
※社会人設定。いろいろ捏造有り。
秋紀の誕生日当日。日付が回ると同時にメッセージを送ったら秒で電話をかけてくれた。そこ、わたしからかけるところでしょ。そんなふうに笑ったら秋紀も笑って「いいだろ、どっちからだって」と楽しそうに言ってくれた。
お互い仕事を控えているから長電話はできなかった。でも、ギリギリまで二人で笑いながら話をして、最後にまた生まれてきてくれてありがとうと伝えたら秋紀は「土曜日楽しみ」と照れくさそうに言った。
恋人の誕生日当日だというのにいつも通りの平日。それに少し拗ねそうになりつつも仕事はきっちりこなした。急に入った会議に同席することになっても黙って役割を果たしたし、無茶な業務を振られても無理と言わず一度引き受けて最大限努力した。やるじゃん、わたし。そんなふうに自分を褒めて自分の機嫌を取りながら九月三十日を過ごしていく。
秋紀に会いたいなあ。今頃会社の人に誕生日を祝ってもらっているのだろうか。そう思うと嫉妬してしまう。まだわたしは直接おめでとうと言えていないのに。一番にメッセージを送ったのも、電話とはいえ声を聞いたのもわたしだろうけど、それでも焼けてしまう。
プレゼントはまだ良いものを見つけられていない。どうにかいくつか候補を絞ってきてはいるので今日明日でまたお店を見に行って決めるつもりだ。
秋紀は今日たぶん家に帰れない。頑張れば帰ってこられるけど泊まってきたほうが楽な距離だからと聞いている。じゃあ今日は秋紀の家は真っ暗なまま誕生日を終えちゃうのか。なんだか、ちょっと寂しい。
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ガチャリ、と鍵を開ける。ドアの向こうはしんと静まり返った部屋。秋紀の家は静かで、ひっそり夜に包み込まれていた。
秋紀がいないということは重々承知していたけれど、やっぱり誕生日当日は大切にしたくて。合鍵をもらっているので秋紀には内緒でお邪魔している。掃除や多少の家事をしておいてちょっとでも喜んでほしいな、と思って。
いつも座らせてもらうソファにバッグとかわいらしいショッパーを並べておく。このショッパー、例のものである。先日買ったかわいらしいランジェリー。今日からいつでも引き取れると連絡をもらっていたので、プレゼント探しの合間に引き取ってきたのだ。
やっぱり、これはちょっと的外れかもしれない。秋紀がこれで喜ぶとは思えなくなってきたし、そもそも下着がかわいくても着るのはわたし。スタイルがいいグラビアアイドルみたいな人が着れば様になるだろうけどなあ。まあ、もう買ってしまったものはどうしようもない。一先ず頭から存在を消して掃除に取りかかることにした。
ちなみに秋紀へのプレゼントはなんとか決めた。迷いに迷ってワイヤレスイヤホンにした。これも今日ここに置いていくつもりで持ってきている。秋紀は物持ちがいいみたいで、未だに高校生のときから使っている有線のイヤホンを使っている。ワイヤレスにも興味はあるみたいだったけど「特に困っていないから」と買い替えていなかった。通勤のときにイヤホンを使っているし、使わなくても何かあったときの予備にもなる。我ながらいいプレゼントにたどり着けた。そう内心得意げになってしまった。
水回りやリビングを重点的に掃除をしたのち、脱ぎっぱなしになっている服をいくつか拾い上げる。わたしが来ると事前に分かっているときは片付けるみたいなのだけど、こんなふうに急に来たときは割と部屋が散らかっていることが多い。それがかわいくてつい世話を焼いてしまう、とこぼしたら既婚者の人から「今のうちだけ」と遠い目で言われたっけ。わたしもいつかこういうところにイラッとするときが来るのかな。ちょっと嫌な未来を想像しつつ、洗濯機に服を入れた。
いないときでも何してもいいよ、と言ってくれているのでお言葉に甘えてキッチンを借りて夕飯タイム。秋紀がいないのに秋紀の家で食べるご飯。なんだか不思議な感じ。寂しいけど、ちょっとだけ特別感。対して料理は好きじゃないけれど秋紀がいつもおいしいと言ってくれるから結構いろんなものを作れるようになったな。そんなことを思い返しながらいつも秋紀が座っている場所を見てしまう。今何してるのかなあ。そんなことを考えつつ。
きれいに食べ終わった食器を一旦つけ置きしておいて、今度はお風呂を借りることにした。いつも借りている服をカラーボックスから出して、わたしのものを入れているところを開けて下着を出そうとして、ふと手を止める。ゆっくり後ろを振り返れば、かわいらしいショッパーが悠々とこちらを見ているように思えた。我のことをお忘れか。そう言いたげな顔をしている。
