※捏造過多です。
「どういう意味。ちゃんと説明して」
ぎゅっと抱きしめられた体が熱い。中学生のときから付き合っているけれど、高校も大学も遠距離だったし、社会人になった今も距離は変わらない。わたしが東京に戻ったかと思えば聖臣が大阪を拠点としているチームに入った。それを聞いたとき、おめでとうって言わなきゃいけないのに、わたし、残念に思った。今もそんな自分が許せずにいる。
わたしは、聖臣のことが好きだ。自分にも他人にも厳しくて、ひたむきに努力する人で、人の言葉に惑わされない。まっすぐでうつくしい姿勢や視線、精神が、わたしはずっと好きで、ずっと憧れだった。そんな聖臣が決めた道を残念に思った自分が、ひどくおこがましく思えて恥ずかしかった。聖臣の特別になれたと錯覚している。そう、恥ずかしかったのだ。
うまく呼吸ができない。心臓が絡まったように変な動きをしている。何度も何度も瞬きをしながら脳をぐるぐる回転させるけれど、聖臣の質問にどう答えるかよりも先に今の状況を理解することができずにいる。
「。答えて」
動揺したまま黙っていると、聖臣が小さく息を吐いた。それから後頭部に回していた右手と、背中に回していた左手をそれぞれ少し下に移動させる。こんなふうに体を触られることが今までなかったから余計に固まってしまった。何をしているんだろう。思わず息を止めてしまうと同時に、ふわっと体が抱き上げられた。突然のことで思わず聖臣の首に抱きついてしまう。そんなことには構わず聖臣が部屋の奥に入っていく。
全く理解できないまま聖臣にしがみついていたけれど、ものの十数秒後にはそっと下ろされた。ゆっくり聖臣から手を離すと頭が柔らかいところに着地する。これって。心臓が痛いほどうるさくなる。そのあとにぎしっとベッドが軋む音がして、顔の横に聖臣が手をついたのだと分かった。
「え、あの、聖臣……?」
「答えて。どういう意味?」
息がかかるほど顔が近い。体の至る所に聖臣の体温を感じる。こんなに聖臣と近くにいることが今までなかったから、どこを見ていいのか分からなくて言葉が出てこなかった。
しばらくの沈黙。わたしを見つめたままでいる聖臣は、吐く息がほんの少し震えるわたしと違って静かに呼吸をしている。ぎゅっと自分の拳を握るとほんの少しだけ手汗をかいてしまっていた。
聖臣越しに見える天井。視界の端っこに見えている白いシーツ。こんな状況に緊張しないわけがない。でも、ちょっとだけ、ここじゃなくてわたしの家がよかったな、なんて思う。聖臣はこういうところが絶対に嫌いだろうし、今もどんな気持ちでいるのかよく分からない。どうしてわたしの家に行かずここに来たのだろう。聖臣に聞かなきゃ何一つ正解は分からない。考えるだけ無駄だ、と思えばほんの少しだけ頭の中が落ち着いた。
今は聞かれていることには答えなければ。一つ大きく息をついてから、恐る恐る口を開く。聖臣はわたしのことが好きなわけじゃない。本当に好きな子ができたら振られるだろうからそのつもりでいただけ。わたしは聖臣のことを好きでいられるだけでいいと思っていた。都合の良い存在だと思ってくれたらよかった。一つも嘘はない。勘違いしそうになったときもあるけれど。
そうじゃなかった、の、だろうか。わたしはてっきり聖臣もそういうつもりだと思っていた。好きだと言われたこともなければ、告白したときにも言われなかった。子どもの頃からただの一度も、聖臣からそんなふうに思われていると感じたことはない。
「……ふざけんなよ」
眉間にしわを寄せた聖臣が、静かに呼吸をする。それから突然唇が重なった。びっくりして思わず聖臣の胸元を押し返す。もちろんぴくりとも動かない。それに、自分でも恥ずかしくなるくらい心臓が熱くなったのが分かる。
唇が離れる。まだ鼻がぶつかるくらいの距離で瞳を捉えられたまま。どきどきしすぎて目を逸らせないまま。聖臣の胸元を押し返そうとしたままの手で、聖臣の服をぎゅっと握った。
