うわさのキヨオミくんとは別設定です。
※捏造過多です。




「あ、銀島。ごめん、あとで二人で話したいって言ってたけど、もう帰らないとだめだからここで聞いていい?」

 自主練がはじまる少し前。体育館の隅で固まって喋りつつ休憩していたときのこと。先ほどボトルを洗っていたときに「誰もおらんところで話したいことがあんねんけど、あとで時間くれへんか」と銀島に話しかけられた。そのときは承諾して自主練後にでも、と思っていたのだけれど、母親から今日は早く帰ってきてほしいと言われていたことをつい先ほど思い出した。たぶんお父さんの誕生日だからだろう。だから銀島に言わなきゃ、と思って声をかけた、の、だけど。
 しん、と静まり返っている。部員たちが目をぱちくりしてわたしを見ていて、当の本人である銀島は顔を赤くしてわなわなと震えていた。え、その反応、何? 首を傾げた瞬間に座っていた銀島が勢いよく立ち上がった。

「誤解を生むような言い方やめろや!」
「え?」

 体育館がどっと笑いで溢れる。銀島の足下でお腹を抱えて転がっている治が「青春の一ページかっちゅうねん!」とひいひいしながら言った。青春の一ページ? そう言われてもピンと来なくて「何が?」と余計に意味が分からなくなる。
 唯一、真顔でわたしと銀島を交互に見ていた侑が、銀島のほうを見てぼそりと「どういうことやねん」と聞く。銀島は目を泳がせてから「ほんまにお前らが思とるようなんとちゃうわ」とばつが悪そうに言った。

「……誰かは言われへんけど」
「うん?」
「あー、その……のこと好きやっちゅうやつがおって……連絡先教えてくれへんかって頼まれてんねん。その話をしようと思とっただけや。他のやつらに聞かれんのあんま良うないやろ」
「ああ、なるほど。そういうことなら彼氏いるからごめんって言っといて」

 またしてもしん、と静まり返る。銀島が真ん丸な目でわたしを見て二回瞬き。そのあと、その瞳がかすかに下に向いたのが分かる。銀島の隣に座っているのは侑。なぜ侑を見たのかはよく分からなかったけれど、侑も真ん丸な目でわたしを見ていた。
 はじめに口を開いたのは赤木さんだった。「え、彼氏? ほんまに?」と明らかに疑っている目をしてくる。なんで嘘を吐く必要があるのか。けらけら笑いつつ「そんな悲しい嘘吐かないです。います」と返しておく。まだ疑っているらしい赤木さんが「でもいっつも自主練も最後まで残ってくれるやん。会う暇ないやろ」と言った。それを聞いて納得する。確かに彼氏とデートする時間なんてない。そればかりか本来練習が休みである日まで体育館に来て練習の手伝いをすることもある。彼氏がいると信じてもらえないのも頷ける。

「中学のときからなんで。向こうは東京にいます」
「あ、そういうことか! びびるわ。俺らのせいで別れたりしたらどないしよと思ったわ」

 穏やかに笑う三年生と一年生に対して、二年生はどこか驚きを隠せないままといった様子だった。そんなに驚かれることだったのだろうか。なんとなく気まずさを覚えて「何?」と笑って聞いてみる。一番近くにいる角名が「いや、別に?」と目を逸らした。何か隠されている気がする。直感的にそう思ったけど、誰も話す様子がなかったから追及するのはやめておくことにした。
 わたしをじっと見てくる侑と目が合う。なぜか不機嫌そうにしていてまた首を傾げてしまう。さっきからそうだけど、珍しく侑だけ静かでちょっと違和感を覚える。気を悪くしたのだろうか。部活に集中していないと思われてしまったのかもしれない。そんなことは一切なくて彼氏とは連絡もあまり取っていないし会うなんて以ての外、という感じなのに。そんなふうに遠距離になってからのことを思い返して、自分で自分を笑ってしまった。

「どんなやつやねん」
「え?」
「彼氏。どんなやつ?」

 不機嫌そうに聞いてくる侑にちょっとだけ怖気付く。いつも調子が良いタイプだから静かだと怖く思える。何が侑の癪に障ったのか分からないままだから下手な発言ができない。あまり浮かれた発言はしないでおこう。こっそりそう思った。

