※前作「うわさのケイジくん」の続き。




 にこにことご機嫌そうな京治の隣で、わたしはかなり不機嫌だった。京治の凡ミスで付き合っていることがみんなにバレてしまった。烏野のみんなにはもちろんだし梟谷の人にもにこにこされるし、どこからか聞いた他の学校の人もにこにこ見てくる。居心地が悪すぎる。これが学校だったらまだいいけど、部活内というのが本当にいたたまれないというか。

「何がそんなに嫌なの?」
「……恥ずかしいじゃん。からかわれるし」
「そう? そんなに気にならないけどね。事実だし」
「京治のせいなのに開き直って……」
「そんなに怒らなくても」

 けろっとした顔をしている。もちろんわざとじゃないんだろうけど、あまりにも古典的なミスだった。京治がそんな凡ミスするかな。それだけがちょっと疑惑として残っている。
 夕飯と自主練を終えて、お互いお風呂に入った。待ち合わせをした場所は校舎を出てすぐにあるベンチ。そこに腰を下ろして二人で話しているのだけど、もう三十分もしたら消灯時間だ。時間の経過は早いな。そんなふうに少しだけ寂しい気持ちを隠し持っている。
 京治が軽く首を回す。結構お疲れの様子だ。まあ、日中の様子を見ていれば分かることだ。自主練時間も大変そうだったっけ。まあ、楽しそうでもあったから本人は何とも思っていないに違いない。常識人に見えて結構変な人だからなあ、京治は。
 久しぶりに会ったというのに、正直連絡はほぼ毎日取っていたから、そこまでたくさん話題があるわけじゃない。お互いのことは大体把握しているし、中学のときと変わらない。スマホ越しで話をするのと顔を見て話をするのでは全然違うけれど。特に大きな話題はないままぽつぽつと会話をしていると、「あ!」と背後からかわいらしい声が聞こえた。びっくりして二人で振り返ると、マネージャー陣がこっちを見ていた。

「見つけちゃった〜」

 梟谷の白福先輩がにこにこ笑って、近付いては来ないけれど、こちらを覗き込むような仕草を見せた。京治がそれに「お疲れ様です」と普通に返す。わたしもそれに続いて「お疲れ様です」とちょっと苦笑いをこぼしつつ返した。雀田先輩が「こそこそしなくていいのに。あっちで話したら?」と校舎の中を指差す。一階の自販機があるところにもベンチがある。校舎内だし自販機に来た人に見られるから、と外のベンチに座っていると察したらしい。その通り。見られて茶化されるのが恥ずかしいからここにいたのに、結局見つかっちゃった。そう思いながら「大丈夫です」と返しておいた。
 みんなしてどっちから告白したのかとかどういうところが好きなのかとか、いろいろ聞いてくる。わたしがそれに「やめてくださいよ」と言うのに対し、京治は堂々と全部答えていくものだから困って。他の人に見えないように京治の足を思いきり踏んでやる。余計なことを言うな。そうアイコンタクトを試みたけれど、京治は「痛いよ」と言うだけで全く気付いてくれない。
 痛いよ、じゃない。何べらべら喋ってるの。こそっとそう言ってみる。声は聞こえなかったけれど、何かを話しているのは見られてしまったらしい。「内緒話だ」とからかわれてしまう。もう。こうなるのが嫌だったから隠したかったのに。そんなふうに苦笑いをこぼす。

「好きな子の話はしたくなるものじゃない?」
「……そういうのをやめてって言ってるんだけど」
「はは」

 はは、じゃない。そんなふうに拗ねていると、気付いた潔子さんが「はいはい、もうこれくらいにしとこうよ」と他の人を宥めてくれた。わたしが本気で恥ずかしがっているのを察してくれたのだろう。他の人も「ごめんごめん、つい」と言ってようやくやめてくれる気になったらしい。
 みんながひらひら手を振って「消灯時間までには戻ってこなくきゃだめだよー」と笑う。それに素直に返事をすると「邪魔しちゃってごめんね」と言って、校舎の中に歩いて行った。
 マネージャー陣の後ろ姿を見送ってから、京治の背中をどすんと叩く。京治が「痛いんだけど」と楽しげに笑う。それに余計ムカついてもう一発かましておいた。京治は「なんでだめなの、そもそも」と背中をさすりながらわたしを見た。

「だ、だって、からかわれるの、恥ずかしいから……」
「そう? 俺はの話ができて嬉しいけど」
「京治ってやっぱり変だよね……」
「やっぱり変って。やっぱりって」

 けらけら笑った。それにまた拗ねてしまうと、京治が「せっかく会えてるんだから、ちょっとくらいだめ?」とわたしの顔を覗き込んだ。
 わたしだって久しぶりに会えて、そりゃ嬉しいに決まっている。でも、やっぱり人にからかわれるのは恥ずかしい。できればそっとしておいてほしいと思う。そうは言ってもわたしも友達のことをそういうネタでからかってしまうこともある。高校生が盛り上がるネタとしては申し分ないものだと理解している。だからこそ、できるだけ気付かれないようにしたかったという気持ちが強かった。
 京治は恥ずかしくないの。そう聞いたわたしに京治は少し考えてから「恥ずかしいというより、照れくさいかな」と言った。それを言われてちょっとだけハッとする。恥ずかしい、と、照れくさい、では受け取り方が何となく違う気がしたのだ。上手く説明できないけれど。きっと京治もその言葉のニュアンスの差は感じているだろうと思う。
 夜風が気持ちいい。京治はそう呟いて伸びをしてから、ぽつりとこぼす。次はいつ会えるんだろうね。わたしに問いかけたというよりは言葉が勝手にこぼれ落ちたような言い方だった。次は、いつ会えるんだろう。それはわたしもいつも思っている。わたしと京治はまだ高校生の子どもで、そう簡単に東京と宮城を行き来できない。交通費もこつこつ貯めなければないし、そもそも一人で行くとなると家族が心配するだろう。中間地点で会うのも、たぶん同様の理由で簡単なことではない。だから、直接会えた日はお互いたくさん我が儘を言って、いつもできないことをしたいね、と前に話したことを思い出した。