パニックだった。だって、聖臣は人に触ることはもちろん他人の私物にさえあまり触りたがらない。付き合ってから一度も手を繋いだことさえなかったから、キスやそれ以上のことはできない人なのだと理解していた。気持ち悪がるのだろうと、思っていたのに。
どこもささくれているところがない。手も、唇も、どこかしこもなめらかで、うつくしい。聖臣は自己管理をしっかりしている人だ。言い換えれば自分の身を大切にしているということでもある。風邪を引かないようにマスクをしていることが多いし、手洗いうがいは怠らないし、体に悪いものはできる限り排除している。聖臣のそれらは決していきすぎたものではなく、ひたむきな努力の現れであり何より見据えるものへの敬虔な意識だ。バレーの練習をするのと同じく、学問を究めるのと同じく。
そんな手が、そんな唇が、何も持っていない自分に触れている。きっと聖臣が生きてきたこれまでに微塵にもそぐわない低俗で浅ましい空間の中で。じっと見下ろしてくる瞳がほんのり熱を持っている。そんなふうに見えてしまうほど、ここは分かりやすく心をかき乱す雰囲気を纏っていた。
聖臣がぼそりと「普通そんなふうに思わないだろ」と拗ねたように言った。一人で突っ走ったわたしの思考を咎めている。昔から思い込みが激しいとか自分を卑下しすぎるとか、文句のように聞こえる言葉をたくさん投げられた。でも、どれもこれも、受け止めるたびにくすぐられる。
「だ、だって……」
「何」
「言われ、なかったから……好きって……」
はじめて聖臣が目を逸らした。その様子からして心当たりがあることは明白で、なんとなくばつが悪かったらしいことも伝わってくる。でも、本当にそうなのだ。言われなかった。わたしが聖臣から言われた言葉といえば、バレーの邪魔にならないからいいとかそういうことだけ。好きだから付き合おうとは一言も言われていない。そもそも聖臣が恋愛をするイメージもなかったから余計に思い込んだままだったのだ。
そっと視線が戻ってくる。わたしの瞳をまた捉えると、しっかり奥まで見透かすようにまっすぐ見つめられる。子どもの頃から変わらない癖毛がほんの少しだけ揺れる。それがやけにスローモーションに見えた。
「好きだよ」
たった一色のうつくしい色が、一滴だけ落ちた色水のようだった。水の中をゆらめいて少しずつ消えるようになくなっていくけれど、確実に色を残す。何色なのかは分からない。けれど、わたしの瞼の裏には確かにうつくしい色が見えた気がした。
聖臣の唇がまた優しくわたしの唇を塞いだ。ものの数秒でそっと離れてから、ぎゅっと抱きしめられる。わたしの顔のすぐ横に聖臣の顔があって、頬や首元に聖臣の体温を感じるし髪がちくちくと当たる感覚もある。
夢じゃない。確かに聖臣はわたしを抱きしめていて、わたしに言葉をくれたのだ。それをじわじわと実感してきて、息を呑んだ。
ダメ元だったんだ。本当に。聖臣に告白したとき、わたしは当然のように振られるつもりでいた。だって聖臣はわたしのことを異性として見ていなかったし、他に好きな女の子がいそうな感じはおろか恋愛に興味がある感じさえもなかった。今の聖臣の中にはバレーボールしかない。そう当たり前に思っていた。聖臣にとって邪魔にならないから告白を受け入れてもらえたのだとずっと思っていた。
「わ、わたし……」
「うん」
「聖臣のこと、ずっと……ずっと、好き、だった」
「知ってる。過去形にするな」
ずっと応援してるよ、元気でね。いつか言うつもりだったその言葉を練習したことがある。いざ言うときに声が震えたら恥ずかしいから。でも、何度練習しても、聖臣が目の前にいなくても笑顔で言うことはできなかった。そんなこともできない自分がとても情けなくて、それなら期限付きの恋人になんかなるべきじゃなかった、と後悔していたのだ。ずっと。