「あー……背が高いかな?」
「なんやねんそれ。背が高かったら誰でもええんか」
「いや、分かりやすい特徴といえばそこかなと……」

 救いを求めるように角名を見たけれど、さっと目を逸らされてしまった。治を含めた他の同輩たちもそんな感じだったから侑と一対一になってしまう。
 これは、バレー部で強豪校のエースだってことは言わないほうが良さそうだ。なんとなく侑が張り合いそうな要素は言わないほうがいい気がする。適当によくある特徴を言っておけばいいか。ぼんやりそう察して「きれい好きで自分にも他人にも厳しい人」と答えておいた。侑はわたしのその答えにはしばらく反応しなかったけど、最後には「あっそ」だけ返してきた。あっそって。聞いてきたの侑のほうだけどね。苦笑いをこぼして、その話はもうしないようにした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 インターハイ準優勝。稲荷崎の結果が確定したその瞬間、わたしはなんとも言えない気持ちになっていた。コートの中で悔し涙を流す選手もいれば、そんなチームメイトの肩を抱く選手もいる。汗だくできらきらと眩しいその姿。その向こう側に、勝利を互いに喜ぶ相手校。その中の一人。黒髪の長身がどうしても視界に入ってしまう。佐久早聖臣。三本の指に入ると言われるほどの選手であり、わたしの幼馴染であり、彼氏でもある人だ。
 ああ、悔しい。きゅっと唇を噛む。わたしは心の底から稲荷崎高校だけを応援してきた。このチームが好きでマネージャーをしているから当然だ。優勝するのはうちだと信じて疑わなかった。だから、死ぬほど悔しい。そんな陳腐な言い回しをしてしまうほど純粋に悔しい気持ちしかない。
 けれど、心のどこかにいるわたしが、言ってしまうのだ。聖臣、おめでとう。かっこよかったよ。そんな、何の役にも立たない至極どうでも良い言葉が。
 互いに礼をし、握手を交わしてからコートを後にした。すすり泣きがかすかに響くロビー。監督から労いと感謝の言葉がかけられたあと、このあとの日程を聞かされた。この借りは春高で。そんなふうに声が聞こえてきて、ようやくすすり泣きが止んだ。だからわたしも唇を噛むのをやめ、大きく深呼吸をする。
 少し時間が開くのでお手洗いに行こうとみんなの輪から離れると、侑がついてきた。「どこ行くねん」と言われたので「トイレ」と答えれば「俺も行く」と言って、まだ引かない汗をタオルで拭きながらわたしの隣を歩く。
 なんと言えばいいのか分からない。ぼんやりそう思う。準優勝は十二分に素晴らしい結果だ。誰もがそう言うだろう。みんなで勝ち取った結果だ。けれど、宮侑という人はそれでは納得しない。そんなことは前々から分かっている。だからこそ、なんと言えばいいのか分からずにいた。
 ふと、いつかに不機嫌になった侑のことを思い出した。わたしの彼氏の話をしたときのことだ。なんとなく誤魔化して以来あの話は部員からからかわれることはあれど侑が触れてくることはなかった。だから、この決勝戦の対戦相手を見てちょっと罪悪感を覚えていた。隠し事をしているみたいに思えて。
 言えば侑は不機嫌になるかもしれない。なぜかは分からないけれど。そう思いつつも、やっぱり隠しているみたいに思われたら嫌で、口を開いてしまった。

「わたし、彼氏いるって言ったでしょ。前に」
「……なんやねん急に。別れたんか?」
「佐久早聖臣なんだ。わたしの彼氏」

 侑が足を止めた。数歩進んでしまってからわたしも足を止める。振り返ると侑が恐ろしく驚いている顔をしていた。そりゃそうなるよね。早めに言っておけばよかった。負けたあとに言うのも嫌味だったかもしれない。少し反省しつつ「なんか隠したみたいになってごめん」と謝っておく。
 侑がはっとした様子で歩きはじめる。わたしの隣に追いついてきてからわたしも歩きはじめて、また二人で並んで歩いていく。侑はやっぱり不機嫌そうな様子で、言うタイミングが良くなかったとまた反省。やっぱりタイミングをもう少し考えるべきだったし、むしろ話さないほうがよかったかも。このあとどうしようかな、と迷っていると侑がぼそりと「裏切りもんが」と言ってからちょっとだけ笑った。

