たじたじだった。ただずっと照れ笑いを浮かべるしかできない。高砂席につくまでの間、バレー部の同輩たちが「おめでとう〜」とか「聞いてないぞ〜」と小声で茶々を入れてきたり、わたしのパート先の店長がなぜか号泣し始めたり、ひかりがきゃっきゃっと騒がしかったり。割と静かな白布の家族や職場の人たちがどう思っているのかハラハラしつつも、ただただ照れくさかった。
 式場の人が新郎新婦の紹介をしたあと、白布からの挨拶があり、乾杯。ここまでは座ってじっとしているだけだ。思わず一息吐いてしまった。
 食事がはじまってからは順番に高砂席に来てくれる人たちにぺこぺこしてしまう。特に白布の職場の人には。わたしが入院したときに担当してくれたあの看護師さんも来ていて「やっぱり付き合ってたんですね」と笑われてしまった。その言葉に白布は不思議そうにしていたけど、知らん顔をして「すみません」と曖昧に笑うしかできなかった。
 わたしのアルバイト先の店長は泣きながら「すごくきれいだよ、あっセクハラじゃないです本当に」とぐずぐずしていた。白布がどうしても職場の人は呼ばないといけなかったらしく、わたしの職場の人も呼べないかと言ってきた。店長にお願いしたらシフトをどうにか詰めて、長年ずっと一緒に働いてきたパートさん数人も一緒に来てくれたのだ。そのことに白布がお礼を言うと「とんでもない、本当にとんでもないです」と全員ぺこぺこした。

「これ、あの、僕も本当にスピーチするんだよね? だって旦那さん側の上司、お医者さんなんでしょ? 地元の小さいスーパーの店長だと場違いすぎない?」

 店長がそう頭をかきながら申し訳なさそうに言う。その言葉にびっくりした。場違いなんてとんでもない。店長はわたしが変則的なシフトをお願いしてもどうにかこうにか希望通りに組んでくれたし、わたしが大変そうだからといつも力仕事を変わってくれたし、翔太とひかりにあげてと言ってお菓子やお惣菜を買って渡してくれた。恩人でしかない。入院してしまったときもよくお見舞いに来てくれた。パートさんたちも同じだ。わたしにとっては誇らしい上司だから、そんなこと、微塵にも思わなかった。慌ててそう言ったらみんなきょとんと一瞬固まってから、ワッと箍が外れたように笑う。びっくりしているわたしを置き去りにみんなで楽しそうに笑ってから、「幸せになってね」と言ってくれた。
 最後に来たのはバレー部の同輩たち、友人枠の人たちだ。真っ先に白布に「マジで何も聞いてないんだけど」と絡み始める。その隣でわたしは「久しぶり」と話しかけられた。本当に久しぶりに会った。懐かしい。そう笑ったらみんなも笑ってくれた。

「元気そうで何よりなんだけど、こういうのって事前に教えてくれるもんじゃないの?」
「急に連絡もなしに招待状が来た俺らの気持ち分かる?」
「俺、マジで家でひっくり返ったわ」

 みんな変わっていない。昨日も会っていたように話ができる。それが嬉しくて、噛みしめるように黙ってしまう。そんなわたしの代わりに全部白布が説明してくれた。同輩たちが楽しそうに話をするのを、なんだか遠くから見るようにしてしまう。白布たちが三年生の代では全国大会へは行けなかったそうだ。それを今更悔しく思ってしまったけれど、こうして同輩が当たり前のように揃うというのは、全員にとってあの時間はかけがえのないものだったのだろうなと思った。