一応、あれも秋紀のことを思い浮かべて買ったものだ。もう用済みになってしまったのだけど、一度も使われずにいるというのも可哀想だ。ゆっくり立ち上がってテーブルに近付く。これ、着てみようかな。サイズはぴったりのものなんだし、いいものだからつけ心地もいいはずだ。そっと中へ手を入れてかわいらしい紙袋を出す。清潔感のあるかわいらしいほうはリボンやフリルがついているベビードールタイプのもので、普段のわたしなら絶対に買わないものだ。いつ着るのかも謎だし、まさか自分が買うなんて夢にも思わなかった。かわいいけど。対して大人っぽいセクシーなものは下着だというのにほぼレースで透けていて何も隠せていない。一体これは誰がどういうときに買うんだと首を傾げたけれど実際自分が買っているのでなんとも言えない。
どっちを着てみようか。ちょっと悩んだけど、秋紀が好きそうだと思ったかわいらしいほうにしてみることにした。ベビードールってどういうときに着るのかよく分からないけど、これを着た上から部屋着を着ていいものなのか? とりあえずお風呂から上がったら試してみよう。ちょっと楽しみ。そんなことを思いつつ、セクシーなほうはそのままテーブルに置いてお風呂へ向かった。
お風呂で髪を洗いながら、あとでランジェリーを着た姿を秋紀に送ってみようかと思いついたけど、速攻でやめておこうと思い直す。さすがにそれはやりすぎ。わたし、そういうタイプじゃないし。ドン引きされたら生きていけない。もっとスタイルがよかったり美人だったりしたら話は違っただろうけどね。そう一人で笑ってしまった。
秋紀、晩ご飯何食べたかなあ。ケーキとか食べたかな。食べてないか、秋紀だもんね。さすがに一人でケーキを食べるのもどうかと思ってわたしはアイスを買ってある。もちろん秋紀の分も。それを撮って「今家にいるよ」って送っておこう。秋紀、絶対拗ねるだろうなあ。そんな想像をしながらしっかり体を洗い、湯船に浸かった。
会いたいな。早く約束の日になればいいのに。秋紀がいなくて寂しいけど、秋紀の誕生日だからちょっとは気分が良い。ハッピーバースデーの歌を歌いながら、日課になっている軽いマッサージをしておく。
そうしていよいよそのときが来た。湯船から上がってとりあえず全裸のままお風呂を軽く掃除。脱衣所に出てから換気をかけた。くるりと振り返ればそこにはいつ着るのか分からないかわらしいランジェリー。ついにお前を着るときが来たぞ。そう見つめつつ、とりあえず髪を乾かします、と敵前逃亡してしまった。だって緊張する。似合わなかったらへこむ自信がある。いや、九割方似合わないことは分かっているのだけど。情けない気持ちのまま全裸でまずスキンケア。そのあとでドライヤーを手に取った。
これでもかときれいに乾かした髪。さて、逃げる理由がなくなった。観念して着てみるか。そうかわいらしいランジェリーを手に取り、どう着るのかをいろいろ模索していく。お店で試したときも思ったけど、すごく肌触りが良くてつい触ってしまう。これ、もしかしたらハマるかも。もうちょっと普通のデザインのものも買おうかな。
鏡に映る自分を見て思わず吹き出した。まあ、九割方こうなるとは思ってましたよ。まさかこんなに似合わないとは。もう買っちゃったし下着は基本返品できないから仕方ない。
あー、秋紀に血迷ったことしなくてよかった。けらけら笑いつつ、とりあえずお高いものなのでお試しでこのまま着ておくことにした。部屋着はどうすればいいんだろう。まあ、秋紀は帰ってこないのだしこのままでもいいか。寒くないし。
脱衣所の鏡だと全身が見えない。玄関の前に置かれている姿見でこの自分のおもしろ姿を見てやろうと引き戸を開けた。すぐそこにある鏡で自分の姿を見てまた吹き出してしまった。これはない。まだセクシーなほうがいけたかもしれない。ちょっと試してみよう。
そうすぐそこのリビングに目を向けた瞬間だった。ばちっと目が合った。セクシーなほうのランジェリーを広げつつ、じっとこっちを見ている、秋紀と。
たぶん、約一分ほどだったと思う。たった六十秒の短い時間でもわたしにとっては永遠かと思うほど長く感じたし、青ざめるには十分すぎる時間だった。
おかしい。秋紀、プチ出張的な感じで他県に仕事で行くからほぼ確実に帰らないって言ってたのに。なんで家にいるの。帰るなら帰るって秋紀は絶対に言う。おかしい。なんで?
