木葉に話しかけてもそっけない態度を取られるようになった、気がする。体育館の隅でボールを拭きながらこっそり木葉を観察してため息をこぼしてしまう。話しかけるといつも通り応えてくれるけど、なんというか、目が合わない。これまでみたいに茶化し合ったりちょっと小突き合ったりすることもない。ただ一応会話をしてくれているだけ、というか。
 はあ、と大きくため息をついた瞬間、ぬっと辺りに影が落ちた。びっくりして顔を上げると、鷲尾がいつの間にかわたしの真ん前にいた。

「びっくりした。お疲れ〜。何か用?」
「まあ、少しな」

 なんだその曖昧な返答。不思議に思いながら「どうぞ?」と横を開けてみる。鷲尾は大きな体を丸めてわたしの隣に腰を下ろすと、ボール拭きを手伝ってくれるらしかった。わたしが片手で持てないボールを簡単に片手で掴みながら「なんというか」と、少し苦笑いをこぼしながら言う。

「木葉と何かあったのか」
「え?!」
「いつも仲が良いのに今日はあまり話している姿を見ないから気になってな」

 離れたところで木兎たちと楽しそうにしている木葉を見てから、鷲尾が視線だけこちらに向ける。「喧嘩でもしたのか」と聞いてくれる声はどこもふざけていなくて、真剣に心配してくれていることが伝わってくる。
 鷲尾は木葉と仲が良い。他の人ももちろん仲が良いけれど、鷲尾には相談したり真剣な話をしたりもするらしいことは、なんとなく知っている。

「木葉のほうも今日はあまり本調子ではないみたいだった」
「あ、あー……喧嘩はしてないんだけど……」

 明日に控えた木葉の誕生日。会う約束は前からしてあるからなくならない限り会ってお祝いさせてくれるはず、だけど。今の微妙な雰囲気のまま当日を迎えることに不安がないわけではない。木葉が怒っているのか悲しんでいるのかさえ分からない状況だ。手の施しようがないというのに。
 木葉に直接聞くのが一番いいに決まっているけど、なんとなく「何かあったの?」と聞いたらそれはそれでまた大変なことになる予感がする。本人に聞く前に軽く理由を探ったほうがいいのかも。こっそりそんなことを考えながら鷲尾に「木葉なんか言ってた?」と聞いてみる。鷲尾からは「なんか、というと?」という想定内の返答があった。

「なんか……も困ったやつだなーとか、最近テンション下がることがあったーとか?」
「そういうことは何も聞いていないな」
「そっか〜」
「ただ」
「ただ?」
「二番手はつらいな、とぼやいているのは聞いたな」

 鷲尾はいつの間にかほとんどのボールを拭いてくれていたらしい。「あと二球だけ任せていいか」とわたしの近くに転がっているボールを指差した。頷いて反応したわたしに「あまり気を落とすなよ」と言い残して、木葉たちの輪に戻っていった。
 二番手、って、バレーについてなのだろうか。確かに木葉はエースではないけど、それをそこまで気にしている姿は見たことがない。もちろん軽くそういうことを言っている姿は見たことがあるけれど、鷲尾にぼやくようなこともあるのか。知らなかった。
 残りの二球を拭き終わり、すべてのボールがかごに入った状態で用具室へ片付けに行く。定位置に置いてからまた一つため息をついてしまう。

「元気ないじゃん」
「……びっくりした」
「え〜さっきから声かけてたよ?」

 けらけら笑って雪絵が手招きしてくる。「お菓子あるよ〜」なんてのんきなことを言ってくるから笑ってしまった。
 マネージャーとしての仕事は雪絵とかおり、わたしの三人で分けているのでいつもかなり早く終わる。今日もそれぞれの仕事を終えてあとは自主練が終わるのを待っている状態だ。

「なんか元気なくない?」
「う〜ん……」
「どうしたの? 話聞こうか?」
「う〜ん……」
「話せないようなこと? 犯罪絡み?」
「犯罪ではないんだけど〜……」

 苦笑いをこぼすわたしの顔を覗き込んだ雪絵が、ぽつりと「恋愛絡み、とか〜?」と頬をつつきながら笑う。思わず「え」と一瞬だけ固まってしまったわたしに、雪絵は目を丸くして「え、嘘?」と小声で言う。
 背に腹はかえられない。もう一人で悩んでもいい方向へいくとは思えないし、ここは人の手を借りるしかない。周りをこそこそ見渡してから「ちょっといい?」と体育館の隅を指差すと、雪絵は無言のまま頷いてそそくさと一緒に移動してくれた。
 雪絵とは一年生のときに一緒のクラスになって仲良くなった。雪絵と仲良くなっていなかったらバレー部のマネージャーにもなっていなかったと思う。今ではクラスが離れてしまったけれど、かおりを入れた三人でお昼を食べるのもよくあること。まあ、かいつまんで言うと大の仲良しなのだ。木葉とのことを話していないままなのはちょっと罪悪感を覚えていたところだった。

「絶対秘密にしてくれる?」
「当たり前じゃん〜みずくさいな〜」
「あの……わたし……」
「うんうん。黒尾に振られちゃったんでしょ?」
「うーん、そこの誤解から解こうかな……」
「え? 誤解なの?!」

 あの場でちゃんと説明しておけば、と後悔しながら一つずつ誤解を解いていく。まず、木葉と付き合いはじめたこと。そのことでとある相談を黒尾くんにしていたこと。その帰りを小見に見られて誤解されてしまったこと。それを聞いた雪絵は開いた口がふさがらないといった様子で、ただただ驚愕し続けていた。

「それは……ちゃんと教えといてよ〜って感じ〜……」
「ごめん〜……恥ずかしくて……」
「むしろこっちがごめんだよ〜。木葉と揉めなかった? この浮気者ーってされなかった?」
「それは全くないんだけど、最近ずっとちょっとそっけない感じがしてなんでだろうなあって」

 さっき鷲尾から聞いたことも含めて話してみると、雪絵は分かりやすく「アチャ〜」の顔をした。どうしてそんな顔をするのかよく分からなくて首を傾げてしまう。

……それさ……」
「うん?」
「木葉、まだ誤解したままなんじゃない……?」
「え? でもこの前会ったときに分かってるって言ってたよ?」
「何を分かってるって言ってた?」
「え」
「そこが重要なんじゃん〜……」

 木兎たちと笑っている木葉に目を向ける。いつも通りの明るい顔。それがこんなにも遠く感じたのは久しぶりだった。
 雪絵に言われてようやく分かった。確かに、わたしは木葉が何を分かってくれたのか、何が大丈夫なのかを聞かなかった。言葉を濁し続けて有耶無耶にしていたのは自分だったのだ。勝手に木葉ならわたしが思っていることを全部分かってくれている、と思い込んで言葉を尽くすことをしなかった。その結果、どこかで木葉と齟齬が生じたままになってしまったのだろう。

「今日はこのあとどっか行っちゃうみたいだし無理として、明日会うんでしょ?」
「う、うん……」
「ちゃんと話しなよ〜」

 ぺしん、とゆるい力で肩を叩かれた。雪絵はわたしの両腕を引っ張りながら立ち上がると「ほら、かおりが待ってるから片付けしよ〜」といつも通り笑ってくれた。


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