「あ〜とりあえず先輩方に写真を送れと言われているので」

 川西がそう言ってスマホを係の人に渡す。全員をどうにか画角に入れてもらって、一枚。ポーズを変えてもう一枚。そんなふうに写真を撮ってもらったらすぐラインで写真を送っていた。
 バレー部の同輩たちが席に戻ってからケーキ入刀のための準備が始まった。これ、やらなくていいとわたしは言ったのだけどひかりが「結婚式なのに?!」と言うものだから削れなかった。司会の人に言われて移動すると、写真を撮ろうとしてくれる人たちが近くに移動してきた。緊張する。そんな、撮るようなことではないのですが。内心そう思いつつ白布がナイフを受け取ってからわたしも一緒にナイフを持った。恥ずかしい。そう思っているとひかりがスマホを構えながら「お姉ちゃん照れてる」と笑った。
 入刀したあとは少し長いスプーンを白布が手に取ってケーキを一口分取る。これも恥ずかしいからやらなくても、と言ったけどほとんどの結婚式で行われているとのことだったからやることになった。ファーストバイトというらしい。照れつつケーキを一口。普通においしいけど、普通に食べたい。こんな大勢に見られながら、しかも写真を撮られている中だと照れるしかできない。なんで白布は堂々としてるのかな。そう思いつつスプーンを受け取り、今度はわたしがケーキを取る。すると、司会の人が「もう少し取ったほうがいいのでは?」と煽ってきた。言われるがままに大きめにケーキを取ると、白布が嫌そうな顔をして「入んねえよ」と呟いた。取ってしまったものは戻せないので。そう苦笑いしつつ差し出すと若干躊躇ったあとに口を開けて、どうにか半分くらいは食べた。その口の周りにしっかり生クリームがついてしまうと、ゲストの人たちがみんな笑った。
 そのあとに白布の上司のスピーチ、わたしの上司のスピーチ、友人代表でバレー部主将を務めた同輩からのスピーチがあった。どれもこれもお祝いしてくれる言葉と、白布を褒める言葉、わたしを褒める言葉しかない。お祝いの席だからそう言うのは当たり前なのかもしれないけど、少し、嬉しかった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 ひかりが選んだお色直しのドレスは紫色だった。ひかりならもっと明るいかわいらしい色を選ぶだろうと思っていたから少し驚いた。どうしてこの色にしたのかを聞いたらひかりは小さく笑って「お姉ちゃん、部活好きだったから」と教えてくれた。よくよく見てみればその紫は白鳥沢学園男子バレーボール部のユニフォームの色にとてもよく似ていて。店員さんにわざわざ写真を見せて似たものを探したのだという。それを聞いた白布も隣で「よく似てる」と懐かしそうに言っていた。
 着替えてからまた白布と一緒に入場して席に着く。ゲストによる余興がはじまると、ようやく普通に笑えた。白布の職場の同輩と後輩による恐ろしく息の合ったダンスにはじまり、わたしの職場の人たちによる楽器演奏、バレー部で一番歌がうまい同輩による結婚式定番曲の熱唱。賑やかな時間を純粋に楽しませてもらった。白布も同じだったようで、こそこそとわたしと話すくらいの余裕を見せていた。表情が柔らかくなったのを見て、堂々としてはいたけど緊張もしていたのだな、とようやく気付いた。
 祝電の紹介があってからは、定番の花嫁による両親への手紙、なのだけど。わたしには両親がいない。わたしの家族席には翔太とひかりの二人だけ。もちろんわたしが手紙を読む相手も二人だけだ。
 ずっとずっと、何もしてあげられなかった。嘘を吐かせた。我慢をさせた。つらい思いをさせた。そんな情けない姉であるわたしの幸せを心から願ってくれた二人への言葉は、何度書き直しても長くなってしまって、削るのがとてもとても大変だった。
 二人の前に立つ。隣で白布がマイクを持ってくれると、急に、泣きそうになった。二人がとても喜んでくれていたから。お姉ちゃんはまた、二人に嘘を吐くよ。ごめんね。そう心の中で呟く。震えそうになる声をどうにか堪えてまずは来てくれたゲストの人への挨拶とお礼を述べる。ぐっと締まりそうになる喉を無理やり広げてから、翔太とひかりの顔を見た。
 大きくなった。もう二人とも、立派な大人の顔をしている。まだ高校生と中学生なのに。翔太はもちろん、ひかりももうわたしの身長を抜いた。わたしと違ってとても、とても、立派になった。自慢の弟と妹だ。手紙がしわくちゃになってしまうほど強く握ってしまう。
 結局、わたしの口から両親の死を語ることはないままだった。二人とも自分たちで自然に理解したのだと思う。いつしか「お父さんとお母さんに会いたい」と言わなくなったし、二人のことを口に出すこともなくなった。本当はほとんど覚えていないであろう両親のことを聞きたかっただろうに。わたしにそれを聞いてくることはなかった。それが情けなくて、情けなくて。気が付いたときには「ごめんね」と口から溢れていた。手紙の文章なんて読めなかった。涙と一緒に言葉が溢れて、溢れて、止まらなかった。
 お父さんは翔太をはじめて抱いたとき、絶対に自分に似て背が高くなるだろうから、バレーを好きになってくれたら嬉しいと楽しそうに話していた。はじめて翔太が立ったときなんて、まるでとんでもない宝物を見つけたように飛び跳ねて喜んだ。お母さんも翔太がはじめて「まま」と言ったときには泣いて泣いて大喜びしていた。将来は優しくて賢い子になってほしいと願っていた。翔太は、その通り、優しくて賢い子になった。
 お母さんはひかりが生まれたとき、わたしに一番に抱っこさせてくれた。「に似てかわいい子になってくれたらいいなあ」と呟いたことを覚えている。お父さんはぐっすり眠るひかりを見つめて「絶対嫁には出さない」とデレデレだった。それをお母さんが笑って「いい人を見つけてくれるのが一番でしょ」と叱っていたことを昨日のことのように思い出せる。将来はたくさんの人に好かれる愛らしい子になってほしいと願っていた。ひかりは、その通り、誰からも好かれる愛らしい子になった。
 二人から両親の記憶を奪ったのはわたしでしかない。二人が聞けないような状況を作ったのがわたしなのだから。泣きながら謝ってしまうわたしの背中を白布がさすって「そうじゃないだろ」と言った。そうじゃない。そう言われて顔を上げると、翔太とひかりが何か言いたげに泣いていることに気が付いた。
 そうじゃない。お父さんとお母さんのことを話さなくてごめんね、じゃない。二人にたくさん我慢をさせてごめんね、じゃない。情けないお姉ちゃんでごめんね、じゃない。

「わたしを、二人のお姉ちゃんにしてくれて、ありがとう」

 情けない泣き声の言葉に翔太とひかりが満面の笑みを浮かべた。わたしが大好きな顔。子どもの頃から変わらない、かわいくて仕方ない顔だった。


戻る