「うちの情報流してへんやろうな?」
「流してないよ。そんなことするわけないです」
「せやけど内心は井闥山応援しとったんとちゃうか。彼氏さん優勝おめでとうございます〜クソが」
「それもないです。稲荷崎のことだけを応援してたよ」
「嘘やろ」
「本当。かっこよかったよ、侑。ちゃんとずっと見てたよ」

 侑が、間を開けた。しばらく無言のまま歩いていたけれど一つ瞬きをしたあとに「うっさいわ。当たり前じゃボケ」と笑った。

「ちゅうかサクサキヨオミと連絡とか取り合っとんのか? そういうタイプに見えへんやん」
「連絡はめったにないかな」
「は?」
「会ったのもこの前の春高ぶり。会ったというか見たって感じだけど……」
「は……? え、付き合っとんのやろ?」
「そうだけど、部活で忙しいし仕方ないよ」

 信じられない、といった様子でわたしを見ている。ちゃんと前を見ていないから人にぶつかりそうになっている。侑の腕を引っ張って人を避けるとようやくちゃんと前を見てくれた。

「ようそんなんで続くな。好きやったら連絡もするし会いたいて思うやろ、普通」
「侑は彼女に優しいタイプなんだね。なんか意外かも」
「意外てなんやねん。そら好きな子には優しくするっちゅうねん」
「それは失礼しました」
「……別れたいとか思わへんのか」
「思わない、けど振られるつもりではいるかな」
「は?」
「わたしと付き合ってるのはバレーを邪魔しないからってだけで、聖臣に好きな子ができたらすぐ振られると思うよ」
「はあ?」
「わたしから告白して付き合うことになったんだけど、そのときにバレーの邪魔にならないからいい≠チて言われたから」
「……なん、やねんそれ。それでええんか?」
「いいの。それでも好きだから。そのときが来たら笑って、ずっと応援してるよ、元気でねって言うんだ」

 あのときは本当に嬉しかった。ずっと聖臣のことが好きだったけど、聖臣は恋愛に興味がない感じだったから諦めていた。それでも気持ちを自分の中に留めておけなくて、ダメ元で「嫌になったらすぐ幼馴染に戻るしバレーの邪魔はしないから」と言って告白したのだ。聖臣は数秒考えたあとに、先ほど侑に教えたセリフを言った。そのあと、呆けているわたしに「付き合う」と付け足してくれた。だから、聖臣は、わたしのことが好きなわけじゃない。それは承知でわたしは今の関係を喜んで受け入れているだけなのだ。
 嬉しかった思い出を話し終えてはっとする。侑に何を話しているんだろうか。急に恥ずかしくなってきて「って、だけの話です」と照れ隠しで笑っておく。
 また侑が立ち止まった。お手洗いは目の前だ。さっきと同じように振り返ると、侑がぎゅっと拳を握っているのが見えた。

「なあ、
「うん?」
「……俺やったら、」


 びくっと肩が震えた。振り返った先には、さっきまで優勝を争っていた井闥山学院のユニフォーム。ずっと会えていなかった聖臣が立っていた。自分で自分の表情が明るくなったのが分かってしまって恥ずかしい。それをぐっと堪えながら「聖臣」と呼び返した。

「悔しいけど優勝おめでとう」
「……うん」
「元也くんは? 一緒じゃないの?」
「トイレ行ってる」

 話しかけてくるなんて夢にも思わなかった。内心嬉しく思っていると、話題にあがった元也くんがお手洗いから出てきた。わたしを見つけると「ちゃんだ〜」と変わらぬ気軽さで話の輪に入ってくる。
 お互いの近況を報告し合い、聖臣が「主将が待ってるから」と言ったところで解散。ばいばい、と軽く手を振って見送ってから、はっとする。侑のことを完全に放置していた。慌てて侑を振り返って「ごめん、なんだった?」と頭をかく。苦笑い。完全に聖臣に意識を持って行かれてしまった。さすがに怒られる。そう覚悟していたのだけれど。