秋紀がセクシーなランジェリーを静かにテーブルに置いた。ハッとして秋紀に背中を向ける。見られた。この恐ろしく似合っていないかわいらしいランジェリー姿を、見られたくなかった秋紀に見られてしまった。ここは一旦退散して部屋着に着替えてから状況を説明しよう。そうしよう。大慌てで脱衣所に戻ってドアを締めようとした瞬間、ガンッ、ととんでもない音がした。驚いて顔を上げると、いつの間にか目の前にいる秋紀が思いっきりドアを掴んでいた。
「ただいま」
「あっ、お、おかえり、なさい……」
「びっくりした。帰ってきたら電気ついてるし、の靴があって」
「ご、ごめんね、鍵、使わせてもらいました……」
「なんで謝る。自由に使ってって言ったの俺だし、来てくれて嬉しいよ」
なんか、妙に穏やかだ。にこりと笑った秋紀が「おめでとうって言ってくれないの」と珍しく催促してきた。ドアを閉めようとしつつ「お誕生日おめでとう」と伝える。秋紀はドアから手を離してくれない。
「あ、あれ? 今日帰らないって言ってなかった……?」
「帰らないつもりだったけど、思ったより早く仕事が終わったから泊まらなくていいなと思って帰ってきた」
「そ、そうなんだ〜……」
お仕事早く終わったよかったね〜、なんてわざとらしく笑う。秋紀はこれまであまり見たことがない、なんと言えばいいのか分からない顔で笑って「ね」と言った。なんか、秋紀らしくない。
「、手、怪我するからどけて」
ぐいっとさらに力が入れられた。引き戸なのでわたしは引き手を両手で引っ張っているのだけど、片手の秋紀に全く歯が立たない。さっきから妙に落ち着いているのがなんか怖いし、ずっと笑っているように見えて笑っていないのも怖い。怖いっていうか、なんか、ぞくっとする感じ、というか。はじめて味わう感覚だ。
またさらに力を入れられると、完全にドアが開いてしまった。もうこれはお風呂に逃げ込むしかない。ぱっと脱衣所のドアから手を離して今度はお風呂場のドアを開けようと手を伸ばしたけど、先に秋紀の手がわたしの手を掴んだ。
「ち、違うの、あのこれは、な、なんかほら、たまにはこういうのも、いいかなって思っただけで、別に深い意味はないというか」
手をぐいっと引っ張られると、秋紀に対して横を向いていた体が正面を向かされた。右手で左手、左手で右手を握られると、それぞれ恋人繋ぎをしながら両腕を広げられた。
「み、見ないで……似合ってないから恥ずかしいんだってば」
調子に乗るんじゃなかった。普通にプレゼントだけ置いておけばこんなことにならなかったのに。そう悔やんでももう遅いのだけど悔やみきれない。腕で隠そうとするけどやっぱり力では勝てなくて「秋紀ってば〜」と白旗を掲げた。
キスされた。あまりに突然だったからびっくりして思わず一歩後ろに下がっても離れてくれない。もう一歩、また一歩と下がったら、ゴンッと何かにぶつかってしまう。たぶん洗濯機だ。これ以上下がれないし手も離してくれないから逃げられなくなった。