けれど、待てど暮らせど聖臣から別れを告げられることはなくて。わたしと一応恋人だということ自体を忘れているのかも、と思ったこともある。でも、たまに連絡をすれば返してくれるし、バレーボール選手になってからは聖臣から連絡をくれることもあった。週末の予定を聞かれることもあったから、わたしたちの関係ってなんなんだろうといつも考えていた。
まだ本当に好きな人ができていないのなら、このままわたしを好きになってくれればいいのに。ずっとそう思っていた。
「ずっとが好きだよ」
そっと顔を上げた聖臣が、じっとわたしの瞳を覗き込む。いつ見てもきれいな夜空を思わせる瞳。艶のある黒目の中にぼんやり自分の輪郭が見えるほど、聖臣は近くにいてくれた。
聖臣は昔から汚れることが嫌いだった。特に得体の知れない液体は大嫌い。触ることはもちろん服につくのも大嫌いで、プールの授業のときはいつも憂鬱そうにしていたことをよく覚えている。元也くん曰く部活で行く合宿所のお風呂でも誰よりも早く入るようにしていると聞いたことがある。お弁当のふたを開けたときの水滴も、誰かがコップを置いていたと分かる水の跡も、人が使ったあとの湿ったタオルも、誰かが勢いよくくしゃみをしたときの唾も。聖臣は全部に嫌そうな顔をしていたし、分かりやすく大嫌いと分かる様子だった。
だから、他人から出てくる液体なんて、大嫌いなはずなのだ。汗、唾、鼻水、涙。全部聖臣が嫌な顔をするに違いないもので、何があってもその手で触れることなどない。ずっとそういう姿を見てきたから自然とそう思っていた、のに。
聖臣の右手がわたしの頬をたおやかに撫でる。涙で濡れている頬だ。聖臣が大嫌いな、濡れたもの。無理して触らなくていいのに、と口に出そうとして言葉を引っ込めた。親指の腹で涙を拭ってくれた。じっと見つめてくる瞳は、その表情は、ちっとも嫌そうには見えなかったから。
「……どうしたら泣き止む?」
人を慰めたり励ましたりするの、昔から苦手だね。思わず笑ってしまう。そんなわたしを見て聖臣は目を丸くして驚いていたけれど、少ししてから一緒に笑ってくれた。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「あの、ところで……なんでラブホテルに……?」
「うるさい。こんなところ好き好んで入らない」
「従業員さんに失礼だからあんまり言わないほうがいいよ……?」
精算を終えて二人でラブホテルから出た。聖臣は何度もわたしの服や髪を払ったり、いつも鞄に入れているコロコロでごみを取ってくれたりしている。そんなに嫌ならわたしの家に来ればよかったのに。そう苦笑いをこぼしたら「時間が惜しかった」と眉間にしわを寄せたまま言った。
何もしなかった。はじめてキスはしたけれど、それ以上のことは何も。恋人同士でベッドの上にいるのだから、もしかして、と少しはよぎった。今日どんな下着だったっけと焦ったしお風呂に入らせてほしいとも思ったけれど、どれも杞憂だったからほっとしている。冷静に考えてみれば聖臣なのだから当然のことなのだけど。
「そういえば、大丈夫なの?」
「何が?」
「こんな時間に東京にいていいのかなって」
「始発で帰れば間に合うからいい」
それはぎりぎり大丈夫じゃないのでは。心配になりつつも来てくれたことは本当に嬉しい。わたしのために時間を使ってくれたのだと自惚れてしまう。わたしになんか時間を使わなくていいと思う自分もいるけれど、やっぱり、好きな人が自分のことを気にかけてくれるのは、幸せなことだなあ。そんな気持ちを噛みしめた。
「」
「うん?」
「急で悪いけど、泊めて」
「あ、うん。もちろん。そんなにきれいじゃないからちょっと恥ずかしいけど……」
「の家ならいい」
