――2013年9月30日月曜日


「嫌だ」
「そこを何とか」
「絶対に嫌だ。すけべ。変態」
「元々すけべだし変態なので、お願いします」

 大学一年生になったわたしと秋紀は、一人暮らしをはじめた秋紀の家のソファでこんな攻防を繰り広げている。
 高校の卒業式、秋紀に告白された。友達として好きだったのが、いつしか異性として好きになった、と言われて。正直、これまで好きな人ができたこともなく、彼氏がほしいと思ったこともなかった。でも、秋紀の告白を、自然に受け入れている自分がいて。その日から、わたしと秋紀は友達から恋人になった。
 で、現在。十九歳の誕生日を迎えた秋紀は、ソファに座るわたしに頭を下げている。何かというと、その手には、秋紀が高校時代に着ていたバレー部のジャージ。これを着て、まあ、えっちがしたい、と言ってきているのだ。大学生だし男の人だし、それくらいの性的好奇心は普通だろう。でも、一度受け入れると際限がない。彼氏がいる友達からそう教わっているので、しっかり教えに従ってお断りしているという状況だ。

「せっかくの誕生日なんだよ? もっとこう、何かしら物がほしいとか、そういうのはないの?」
「なので今お願いしている状況です」
「馬鹿なの?」
「馬鹿です」

 何卒、とジャージが膝の上に置かれる。何でもこのためにわざわざ実家に取りに行ったらしい。本物の馬鹿だ。ちょっと呆れる。というか、これを着たところで別にいつもと変わらないのに。
 渋い顔をしているわたしを、床に座った状態でじっと見てくる。「ちょっと着るだけ」となんとも胡散臭い誘い方をしてくる。そのあとで「じゃあ本当に着るだけでいいから」と手まで合わせてきた。

「……何もしない?」
「しない。着るだけ」
「えー……」
「キスだけさせて」
「おい、撤回が早すぎるんですけど」

 笑ってしまった。何をそんなに必死になっているんだか。そんなふうに、ちょっと呆れてしまう。なんか逆に可哀想になってくる。まあ、お誕生日様の言うことは絶対、だし。仕方がない。

「あっち向いて」
「着てくれるの?!」
「諦めた。はいはい着ればいいんでしょ、着れば」

 嬉々として背中を向けた。何をそんなに楽しそうにしているんだか。不思議に思いながら着ている服を脱いで、秋紀のジャージを着る。しっかりハーフパンツまで渡されたのでスカートも脱いでそれを穿く。誕生日だからちょっとでもかわいい服を、と思ってお気に入りの服を着てきたのに。ちゃんと見たのか木葉秋紀。今日のわたしはあんたのことだけを考えて服を選んだんだぞ。こっそりそうクレームをつけておいた。
 ぶかぶかのジャージは、きっとしばらく着ていないだろうに秋紀の匂いがする。これを着て高校三年間、バレーに打ち込んでいたんだな。そう思うとなんだか感慨深かった、し、高校時代にバレーをしている秋紀のことをもっとちゃんと見たかったな、とほんの少し後悔をしてしまった。
 着ましたけど。ちょっと拗ねつつ声をかけると、秋紀がそうっと振り返った。それから「えー……好き……」とソファに顔を埋めながら笑った。

「ジャージ着ただけでしょ」
「そうなんだけど。いやあ、好き」

 ぽつりと秋紀が呟く。「、俺のものじゃん、って感じがして」と。なにそれ。秋紀のものになったつもりはないんですけど。笑いつつそう頭を小突いてやる。

「高校のとき、って人に興味ないって感じだっただろ」
「まあ。実際そうだったね」
「だから、勝手に優越感」

 顔を上げてようやく隣に座った。じっとわたしを見つめて、にこにこと機嫌が良さそうにしている。まあ、その顔好きだから、見られて嬉しい、けど。別に服を着替えただけでここまで上機嫌になられると困惑してしまう。変な人、と。

「ずっと俺のこと好きになれ〜って念を送ってたから、嬉しい」

 へらりと笑う。ずっと、って、いつからだ馬鹿。知らないんだけど、そんなの。
 右手が伸びてきた。するりと横髪を撫でながら頬に触れてくると、「顔赤いですけど〜?」と笑われた。うるさい。赤くない。そっぽを向いてやろうとしても、秋紀の手が邪魔をしてくる。視線だけ逸らしたら秋紀がまた笑った。そのうち左手もわたしの頬に添えると、飽きもせずにずっとするする撫でていた。

「気持ち悪いこと言うんだけど」
「なんでしょうか」
「高校のとき、結構な頻度で、あの、妄想した光景だから、普通に感動してる」
「……変態」
「すみません」

 そういうことは言わずに心の内に秘めておきなよ。照れながらそう言ったら「つい」と照れくさそうに笑った。つい、じゃない。つい、じゃ。さすがに本来の意味は分かる。言われた側はどんな反応をしていいか分からないでしょうよ。

「……き、キス、しないの」
「します。めちゃくちゃします」
「めちゃくちゃはしなくていい!」

 ばしん、と秋紀の太腿を叩いてやる。「やだ。めちゃくちゃする」と子どもっぽく笑いながら、そっと顔を寄せてきた。ムカつく。いつもちょっと情けなかったり、子どもっぽかったりするくせ、そういう仕草だけは男の人っぽいから。もう何度もキスなんてしているのにいつもドキドキさせられる。ムカつく。木葉秋紀のくせに。
 重なった唇の温かさに、自然と反応してしまう。思わず溢れた声に秋紀が小さく笑ったのが分かった。恥ずかしい。まだ慣れてないって絶対にバレてる。悔しい。頬を撫でる秋紀の手に自分の手を重ねると、唇が少し離れた。でも、またすぐに重なる。温かい。緊張するし、ドキドキするし、心臓に悪いけど、ずっと、しててほしい。そう思うくらい、秋紀の体温が好きだといつも再確認させられる。
 何度かそれを繰り返してから、秋紀が顔を離して優しく笑った。わたしの頬をまだ撫でたまま、じいっと見つめてくる。満足げに。その顔、何。かわいいんですけど。そう思ったらつい「……本当に、何も、しないの」と口走ってしまった。


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