「……なんでもないわ。俺らも早よ済ませて戻るで」
「え、あ、うん」

 何か言いかけていた気がしたけれどなんだったのだろう。わたしの勘違いだっただろうか。怒ってはいなさそう、だけど。ほんの少しだけいつもと様子が違う。なんだろう。ちょっと気になりつつも時間も迫っていたから、ひとまず気にしないようにした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




――数年後、MSBYブラックジャッカルロッカールームにて

「これはこれは、新加入の佐久早聖臣くんやないか〜?」

 面倒なやつに絡まれた。内心そう思いつつ口ではため息だけこぼす。宮はそんな俺に「感じ悪ぅ〜」と茶化すように言った。支度をして帰るところだった。もっと早くロッカールームを出ていれば。そんな後悔をしつつ鞄を肩にかける。
 片手に持っているスマホが震えた。見ているとからの返信だったから宮を無視してトークアプリを開く。先ほど俺が送った「週末空いてるか」というメッセージに対して「今週末はごめん」と断りが来ていた。
 親の都合で高校から関西に引っ越していったは高校卒業後も関西で進学した。家族がそのまま兵庫に残るのだから当然だ。からそれを聞いたときは特に何も思わなかった。だから、てっきり就職も関西でするものだと思っていたのだが、今は東京にいる。関西に本社がある会社に就職はしたが配属が東京にある支社になったのだ。それを聞いたとき、には言わなかったが内心ちょっと落胆した。がいるからという理由ではないが関西を拠点としているこのチームに入ることが決まっていたからだ。から東京に引っ越すと聞いたとき、俺も大阪のチームに決まったことを伝えるつもりだったから尚更落胆したのだ。また関東と関西。ただ入れ替わっただけになっている。

「お〜い無視すんなや〜ほんまに感じ悪いな〜」

 肩を指で突かれた。払うように腕を動かすと宮は苛立った様子で「なんやねん。ほんまに感じ悪いやないか」とぶつくさ言う。仲良しこよしするつもりはない。それに、個人的に宮のことは苦手だ。高校時代のユース合宿のときから。あのときもやけに突っかかってくる感じだったから面倒で、極力関わらないようにしていた覚えがある。
 特に言葉を出すつもりはなかった。出口の前にいる宮に話しかけられたから立ち止まっているだけ。特に何も反応しないまま立っていると、宮が大きなため息をこぼした。

「お前ほんまにあれやな……が可哀想になってくるわ……」
「は?」
「うわビビった、急にでかい声出すなや」

 突然出てきたの名前に顔をしかめてしまう。宮がと同じ学校で、がバレー部のマネージャーだったことはもちろん知っている。何度も大会で顔を合わせているから嫌というほど稲荷崎のジャージを着ているを見た。正直面白くなかったから今ものあの姿を思い出しては眉間にしわが寄る。
 宮がちょっと俺を睨みながら鼻で笑う。「と付き合っとったんやろ?」と過去形で言った。付き合っていることはが話したのだろう。どうして話したのかは分からない。はそういうことを人に言うタイプじゃないけど、何かしら言ったほうが都合の良いことがあったのだろう。本当のことだし知られることは一向に構わないけど、過去形にされるのは、心底腹が立つ。

「付き合ってた、じゃねえよ。付き合ってる」
「は? まだ続いとんの? ほんまに可哀想やわ〜」
「さっきから何? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「ほんならはっきり言うたるわ。バレーの邪魔にならんからっちゅう理由でキープしとくんは最低やろ。ほんまに好きな女が見つかるまで彼女にしたるって? ひっどいやつやな。にもの人生があるやろ。好きちゃうなら早よ別れたったらええやん」

 本気で蔑む目をしていた。宮はまた俺のことを鼻で笑ってから、目を逸らす。そのあと一瞬表情を曇らせてからぼそりと「一応同輩やから気になんねん、お前の顔見ると」と独り言のように呟いた。
 完全に脳内がハテナで埋め尽くされている。キープ。本当に好きな女が見つかるまで。別れる。たたみかけるように投げつけられた言葉のどこを取っても身に覚えがない。宮が何をもってを可哀想だというのか、別れろと言ってくるのかがさっぱり理解できなかった。