駅のほうへ歩きはじめてすぐ、聖臣が当たり前のように手を握ってきた。心臓が跳ねるほど驚いたけれど平常心を装う。聖臣って、手、繋ぐタイプなんだ。知らなかった。こんなふうに並んで歩くことはあまりなかったし、あったとしてもわたしが聖臣に対して罪悪感があって距離を取ってしまっていたから。
きゅっと手を握り返す。知っているはずなのに知らない。そんな体温や手の大きさに唇をこっそり噛んでしまう。泣いてしまいそうだった。とても、とても、気持ちが騒がしくて。
「」
「うん?」
「宮侑と二人で会うこととかある?」
「侑と? ないけど……?」
「ふ。ならいい。これからも二人では会わないで」
「え、あ、うん……?」
なんで今ちょっと笑ったんだろう。もしかして案外侑と仲良くなれたのだろうか。そう思ったらちょっと嬉しくて「侑と仲良くなったの?」とストレートに聞いてみたら、聖臣は真顔になって「そんなわけないだろ」と言った。予想が外れた。二人ともバレーボールに対するひたむきさが強いから仲良くなれると思ったのに。こっそりそう思いつつ口には出さないでおいた。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
――一年後
「お、や! 久しぶりやな〜!」
わたしの姿を見つけてくれた銀島が手を振ってそう声をかけてくれた。わたしも手を振り返しながら小走りで近付くと、周りの人たちも「久しぶりやな〜」と笑ってくれて、わたしもつられてにこにこしてしまった。
稲荷崎高校男子バレー部OBが集まる飲み会。今回は一つ先輩である大耳さんが幹事を務めている。これまでも一つ上の先輩たちが開催したことはあったのだけど、なかなか日程が合わなくて参加できずじまいだった。今回は大型連休中に開催されていることと、わたしが用があって大阪に来ていたこともありどうにか参加できることになったというわけだ。とはいえ、参加できる人があまりいなかったようで小規模での開催となっていると聞いている。会場も治のお店だというから本当に限られた人数のみなのだろう。
「あれ、同輩は銀島と角名だけ?」
「侑はもうおるらしいわ。あとはあかんかったみたいやな」
「まあ連休だとそれぞれもう予定埋まってただろうしね」
「角名もよく来られたね。日本代表入りおめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
「ここにはおれへんけど侑もおめでとうやな」
「尾白さんもね」
「そういえば尾白さんは?」
「前乗りしとるでもう店おるって」
わたしたちの会話が聞こえたらしい大耳さんと赤木さんが笑いながら「三人も代表入りとはなあ」と愉快そうに笑った。確かに。わたしたちの世代の選手がたくさん選ばれていたから勝手に同窓会気分だった。もちろん知り合いというわけではないけど、高校時代に対戦したことがある人も多くいたから。
けらけら笑っていると、銀島が「あとは」と言いながらわたしを見た。
「旦那さんもおめでとうやな?」
「あ、あ〜……ありがとうございます……」
「照れてる。ウケる」
「びっくりしたわ。の結婚相手が佐久早聖臣とか」
先月、聖臣と結婚した。すでに日本代表に選出されたあとだったので予想以上にメディアに取り上げられてしまって参っている。聖臣もチームの人に言われて仕方なくSNSで報告した投稿があまりにも拡散されるから困惑していたっけ。
バレー部の人を含めた友人たちには相手をぼかして報告したのだけど、やはり佐久早≠ニいう珍しい名字ですぐにバレてしまった。結婚してすぐの頃はメディアに取り上げられるたび誰かから連絡が来ていたっけ。ちなみに一番反応が早かったのが角名だった。バレー部の人たちは例外なく名字を見て一発で分かったそうだ。
