――2018年9月30日日曜日


 眩しい。思わず手で目元を覆いつつ一つあくびをこぼす。どうやら良い天気らしい。洗濯しなきゃなあ。眠たい頭もそう考えると自然に覚醒する。のっそり起き上がろうとしたら、突然何かに引っ張られた。

「……洗濯したいんだけど……」
「え〜」

 上機嫌に笑いながら秋紀がぎゅっと抱きしめてきた。「休日なんだしたまにはのんびりでいいじゃん」と言って。せっかく良い天気なんだから洗濯と掃除がしたいんですけど。そうぼやくと「お誕生日様の言うことは?」と楽しそうにキラーワードを言われてしまった。

「……もう」
「拗ねないで、かわいいから」

 けらけら笑う。本当にこの人、呆れるくらい馬鹿だ。拗ねてるやつなんかどこもかわいくないだろうに。
 去年の秋紀の誕生日によりを戻した。本当に申し訳なく思っているわたしとは裏腹に、秋紀は上機嫌にただただ嬉しい、みたいな顔をしていたのを覚えている。久しぶりに会ったときなんて、人目も憚らずに思いっきり抱きしめてきて、そのままちょっと泣いていたほど。変な人。そんなに、わたしのどこがよかったんだろう。未だによく分からない。
 よりを戻した三ヶ月後。秋紀が突然「一緒に住みたい」と言ってきた。すごく驚いたし、正直一緒に住むならご家族に挨拶が必須。よりを戻してまだ三ヶ月で、さすがに早すぎないだろうか。そう言ったら、秋紀にしては珍しく、結構圧のある笑顔で「ん?」とだけ言われた。これは、勝手にいなくなった立場でどういうおつもりでしょうか、の意味だ。それがすぐに分かったから「あ、何でもないです」と返していた。
 両親への挨拶はさすがに緊張していたし、秋紀は嘘がつけない人だ。両親から「いつから付き合っていたの?」と聞かれたときに、馬鹿正直に一度別れて三ヶ月前によりを戻したと説明していた。慌てて「わたしが馬鹿で勝手に別れたというか、なんというか」とフォローしたにも関わらず、秋紀はそれに被せて「僕が子どもで至らなかったせいです」なんて言うものだから焦ってしまった。でも、逆にそれが両親にはとても好印象だったらしい。まあ、もう二十年以上一緒にいる娘のことが分からないわけがない。別れたのもどうせあんたが原因でしょう、と苦笑いをされたし、秋紀に対しては「この子で大丈夫? 結構面倒くさい子よ?」なんて心配していたほど。うるさい。そう恥ずかしく思っていると、秋紀が笑って「そういうところも好きです」なんて言うから、余計に恥ずかしくて。いや、というか、面倒くさいって部分を否定してよ。嘘でもいいから。なんて感じで円満に挨拶は終わった。秋紀のご家族もなぜか歓迎してくれて、よく分からなかったけれど平和に終わってほっとしたっけ。

「寝る前も言ったけど、誕生日おめでとう」
「ありがと〜世界一幸せ〜」
「酔ってる?」
「いや、全然。というか飲んでません」

 楽しそうに笑う。笑い声、高校生のときはチャラい感じがして好きじゃなかったけど、年々好きになっていったな、そういえば。
 秋紀が「そういえば、木兎って覚えてる?」と聞いてきた。ぼくと。ぐるぐる記憶をめぐって、ピンときた。バレー部だった人だ。いつも明るく元気で目立っていた。話したことも同じクラスになったこともないけど、覚えてはいる。「覚えてるけど。薄ら」と返したら「十一月に試合あるんだよ」と教えてくれた。何でも秋紀が関わったことがある人が数人その試合に出るらしい。チケットは取れなかったけど、バレー部の人と一緒にスポーツバーみたいなところで観戦予定なのだとか。

って猿杙まあまあ仲良かっただろ?」
「仲良かったっていうか、まあ、一年生と三年生のときに一緒だったしね」
「小見は?」
「あー、三年で一緒だったから、まあ。普通に話してたけど。なんで?」
「え、来ないかなと思って」
「無理無理無理無理。相変わらず陽キャ体質がたまに出るよね、秋紀。それにバレー部の人だけで観たほうが楽しいって」

 秋紀は「えー」と言いつつも、まあそこまで仲が良いわけじゃないのにそうだよな、と納得して引き下がってくれた。バレーはあんまり分からないし、秋紀が試合をするならまだしも。そんなふうに苦笑いをこぼす。興味がないわけじゃないから、秋紀の試合は観たいけどね。
 秋紀が頬をわたしの首元に寄せてきた。ぐりぐりとすり寄ってくるのがなんだか猫みたいでかわいい。朝日に光る髪の毛がたまらなく好きだな、と、しみじみ想った。

「秋紀」
「ん?」
「生まれてきてくれてありがとう」
「……えー、ちょっと、泣きそうなんですけども……」
「なんでよ」

 本当にぐず、と鼻をすすった音が聞こえた。少しうろたえているわたしをぎゅっと抱き寄せて「、そういうのあんまり言わないじゃん」と拗ねた子どものように言われてしまう。言葉にするのは、確かに得意じゃない。照れてしまって素直に言えないことも多い。でも、それは高校生の頃からずっとだ。秋紀がそれを気にする素振りはなかった。だから、言わなくても分かってくれているんだと勝手に安心していた。でも、内心で思うところがあったのだろう。それを今はじめて知った。


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