「お前がなんでそう思ってるのかは知らないけど、そんなこと一つも思ってない。勝手な妄想をぶつけてくるな。腹が立つ」
「はあ? からそう聞いたんやけど。高校んとき」
「……は?」
「お前にほんまに好きな女ができたら振られるやろうけど、そんときは笑ってずっと応援しとるよ元気でなって言うんやって。寂しそうに笑って言うとったけど?」

 宮が目を丸くしている。純粋に驚いていることが分かる。宮にとって思いがけない展開になっているのだろう。正直それはこっちのほうだ。宮がのことを話題に出した時点で宮が多かれ少なかれに特別な感情を持っていることは察した。だから難癖をつけてきているのだと思っていたのに、本人の口でそう説明されたなんて言われて動揺しないわけがなかった。

「……え、嘘やん……お前めっちゃ口下手とかなん……?」
「おい、から聞いたこと全部話せ」
「いやいやいやいや……嘘やん……そんなことあるん……?」

 は、子どもの頃から笑う顔が一番かわいかった。大笑いすることはめったになくて、いつも静かに花が開くみたいに優しく笑う。俺は人を笑わせるのが得意じゃない。でも、は俺の話をいつも笑って聞いてくれた。
 手を繋ぎたいとかキスをしたいとか、そういうんじゃなくて。ずっとこの笑顔を見ていたいと思った。だから、から告白されたときは心底驚いたし、自分はのことが好きなのだとはじめて気付いた。だから、からの告白に頷いた。
 そのときにがバレーの邪魔はしないと必死に言うから不思議で。を邪魔だと思ったことはないし、きっとこれからもない。なぜ邪魔になると思ったのかは分からなかったけれど、はバレーの邪魔にならないからいい、と言った。それを聞いてがほっとした顔をしていた意味がよく分からなかったけれど、宮の話を聞いて点と点が線で繋がったような感覚を覚えた。

「おい、退け」
「はいはい邪魔してすみませんね〜。ちゅうかに言うたれよ。健気で可哀想やわ〜」
「だから、言いに行くから退け」
「……電話でやんな?」
「馬鹿かよ。退け。今なら新幹線まだ乗れる」
「は?! いや今何時やと思てんねん! 向こう着くん夜中やぞ?!」
「うるさい。退け」

 向こうに着く時間帯は大抵は残業で会社に残っている。内心では新卒社員を残業させるような会社なのか、と心配しているが早く仕事を覚えたいからとが好んで残っているらしい。上司からも注意されたから程々にしていると言っていたことを思い出す。クソ真面目。思わず、思い出して笑ってしまう。
 宮が間抜けな顔で固まる。動かない宮を押しのけてロッカールームのドアノブを掴み、振り返る。宮はまだ固まったまま俺を見ている。それを、鼻で笑ってやった。

のことを勝手に好きになるのはいいけど、何かしたら許さない」

 ドアを開けて外に出る。ドアを閉めたあとに中から「べっつにもう好きとかちゃうわ!」というわめき声が聞こえてきたけど、無視しておいた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 腕時計を見ながら会社の廊下を歩く。またこんな時間になってしまった。上司に残っていることを知られる前に帰らないとまた注意されてしまう。早く会社のシステムのことや仕事に必要な知識を把握したくて、自分で自分に向けたマニュアルを作ったり先輩が作った資料を見たりしていた。もちろんなかなか慣れないし分からないこともたくさんある。でも、周りの人はみんないい人だし上司も尊敬できる人だ。早く仕事を任せてもらえるようになりたいな。
 もう誰もいないエントランスを抜けて、正面出入り口から外へ出る。駅から近いところにあるオフィスビルは大通りに面していて飲食店も多い。車通りも人通りもまだ賑やかだ。自宅マンションは家賃が安いところを選んだから少し距離が離れている。家に着いた頃にはお腹がぺこぺこすぎて気力をなくしているかもしれないし、どこかでご飯を食べてから帰ろうかな。そんなことを考えていたときだった。