去年入社したばかりの会社を辞めるのも惜しい気がして、まだ一緒には住んでいない。そもそも聖臣はこれからバレーで忙しくなって家を空けがちになる。今は一緒に住んでも二人の時間がそこまで増えることはなさそうだと判断し、わたしは今も東京に住んでいる。連休には聖臣の家に来ている、という状態で、この大型連休も聖臣の家で過ごしているというわけだ。
「あんま時間作れへんやろ。よう今日の飲み会許してもらえたな」
「まあ、若干不満そうでしたけど……ずっと参加できてないってことも知っているので……」
「渋々送り出してくれた、と」
「まあ、はい」
「今日帰れるの? 結構遅くまでの予定だけど」
「今日は実家に帰って明日の朝に大阪に帰ろうかなって。頑張れば帰れるけど、そうすると駅まで迎えに行くとか言い出しそうだから」
「あ〜ごちです」
「別に惚気てないよ?!」
けらけら笑っていると、ここで待ち合わせになっている最後の一人、北さんの姿が見えた。北さんはわたしたちを見つけるなり「早いな」と少し驚いたような顔をした。北さんも集合十分前の到着で十分早い。みんなでそう笑った。
「ああ、。結婚おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
「なんで照れるんや?」
「いえ……まだ結婚という言葉に慣れなくて……」
「なんやねんそれ」
北さんが笑いながら何かを手渡してきた。きれいなご祝儀袋。まさかの結婚祝いだった。結婚式は親族のみですることになっている。そのことも含めて結婚の報告をしたから持ってきてくれたのだろう。恐縮しながら受け取ると、他の人も出すタイミングを見計らっていたようで続々とご祝儀袋を取り出した。なんか申し訳ない。ぺこぺこしながら受け取った。
一番店に行き慣れている北さんについていく形で歩きはじめる。先輩たちが前、わたしたちは三人で後ろをついていく。銀島が「それにしてもが一番乗りかあ」と感慨深そうに言うからまた照れくさくなってしまう。わたしも自分の結婚がこんなに早いとは思わなかった。そう言ったら角名が「そういえば」と口を開く。
「、高校のときに彼氏いるって言ってたけど、あれってもしかして佐久早のことだったの?」
「あーあれな。懐かしいな……」
「あのとき俺たち本当気まずかったよね」
「めっちゃ気まずかったなあ。あのあとめっちゃ気遣うたもんな」
「そのときから聖臣と付き合ってたけど……何が気まずかったの?」
話の流れがいまいち読めなくて首を傾げてしまう。角名と銀島がちょっと固まってから「ヤバイ」と言い出しそうな顔をしたのが分かった。どうやら失言だったらしい。そんな反応をされると余計に気になる。「なんなの?」と角名の顔を覗き込むと、角名が銀島と視線を合わせて無言のまま何か示し合わせるようにした。
「まあ、誰かは伏せて……」
「うん?」
「のこと好きなやつがおってん。同輩の中に」
「……え?! そ、そう、なんだ……?!」
「彼氏がいるなんて誰も知らなかったからさ。そいつがに片思いしてるって俺らは知ってたからみんなで凍り付いたってわけ」
くるりと振り返った赤木さんが「そうなん?!」と驚いた顔をした。大耳さんも「それは知らへんかったわ」と目を丸くする。北さんも同じく。どうやらそのことを知っていたのは本当に同輩だけだったようだ。
わたしのことが好きだった同輩って、誰だろう。まったく心当たりがない。好かれていれば多少分かるだろうに。高校生のときの部活での思い出を振り返ってみてもそんな甘酸っぱいものはない。毎日必死だったけど楽しかったなあ、と懐かしく思うことはあるけれど。
そんな話をしている間に治の店に到着したようだ。北さんが慣れた様子で中に入ると、中から治と侑、そして尾白さんの声が聞こえた。先輩たちに続いてわたしたちも入ると、尾白さんが「お! 結婚おめでとう!」とにこやかに言ってくれた。
「ありがとうございます」
「今日はの結婚祝いも兼ねてやな」
