
※社会人設定。いろいろ捏造有り。
※モブが喋ります。
好きな人の好きなものって、案外知らないんだなと痛感している。デスクで項垂れながらも手は仕事を進めている。それを見た先輩が「顔死んでるよ〜」なんて笑ってチョコをくれた。
もらったばかりのチョコを食べながら伸びをする。あと二十分で終業時間だ。定時に上がったらまだ開いているお店を見て回らなきゃ。心ここにあらずなままそんなことを思いつつ、活を入れるように軽く頬を叩いた。
高校生の頃から付き合っている秋紀の誕生日が近い。秋紀は基本的にノリが良くて、良い意味でツボが浅い人だから何をあげても必ず喜んでくれる。おふざけに振り切ったプレゼントでも、実用性に振り切ったプレゼントでも、何をあげても必ず嬉しいと言ってくれる。それがちょっと悔しい、なんて言ったら首を傾げられてしまうだろう。
去年のわたしの誕生日。秋紀がくれたのは、わたしが高校生の頃からずっと憧れていたブランドのアクセサリーだった。いつか買おうと思いつつもなかなか手を伸ばせずにいたそれが手の中にあった。それがあんまりにも嬉しくて泣いてしまったほどだった。そんなわたしを見た秋紀は、とんでもなく嬉しそうに笑ってくれていた。まるで自分がプレゼントをもらったかのように。
その顔を見て、わたしは秋紀のほしいものを知らないのに、秋紀はわたしのほしいものをちゃんと知ってくれていたことを改めて実感した。秋紀が子どもの頃にほしかったものってなんなんだろう。憧れのブランドは? ずっとほしがっているものは? ほしいけど買う決心がつかないものは? そのどれもこれも、わたしは答えを知らない。
「〜しんどいなら帰りな〜」
「あ、いえ。めちゃくちゃ元気です」
「元気って顔じゃないじゃん」
さっきチョコをくれた先輩がけらけら笑う。悩みがあるなら聞きますけれども、なんて頬杖をつきつつ言ってくれたのでお言葉に甘えて軽く相談してみる。彼氏のほしいものが分からないんですよね。既婚者である先輩はそれを笑い飛ばして「甘酸っぺ〜〜」と昔を懐かしむような目で言った。
先輩が旦那さんとの甘酸っぱい思い出を話してくれた。大学生のときに出会って付き合いはじめた旦那さんは、恐ろしく物欲がない人なのだという。はじめて家に行ったときも物がなさすぎて怖かったほどだったそうだ。誕生日や記念日にあげるプレゼントに毎回苦辛していたそうで、それに気付いた旦那さんが「俺にはなくていいよ」と言ってきたほどだとか。でも、旦那さんはきっちり先輩が好きそうなものをリサーチしてプレゼントをくれる。さすがにもらいっぱなしは申し訳ないから、とどうにかプレゼントを選んでいたそうだ。
わたしと秋紀に似ている。ただ、秋紀は物欲がないというわけではない。わたしが知らない間に新しいスニーカーを買っていたり、好きなアーティストのグッズを持っていたりする。それならばまだ選びやすいというわけで。でも、いまいち秋紀がほしいものがピンとこない。どうしてだろうか。
ウンウン悩んでいるわたしに先輩が、ちょいちょいと人差し指を動かして静かに手招きしてくる。こそこそと近付いていくと、先輩が「物欲ゼロの旦那が一つだけ超絶喜んだプレゼントがあったんだけど、知りたい?」と得意げな顔をした。ごくりと唾を飲み込む。知りたいに決まっている。先輩の口ぶりはどう聞いたってわたしにとっても有益な情報であることを示している。
意を決してゆっくり頷く。先輩はちょっと気恥ずかしそうな顔をして「何も想像するな。字面だけで理解して」と前置きをする。それからわたしの耳元でこそこそと話しはじめた。
「私、結構服装が地味めなのよ。昔から」
「はいはい」
「旦那の誕生日、今まで穿いたことがないくらいふんわりしたミニスカにしたら超絶喜んでたわ」
「……ほう〜?」
「んで、夜ね。大体分かるでしょ。普段服装が地味な女が普段かわいい下着つけると思う?」
「思いません」
「やったったわ」
「やったったんですか」
「そういうこと。それが過去一番旦那が喜んだプレゼントだったね」
シッシッと追い払われる。「はい忘れろ。字面の情報以外忘れろ」と笑う先輩に「え〜無理です〜」と笑い返す。でも、なるほどな。ほしそうなものがなければ、ものじゃないものでアプローチしてみるのもいいかもしれない。ただ、問題が一つ。
先輩が誰がどう見たってご立派なお胸をしている。グラビアアイドル顔負けなのだ。背が高くてすらっとしているから何を着ても様になるだろうし、そりゃあご立派な下着をつければ男性は大喜び間違いなし。
対してわたし。特に、何もなし。以上である。
どんよりした気持ちを引きずりつつ、退社。今日も定時に上がれたのでプレゼント巡りの旅に出る。ネクタイやらタイピンやら時計やらなんやら、もうプレゼントの定番品は一通りあげてしまった。秋紀はアクセサリーをしないからその類いはなしだし、食べ物とかの消え物は味気ない。日用品や家具も考えたことがあるけど、秋紀の家は統一感のあるものでまとまっているから合うものを選ぶ自信が正直あまりない。
もう二回来たデパートの中へ入る。うーん、もうメンズ系のお店はすべて見たと言っても過言ではない。バレーを続けているからスポーツ用品はどうかとも思ったけど、バレーのことをよく分からない素人が選ぶのもなあ、と引け目を感じて候補から外しているし、これはかなり詰みだ。
ふらふらと店内を彷徨い続け、閉店二十分前。ああ、今日も良いものを見つけられずに終わってしまう。どうしよう。秋紀本人に何がほしいか聞いてみようかな。一緒に出かけて、どれでも好きなものをどうぞって言うのはどう?
冗談ぽく考えていたそれにピンときた。そうだ。それでいいじゃん。それなら間違いなく秋紀のほしいものをプレゼントできるし、秋紀が遠慮しそうになっても無理やり引っ張っていけばいい。そうじゃん。そうしよう。それがいい。
いや、でもなあ。やっぱりサプライズ感がなくなるし、そもそも秋紀はそんなことをしなくてもわたしがほしいものをくれるしなあ。やっぱりそれはなしかなあ。でも、一つの候補として入れておくのはいいかもしれない。どうにもならなかった場合はそれに頼るしかないのだから。一先ず一つの解決策を見つけた、と思っておくことにした。
一つの答えを見つけてご機嫌で店内を歩く。そうと決まればどこに行くかのリサーチだ。秋紀が好きそうなお店が集まっているところを探しておこう。そう考えていたとき、とあるお店の前を通りがかった。
ごりくと唾を飲む。もし、もしも、何もかもだめだったときの代替案を準備しておく必要がある。わたしにはもう策がない。そうとなれば経験者である先輩のアドバイスを聞くのが一番安全。そう。これは秋紀のため。いや、秋紀が喜ぶと決まっているわけではないのだけど。
意を決して足を踏み入れたのは、どう見たってお高いものしか置いていないであろうランジェリーショップだ。