出てくる。 残りのメンバーは五色と一緒に会計をしつつ雑談をしているようだ。 外には細雪がしんしんと降っている。 夜空を見上げて川西が「今年もさみースね」と呟く。 もう慣れたはずの冬という季節なのに、いくつになっても肌が痛いほど寒い。 吐く息が白くなるのを見つめていると、急に肩に重みを感じる。 驚いて顔を少しそちらに向けると瀬見が顎を私の肩に乗せていた。

「重たいんですけどー」
「寒い……」
「というか酒くさ! 瀬見どんだけ飲んだの」

 相当酔っている。 瀬見の頭をぽんぽん叩きながら「水飲む?」と聞いたりなんやりして世話をしていると、少し離れたところから視線を感じた。 あ、と思ったときにはもう遅い。 こちらをじっと賢二郎くんが睨みつけている。 その感覚すらも懐かしい。 高校時代よく感じた視線だ。 瀬見とは部内でいえば一番話しやすくて仲が良いだけなのだけれど。 賢二郎くんはそれが気に食わないらしい。 背後から私の肩に顔を乗せたままの瀬見にほんの少し顔を近付けて「瀬見、瀬見」と小声で話しかける。

「ん〜」
「寝ないで、ちょっと退いて」
「眠い……」
「天童、天童、肩貸してやってよ」
「え、男に肩貸すとか、ちゃん正気?」
「重たいんだってば」
「いいじゃん。 ちょっとくらい良い思いさせてやりなよ」

 天童は素知らぬ顔でそう呟く。 酔っぱらっていて何も聞こえていないらしい瀬見は相変わらず私の肩の上でうにゃうにゃ小声で何か呟いている。 助ける気ゼロ、の天童が高校時代から何かと瀬見の肩を持っていたのを思い出す。 川西は山形の介抱で忙しそうだし、もう誰も助けてくれる人がいない。 腹をくくって瀬見のことを支えつつ賢二郎くんに呼びかける。 不機嫌MAXな顔に苦笑いを漏らしつつも、車に瀬見の乗せていいかを恐る恐る聞いてみる。 賢二郎くんはそれを予想していたらしく「別にいいですけど」と嫌そうな顔で呟いた。 それを聞いていた天童も「俺も〜」と参加してきて、四人で帰ることとなる。
 会計を終えて出てきた五色たちとまた少し立ち話をしてから、現地解散となる。 他のメンバーはもちろん電車で帰るとのことだったのでそこで別れた。 まるでまた明日あの体育館で会うかのような別れ方が今までどおりで少しセンチメンタルになってしまう。
 そんな雰囲気は即行で崩れる。 駐車場について賢二郎くんが車のカギを開けるなり天童が助手席に座ったのだ。 いや、そこはあんたが後ろでしょうが! そう思いつつ瀬見を半分くらい引きずって後ろに乗せようとしていると、賢二郎くんがツカツカ歩いてきて瀬見のケツを蹴っ飛ばした。 「早く乗ってください酔っ払い」と早口で言っている顔は不機嫌MAXに変わりない。
 なんとか瀬見を乗せて私もその隣に乗り込み、賢二郎くんが運転席に座ってようやく出発となる。 まず一番家が離れている天童の家に向かうらしい。 天童の案内で車が走り出すと瀬見はぐっすり眠ってしまった。 まるでそれを見計らっていたかのように、天童がくるりと私の方に顔を向けた。

「英太くん寝ちゃったね」
「結構飲んでたからね。 ものすごく強いイメージもないし」
ちゃんはさ」
「うん?」
「英太くんと賢二郎、告白してた順が逆だったら英太くんと付き合ったりってことはない?」

