――2012年9月30日日曜日


 がやがやとうるさい人混みの端。壁にもたれ掛かってスマホを見ている。これだけ人がいると待ち合わせをするのも一苦労だな。こんな人混みに来たのは久しぶりでちょっとうんざりしてきた。
 待ち合わせている相手は木葉だ。去年の木葉の誕生日、なぜか友達記念日と言って映画の割引券をくれた。その後二人で映画を観に行ったのだけど、それがやけに楽しかった。元々木葉は話しやすいし基本的に良い人だから、呆れることもあるけれど一緒にいて楽になっている。そういうところが付き合いやすくて、わたしにとっては高校初の男友達になった。はじめは良い人すぎて鬱陶しい、なんて思ったこともあったけれど、慣れって怖い。そう一人で笑っていると、ちょうど木葉の姿が見えた。

「ごめん、ちょっと遅れた!」
「いいよ。お誕生日様はやりたい放題やればいいじゃん」
「嫌味だな?! ごめんなさい!」

 けらけら笑ってやると、木葉が「マジで焦ったわ」と呟く。なんでも電車が遅延したらしい。木葉のせいじゃないじゃん。謝らなくてもいいのに。まあ、木葉はどんな状況でも謝るのだろうけれど。
 誕生日だというのに、木葉はまた映画に誘ってきた。去年の誕生日から何度か二人で行ったから別のことをしたがるかと思ったのに。まあ、映画は座っていられるし、元々わたしは映画館が好きだ。断る理由なんかなかったから承諾したけれど。
 去年は結局プレゼントを用意しないままだったから、映画館のポップコーンと飲み物をわたしが奢って誕生日プレゼント、ということにしてもらった。今年もそれで行くつもりだ。人にあげるものを選ぶのは得意じゃない。どんなに嬉しくないものでも、相手の人は嘘を吐かなくちゃいけない状況だから。嬉しい、と思っていなくても。裏でそう思われるのが嫌だから、プレゼントを選ぶのは昔から得意じゃない。
 わたしの誕生日に、木葉はかわいいハンカチと鏡をプレゼントしてくれた。正直に言うとわたしの趣味じゃなかった。色とか柄とか、地味で目立たないものばかりを持っている。それなのに木葉はどうしてかわいいものをくれたのだろう。そんなふうに思っていたら「そういうの似合うと思って」と言われた。不思議だった。趣味じゃないし、別に特別ほしかったものじゃない。それなのに、とても、嬉しかったから。
 木葉は気配りがとてもできる人だ。プレゼントを選ぶのも得意なのだろう。わたしもそういうところを見習いたい。内心でそう思いつつ、二人でチケットカウンターに並んだ。

「何観る?」
「あれは? 車のやつ」
「あれお父さんが観に行ってたけどつまんなかったって言ってた。あ、木葉ホラーいけるっけ?」
「マジ? ホラーいっちゃう?」
「あの監督の映画観たことあるけど、結構面白かったんだよね。ホラーも面白いかも」

 木葉がホラーに拒否感はないらしい。「え〜さんホラーいけます〜?」とからかってきた。映画好きを舐めるな。いくらホラーが怖かったとしても映画としての出来がよかったら大丈夫なんだよ。そんなふうに返すと「本当かよ」と笑われた。
 他にめぼしいものがなかったので、そのままホラー映画を観ることにした。チケットを受け取ってから今度はポップコーンと飲み物。木葉に「去年と同じ感じでいい? プレゼント」と聞いたら「え、いいんですか。ごちでーす」と快く返してくれてほっとした。
 買ったものを持って指定された劇場へ歩いて行く。この映画館はもう何度も来ている。道に迷うことなどなく指定された劇場に到着。座席番号も大体分かるからまっすぐ自分たちの席に着いた。

「ああ、そうだ。お誕生日おめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
「十八歳じゃん。えっちなの解禁だね」
「おいコラ女の子。あと高校生は普通に不可だわ」

 こつん、と軽く頭を叩かれる。二人でけらけら笑っていると、近くの座席に人がやって来た。元々小さい声で話していたけど、何となくさらに小さな声になってしまう。週明けにテストがあるから嫌だね、という話を振ったら、どうやら声が小さすぎて聞こえなかったらしい。木葉が「ん?」と言って、顔を近付けてきた。
 あ、なんか、ふわりとシャンプーの匂いがした。それにドキッとした自分に、いやいや、と苦笑いをこぼす。それって普通、男の子が女の子にドキッとする瞬間でしょうよ。なんでわたしが木葉のシャンプーの匂いでドキッとするわけ。意味が分からない。
 知らんふりしつつ、木葉の耳に向かって「月曜日のテスト、やだなって言ったの」と再度言う。木葉が「あー、うん」とけらけら笑った。でも、なんとなくいつもと少し、違ったような。不思議に思っていると、顔を離した木葉の耳の先が、ほんの少し赤くなっているのに気が付いた。
 体調でも悪いのだろうか。そう思って、顔を近付けてもらわなくても聞こえるくらいの声量で「体調悪いの?」と聞いてみる。木葉は不思議そうに「え、なんで?」と首を傾げた。耳が赤くなっていることを指摘したら、数秒固まったのちに手で耳を隠した。

「赤くないです」
「いや、赤かったよ」
「見間違いです」
「なんで敬語。大丈夫? これからホラーでビビりまくるのに失神とかしない?」
「勝手にビビり認定しないでください」

 軽く二の腕をつねられた。痛い。体調が悪くないなら別にそれでいいけど。そんなふうにちょっと拗ねたら、口元を手で軽く隠したまま木葉が「いや、別に、本当何でもない」と呟いた。

「ただ、ちょっと」
「何?」
「……引くなよ?」
「お誕生日様の言うことは絶対だから引かないよ」
「…………声が、かわいいな、と、思って照れただけ」

 以上、と最後に付け足したのち、そっぽを向いた。ぽつりと「言うんじゃなかった」と言った木葉の耳は、さらに赤くなっていた。


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