 落ち着いた声には聞き覚えがあった。でも、その声が聞こえるわけがない。気のせいか。そう苦笑いをこぼして歩きはじめると、右腕を掴まれた。

ってば」
「……聖臣?!」

 わたしの右腕を掴んでいたのはどこからどう見ても聖臣だった。でも、どうしてここに。会社の前にいたということはわたしのことを待っていたのだろう。よく分からないままバッグからスマホを出すと、三十分前に聖臣から「会社にいる?」と来ていた。気付かなかったことを謝ると、聖臣は「別にいい」と言う。

「ど、どうしたの? 今日来るなんて言ってたっけ……?」
「言ってない。ちょっと来て」

 そのまま右腕を引っ張って歩きはじめる。駅とは反対の方向だ。駅はあっちだよ、と言っても聖臣は「うん」としか答えない。道を間違えているわけではないようだ。でも、連れて行かれる先に心当たりが一切ない。何より突然来た理由さえも分からないのだから。
 ひたすらまっすぐ歩き続けていた聖臣だったけれど、少し人気が減ったところで左に曲がった。細い道。会社付近に何があるかは大体知っているけれど、この辺りは来たことがない。どこに行くんだろう。不思議に思っていると、目の前にひっそりしているのに少し派手な建物が見えてきた。まさか、とは思う、けど。あそこなわけない、よね? ちょっとどきどきしながら聖臣に引っ張られていく。どんどんその建物が近付き、通りすぎる、かと思ったのに、聖臣がその建物の前で方向転換した。そうしてその建物の中へ迷わず入っていく。

「え、き、聖臣、あの」
「何」
「ここ……ら、らぶほてる、だけど……」
「知ってる」

 眉間にしわを寄せて、嫌そうに部屋を選ぶボタンを押す。部屋の鍵を持つのも嫌そうにしていたけれど、わたしが代わりに取ろうとするのを遮って自分の手で鍵を持った。エレベーターに乗るのも、廊下を歩くのも嫌そうだ。それなのにどうして。
 よく分からないまま二人で中に入る。こんなところ入ったのはもちろんはじめてだし、聖臣と入るなんて夢にも見たことがない。それに、聖臣とわたしは、まだ、なのだ。中学生のときから付き合っていてありえないと言われるだろうけれど、わたしの彼氏は聖臣。それだけで説明はついてしまうのだ。
 ドアの前で立ち止まったまま聖臣がわたしを見る。じっと見つめられると息を呑んでしまう。いつ見てもきれいな瞳。真っ黒だけど月明かりを感じさせるように穏やかにきらめいている。静かに何かを見据える視線はいつだってぶれない。その瞳に見つめられることが、昔から好きだった。
 そっと右腕から手が離れる。その手がそのままわたしの顔に伸び、横髪を指ですくった。びっくりして固まってしまう。なんで急に、こんなことしてくるんだろう。勘違いしてしまうからやめてほしいんだけどな、なんて心の中で呟く。

「本当に好きな子ができるまでって何」
「えっ?」
「ずっと応援してる、元気でって何」
「聖臣、ごめん、話が見えないんだけど……」
「宮に話したんだろ。高校のときに」
「宮って侑のこと? 何の話だっけ……?」

 そういえば聖臣は侑と同じチームに入ったんだっけ。まだチームのことや会社のことは教えてもらっていない。侑、元気かな。なんだか懐かしい気持ちになったけれど、今はそれどころじゃなかった。

「俺に本当に好きな子ができるまで付き合ってるって何?」
「……それ」
「バレーの邪魔にならないって理由でキープしてるって何?」

 なんか、話がちょっと変わっている気がするけど、その話を侑にした覚えがある。高校二年生のインターハイ、決勝戦を終えたあとだったはず。でも、どうして侑はその話を聖臣にしたのだろう。二人がそういう話をしそうには思えないのに。
 髪に触れていた右手が、そのまま後頭部に回る。何が起こっているのか分からないまま固まっていると、聖臣が左腕を背中に回してきた。そのままわたしを抱きしめると首元に顔を埋める。

「どういう意味。ちゃんと説明して」


うわさのキヨオミくんテイク2