「普段人にからかわれることなんてないから、ちょっと良い気分、とか思わない?」

 困ったように笑う。ごめんね、という気持ちが少しだけ見える顔だった。その顔を見たらなんだか、これまでわたしが恥ずかしがって京治を責めていたのが申し訳なくなってしまう。わたしだって、久しぶりに会えて嬉しかった、し。正直なところ京治の彼女として人に認識されるのは、ちょっと嬉しかった。この人わたしの彼氏なんだよ、という顔ができるのも、嫌なやつかもしれないけれど、嬉しかった。

「……それはちょっと、思う」
「でしょ」

 一緒の高校に通っていたら、きっとクラスの子から恋人同士だと認識されて、事あるごとにからかわれる毎日だったのだろう。喧嘩をしたら夫婦喧嘩と言われ、二人で歩いているだけでにこにこ見られる。そんな、高校生によくある光景が、わたしたちにもあったと思う。でも、わたしと京治は遠距離恋愛だから。そういうのは一つもないし、そもそもこの合宿まで恋人がいることをあまり人に知られていなかった。見渡す限りどこにもお互いがいない環境で、寂しい気持ちを隠して生活している。だから、こんなふうに人にからかわれたら、浮かれてしまう。それは普通のことなのかも、しれない。
 京治が「もう時間だから戻ろうか」と言った。時計を見てみたら確かに消灯時間が近い。戻らないと同室の人が心配するし、仕方ないか。残念な気持ちを覚えつつも押し込んでから「うん」と笑いかけた。二人で立ち上がって、校舎のほうへ。合宿ももうすぐ終わってしまう。そうしたらまた、京治がいない生活になるんだな。そう思うと、少し俯いてしまう。

、手繋ぎたい。だめ?」

 京治がそう言って手を差し出す。もう人も少ないから、と。確かにこの時間はもうほとんどの人が寝る準備をはじめているところだ。しん、と静かな校舎内。京治の黒髪が月明かりに少しだけ光ると、なんだか目が覚めたように素直な気持ちが湧き上がった。
 差し出された手に、そっと手を重ねたら「いいの?」と少し驚かれた。それに声では返さずに小さく頷く。京治は少し驚いた顔をしてから、そっと笑った。その笑みと同じくらいそっと手を握ってくれる。画面越しでは分からない体温。それを忘れないように感じながら、わたしも小さく笑ってしまった。

「お、カップル発見〜」

 げ、と京治が声を漏らした。自販機がある部屋から出てきたのは音駒の主将の黒尾先輩と梟谷の主将の木兎先輩だった。二人がにこにこしながら近付いてくると、京治が手を離そうとした。わたしが嫌がると思ってくれたのだろう。たぶん、少し前までのわたしなら恥ずかしくて自分から離したと思う。京治の手を振り払ってでも。でも、離したくなくて。力が抜けた京治の手をぎゅっと強く握ったら、京治が「え」と動揺した声を出した。

「アラ〜仲睦まじいわね〜」
「ナカツムマジイな〜」
「木兎、お前今なんつった?」
「え、なかむ、ナカムズカシイ?」
「木兎さん、仲睦まじい、です」
「知らない言葉を無理に使おうとすんな」

 そんなやり取りに少し笑ってしまう。そんなわたしに黒尾先輩が「赤葦って二人のときもしっかりしてんの?」とにこやかに話しかけてきた。二人曰く、あまり恋愛をしている姿を想像できないらしい。木兎先輩も彼女がいるなんて知らなかったしいると思ったこともなかった、と意外そうに言った。京治はそれに少し「失礼じゃないですか」と不満げにした。
 二人のときの京治、か。元々他の男子よりは落ち着いていたししっかり者だ。それは遠目に見ていれば分かることだったけれど、仲良くなってからはそれだけじゃないことを知った。意外と我が儘だし頑固だし、たまに変なことを言うし、笑いのツボが謎。テンションが下がるスイッチも分かりづらくて、突然感情が狂うこともたまにある。まあ、総合すると、結構個性的な人だ。しっかり者、という括りには、わたしはできないなあ。

「変な人です。結構」
「ちょっと、ひどくない?」
「でも、そういうところが好きです」

 ぴくっと京治の指が動いた。黒尾先輩が「アラ〜」とにやにやしながら京治の顔を見ると「愛されてんじゃん、ケイジくん」と肩を突いた。木兎先輩もそれを真似してにやにやすると、はじめて京治の顔が真っ赤になった。

「……なんでそういうの、この場面で言う……」
「照れてる照れてる」
「クリティカルヒットだ」
「うるさいですよ」

 シッシッと京治が二人を追い払うような仕草をする。それに先輩方が「はいはいイチャコラの邪魔してすみませ〜ん」と笑って先に歩いて行った。京治はその姿が見えなくなるまで立ち止まって、完全に二人が見えなくなってから、わたしの手をきゅっと握った。

「急にはやめて……」
「顔が不細工になってるよ」

 梅干しを食べた後みたいな顔。そう笑ったら、京治がぐっと唇を噛んでから「好き……」と悔しそうに呟いた。


うわさのケイジくんパート2

top