「いえいえ、そんな。いいですいいです」
「大照れやん」
カウンター席にそれぞれ着席していく。わたしも銀島、角名に続いて座ると、立っていた侑が一番端であるわたしの隣に座った。そうして「な〜の旦那さ〜」と頬杖をつきながら言う。
「めっちゃ俺に当たりキツイねんけど! 嫁から注意せなあかんのとちゃうんですか〜?」
「え、えっと〜……なんかすみません……?」
「誠意が感じられへんなあ?」
「ねえ、治。侑もう酔ってる?」
「来たん早すぎてちょびっと飲んでもうてんねん。スマン」
治が先輩方にもそう断ると、先輩たちは大笑いした。尾白さんも笑いながら「俺が来たときにはもうこんなんやったで」と侑を指差す。
侑が完全に潰れる前にはじめてしまおう、ということで治がお酒を出してくれた。作っておいてくれたというおにぎりもいただいて、全員で乾杯。ごくっと一口飲んだら喉をアルコールが通っていった感覚がして、思わず息を吐いてしまった。
侑がカウンターテーブルに頬をくっつけて寝そべる。じーっとわたしのことを見てくるからなんとなく飲みづらい。
「の旦那、ほんまに感じ悪いで」
「あー、ごめんね……聖臣は昔からちょっと口が悪いというか」
「ちょっと?! あれがちょっと?!」
「はい、すみません、だいぶ悪いです」
「あいつ俺のタオル間違えて掴んだだけでめっちゃ眉間にしわ寄せて、雑巾持つみたいに指で摘まみ直していらねえ≠チて言うて俺に返してきよったんやで?! 間違えたんお前やろうがって!」
「はい、申し訳ないです。うちの聖臣がご迷惑を……」
隣の席で角名がげらげら大笑いしながらスマホで動画を録りはじめる。こんな日本代表の姿を記録しないでください。そう苦笑いをこぼしてしまったけど角名は「絶対バズるから録っとく」とスマホを向け続けた。SNSに上げる気満々じゃん。侑と聖臣から許可は取ってね。それだけ言っておく。
侑はその他にも聖臣に言われたクソ腹立った§bを続々と続ける。先輩たちは「程々にせえよ」と言ってくれたけれど聖臣の口の悪さは幼馴染であるわたしもよく知っている。侑の話からして侑への口の悪さはかなりきつめなので甘んじて愚痴くらいは受け入れます。そう言うわたしに北さんが「ええ奥さんやな」と笑った。
ひとしきり聖臣の愚痴を言った侑が、ふと黙った。ほんの少しだけ眠たそうな目でわたしをじっと見つめると、ゆっくり瞬きをする。それからグラスを持ったままのわたしの左手をちらりと見るて、ほんの少し小馬鹿にするように鼻で笑った。
「んことほんまに幸せにしてくれるんか、佐久早聖臣」
ぽつりと呟かれたその声を聞いて、あ、と思ってしまった。もしかして、角名と銀島が言っていた同輩って。
その先を言葉にするのはやめておいた。心の中とはいえ、言葉にしてしまうと何かが変わってしまう気がしたからだ。知らないふりをしておいたほうがいい。なんとなくそんなふうに思った。
「うん。もう今が幸せだから大丈夫だよ」
侑が眉間にしわを寄せる。わたしから顔を背けるようにテーブルに額をつけると、「知らんちゅうねん」と小さな声で呟く。聞いてきたの侑なんだけど。そう笑ってしまうと、侑が顔を上げた。
「ちょお角名、角名。写真撮って」
「いいけど何の?」
「、こっち来い」
「え? なに……うわっ、びっくりした!」
「お前……佐久早に殺されるよ……」
「ええねん。はよ撮って」
わたしの肩をしっかり抱き寄せた侑が満面の笑みでピースをする。侑の首元に頭がぶつかったまま、わたしもとりあえずピースをしておいた。しっかり角名のスマホに収められたツーショット写真は角名から侑に送られ、侑もスマホで何かを打ち込んで送ろうとしているらしかった。