 天童の言葉に賢二郎くんが少し反応したのが分かる。 私が驚いて少し固まっていると賢二郎くんが「変なこと訊かないでください」とフォローしてくれた。

「好奇心だよ」
「くだらない……」
ちゃんと英太くん、仲良かったでしょ? そういうのは考えられない?」

 好奇心、なんて可愛らしい言葉で包んでくれる。 天童の顔は真剣そのものだ。 その表情に少し怖気づいたけれど、しっかり天童の瞳を見つめ返した。 そこで、私はようやく確信を得た。
 高校時代、瀬見と私はとても仲が良かった。 二年生、三年生のときにクラスが一緒でよく休み時間も二人で話したりしていたし、部活中も私を一番気にかけてくれていたのは瀬見だった。 天童も入れた三人で外に遊びに行くこともあったし、ときたま二人で遊ぶこともあったほど。 けれど、なんだか、少し瀬見からの厚意に特別なものを感じることがあった。 当時は自惚れているのだと心の中で自分を笑っていたのだけど。 恐らく瀬見は高校時代私を好いていてくれていたのだろう。 強く感じたのは卒業式のとき。 瀬見は私に第二ボタンをくれたのだ。 たくさん後輩の女の子たちが声をかけていたのに。 どうしてなのか聞くと「に持っていてほしいから」と言われた。 そのとき「ああ、私のこと、好きでいてくれたのかな」なんて思ってしまったのだった。

「……たしかに一番仲が良い同輩で、一番信頼している同輩で、一番時間を共にした同輩だよ」
「うんうん」
「でも、私にとって特別だと思ったのは、白布くんだったんだよなあ」

 不思議とね。 おどけてそう呟く。 白布くん、という懐かしいようでしっくりくる呼び方に少し照れて笑ってしまうと、天童は優しく笑って「そっか」と言ったっきりその話をやめた。
 天童の家につくと、意外なことに天童が「英太くんどうせ起きないし大変だろうから預かるよ」と言って、瀬見を引きずってアパートの中に消えて行った。 ついていこうかと私も賢二郎くんも言ったのだけど聞かないのだから頑固なものだ。
 また車に二人で乗り込む。 天童がどいたので助手席に座ると、静かに車が動き始めた。

「瀬見には困ったもんだよねえ」
「そうですね」
「天童が引き取ってくれなかったら二人で運ばなきゃいけなかったよ、本当有難い」
「そうですね」
「……賢二郎くん、機嫌悪いね?」

 一応恐る恐る聞いてみる。 天童が突然あげたあの話題がまだ尾を引いたままだ。 ばっさり賢二郎くんを選ばなかったのが不満なのだろう。 そう思うとなかなか怖くて賢二郎くんの顔を見られないままでいる。 そうはいっても一番仲良かったことも信頼していたことも一緒に過ごした時間が長いことも事実なのだ。 それは仕方ないじゃない。 瀬見のことだって仲が良くて友達として好きな同輩なんだから、あんまり必死に拒否するのもどうかと思った結果だ。 本人は寝ていたけれど。

「……機嫌が悪いわけではないです」

 ぼそりと言った言葉に思わず視線を賢二郎くんの顔に向けてしまう。 そこには少しだけ頬を赤らめた賢二郎くんがいて。 瞬間不機嫌だったのではないと分かった。 照れている。 私が賢二郎くんの顔をじっと見ていることに気が付いたらしい。 賢二郎くんはわざとらしく咳払いをして「照れてません」といつも通りを装って呟く。 そのほっぺにゆっくり指をつん、とぶつけてみる。 じんわり温かい賢二郎くんの体温が指先にじわじわたまっていって、愛しさがもれだした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「英太くん、お水飲む?」
「……いま俺さあ」
「コーラとビールならあるけど」
「ビール」
「ビールかよ〜! で、なに?」
「すっげえ泣きそう」
「はい、ビール」
「でもさあ」
「うん」
「一回泣いたらたぶんすっきりさっぱりしそう」
「じゃ、英太くんの失恋記念日に乾杯しよっか」
「くそくらえ! 世界で一番幸せになれ! 乾杯!」
「かんぱ〜い!」


だからきみはその手をとって
▼title by sprinklamp,