ところで、肩を、離してほしいんですが。困ってしまいつつそう言ったら侑はスマホで何かを打ち込みながら「ちょお待って」と言う。仕方なくそのまま待ちつつ、ちらりと侑の手元を覗き込む。トークアプリの画面。相手方のアイコンに見覚えがあって、はっとした。それ、聖臣のアイコン。そう口にする前に侑が送信ボタンを押し、さらに角名から受け取った写真も送ってしまった。
これ、聖臣どう思うんだろう。怒られるかも。内心少しびびっていると、少しだけ侑が腕の力を緩めた。離してもらえると思って頭を上げた瞬間、侑がわたしの前髪を乱暴に上げる。丸出しになったおでこに軽く唇を当てた瞬間、他の全員が「お〜」と謎の歓声を上げた。
「ちょっ……!」
「はい。離した。もうなんもせえへんわ」
「セクハラなんですが……?」
「ええやん、これくらい」
スマホを適当にテーブルの端に置く。これくらいって。それはされた側が決めることなのですが。苦笑いをこぼしつつ前髪を直すと、侑がとても、とても、穏やかな顔をして「許して」と言った。そんな顔をされると許さないわけにもいかず「まあ、うん」と目を逸らしつつ言ってしまった。
「」
「何?」
「結婚おめでとう」
「……ありがとう」
ふ、と侑が笑うと、右手を顔に伸ばしてきた。また何かされるかも、と思って思わず目を瞑った瞬間、ぺしんっ、とでこぴんをかまされる。おでこを手で覆って「何?!」と声を上げると、侑は「なんでもないわ」と高校時代と変わらぬやんちゃな顔で笑った。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
――一方その頃、佐久早聖臣(と遊びに来ている古森元也)
「は?」
「うわ、ビビった。え、何? 俺なんかまずいもの触った?」
「はあ?!」
「怖いから、理由の分からないキレは怖いから、理由を教えて」
「……」
「誰に電話してんの? 本当に何?」
「おい宮お前ふざけんなから離れろ」
「あ〜宮か〜。よかった、俺じゃなかった〜」
「うるせえよ触るな、さっさと離れ……チッ、あいつ……おい元也」
「はいはい?」
「角名に電話しろ」
「電話するくらいいいけど何?」
「いいから早くかけろ」
「はいはい。…………あ、もしもし? ちょっと今いい? ブチギレの佐久早聖臣が用があるみたいだから電話変わるね」
「おいお前の同輩のその馬鹿今すぐ追い出せ」
「聖臣トップスピード、ウケる」
「いい、そんなのいい。それか宮の双子いるだろ。さっさと引き取ってもらって。に近付けるな」
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「ねえ、佐久早ブチギレなんだけど。ウケる。どうする?」
「ウケとる場合ちゃうやろ。が電話変わったほうがええんとちゃう?」
「あ、いいこと思いついた。北さん、北さん。ちょっと変わってください」
「ちょっ、角名、おまっ、最高すぎるやろ……!」
「なんで俺やねん」
「いいからいいから。ちょっと変わってください」
「まあええけど……。もしもし。が二年のときの稲荷崎高校男バレー部元主将の北信介いいます。このたびはご結婚おめでとうございます」
「ヤバ、ちょ、誰か動画録って、俺の代わりに録って」
「あかん、ぶれる、おもろすぎる」
「なんで信介あんな落ち着いて喋れんねん」
「うちの後輩がえらい迷惑かけてすみません。いえ、とも仲良うさせてもうてます。こちらこそおおきに」
「あかん、腹よじれる、死ぬ……」
「はい。はい、もう今は離れてます。ちゃんと見とくんで安心したってください。はなんも悪ないんで。はい。そうです。分かりました。侑のことはあとでちゃんと自分が叱っときますんで」
「俺だけ怒られるん確定やんけ!」
「はい。いえ。大丈夫です。こちらこそえらいすみません。いえいえ。はい。ほな、角名に電話戻しますんで。……とりあえずこれでええか?」
「完璧です。大バスり確定です」
「何の話やねん」
うわさのキヨオミくんテイク2パート2