白布と二人でドレスショップに来た翌週、金曜日。白布は仕事が早上がりだったため、昼すぎにわたしと再度結婚式の打ち合わせ。そのあとの五時半すぎ。そのまま車でうちへ翔太を迎えに、部活が早めに終わったひかりを中学校へ迎えに行ってくれた。今日が終業式だったので本当は明日以降がちょうどよかったのだけど、白布の予定とショップの予定が全然合わず、唯一空いていたのがこの日だった。バタバタと騒がしい一日に、思わず笑ってしまった。
 目をきらきらさせたひかりが「あれがいい」とはしゃぐ一方、翔太はちょっと居心地悪そうにしていた。白布がそんな翔太に「しゃきっとしろ」と背中を叩いて言う。あの二人、いつの間に仲良くなったんだろう。わたしが知らないところで何か話をしたようだけど、それにしても人見知りの翔太とそんなに人付き合いが得意じゃない白布の組み合わせは少し意外だった。
 ひかりがきゃっきゃと白布に「どれがいいかな? 迷うね」と声をかけた。こっちもこっちで仲良くなっている。まあ、ひかりは誰とでもすぐ仲良くなれる子だ。白布にもその明るい性格がすぐに受け入れられたのだろう。微笑ましく思っていると「一人一着まず選べ」と翔太のことも見て言った。

「えっ、俺も?」
「当たり前だろ。そのために連れてきたんだから」
「お兄ちゃん恥ずかしいんだ? 自分の好みがバレちゃうもんね〜」
「そういうこと言うと余計に選びづらいだろ。やめろ」

 わたしのことはそっちのけで各々散って行ってしまった。取り残されて一人で立ち尽くしていると「ご自身でもお選びになりますか?」と店員さんが声をかけてくれた。なんか、あまり派手じゃないやつとか選ぼうかな。一瞬そう思ったけど「いえ、待ちます」と答えている自分がいた。選んでくれるなら、そのほうが、嬉しくて。照れてしまった。恥ずかしくて思わず笑ってしまうと「かしこまりました」と優しく笑ってくれた。
 三人が戻ってくるのを待ちながら、一つ息を吐く。なんだか、あっという間にここまで来てしまった。白布と二人で婚姻届を出しに行った日は、白布が仕事の昼休憩にわざわざ抜けてきてくれたっけ。一人で出しに行くと言ったのだけど白布が「絶対嫌」と言って譲らなかった。結婚するというのに女一人で行かせるのが忍びなかったのだろうけど、気にしすぎだと思うけどな。そんなに気になるなら日をずらそうと言っても大安のその日に早く出しておきたいと言われた。何をそんなに急いでいるのかと不思議に思っていたら「お前の気が変わると困る」と言われて、ちょっと、びっくりしたっけ。
 白布は何もかもをスピーディーに進め続けている。自分の仕事で忙しいだろうに、ない時間をどうにか作って全部をわたしとの結婚に使ってくれている。そのためまだ引っ越しもできていない。本人曰くまずは結婚したという事実がほしい≠轤オいのだけど、それもこれもわたしの気が変わると困るからなのだろうか。そう思うと、大丈夫だから落ち着いて、と言いたくなってしまう。慌てて指輪を買いに行こうとしたときなんかは全力で止めてしまった。あの感じだと値段なんか気にせず即決で買ってしまいそうだったから。「落ち着いてからでいいから、一緒に見に行こう、ね?」と止めたらどうにか踏みとどまってくれて安心したっけ。
 今日までのことを思い出していると、一番最初に翔太が戻ってきた。「え、俺が一番?」とびっくりしている。わたしの隣に座ると「目が回るかと思った」と息を吐いた。なんかごめん。そう笑って背中を撫でたら、翔太も優しく笑ってくれた。

「姉ちゃん」
「うん?」
「……前、嫌いとか言って、ごめん」

 少し、固まってしまう。翔太はそんなわたしを見てちょっとだけ唇を噛んだ。なんだか泣きそうな顔をしている。翔太は静かに瞬きをしてから「今までありがとう、これからもよろしく」と言って、笑ってくれた。その笑顔はわたしがこれまで何度も心の支えにしてきた子どもの頃の笑顔と何も変わっていない。大好きなかわいくて人懐こい笑顔だった。

「俺さ、賢二郎さんといろいろ話したんだけど」
「……そ、そうなんだ。なに話したの?」
「やっぱり大学行きたい」
「……本当?」
「うん。我が儘言ってるのは分かってるけど、」
「我が儘なんかじゃないよ!」

 思わず大きな声が出てしまった。我慢させていたのはずっとわたしだった。我が儘を言いたくても言えない状況を作っていたのもわたしだ。自分のやりたいことをやりたいと言ってくれることは、わたしにとっては何よりも嬉しいことでしかない。我が儘なんて翔太の口から出ることはないのだ。今までも、これからも。
 翔太はびっくりした顔をしてから、苦笑いをこぼした。「なんで泣くの」と言ってわたしの頬を服の袖で拭いてくれる。ちょっと情けなく思いつつどうにか笑って「頑張って働くよ」と茶化すように言ったら翔太は「倒れるとか無理するとかはなしで」と笑ってくれた。
 戻ってきたひかりが「あー、お兄ちゃんがお姉ちゃん泣かしてるー!」と笑って、一緒に戻ってきた白布まで呼んだ。白布がちょっと笑いながら「泣かすなよ」と言う。翔太が慌てて「違う、違うから」と言うのを店員さんたちも笑っていた。
 またしても試着ルームに放り込まれた。この時間だけはどうしても申し訳ない気持ちになる。似合わないものを似合うと言わなきゃいけない空間を作り出すのが申し訳なくて。店員さんがまず翔太が選んだというドレスを着せてくれた。落ち着いた感じの露出の少ないものだ。首元から腕までがレースになっていて、痩せすぎた体型を隠せるかもしれない。とは言っても、鏡に映った自分はとてもじゃないけど。苦笑いをこぼしていると店員さんが「開けますね」と声をかけてくれた。
 シャッと開いたカーテンの音とほぼ同時にひかりが「かわいいー!」と声を上げた。いやいや、そんなわけないでしょ。苦笑いをこぼして「そう?」と返すので精一杯だ。翔太はじっとこちらを見て何も言わない。それが正しい反応です。恥ずかしさでいっぱいになっていると白布が「何か一言」と翔太の背中を叩いた。翔太が「えっ」と声を漏らしてから「いや」と口をもごもごさせる。一応思春期だから無理をさせないであげて。白布に苦笑いを向けたけど、知らんふりされてしまった。

「き、きれいだと、思う」
「きれいだってお姉ちゃん」
「きれいだってさ」
「ちょっと本当、二人でやめろって」

 微笑ましく思いつつ、いつの間にそんなに仲良くなったのか教えてほしくてたまらない。思わずわたしも笑ってしまうと店員さんが「次はひかりさんのですよ〜」と言ってカーテンを閉めた。
 そこからひかりが選んでくれたちょっとお姫様っぽいガーリーなものと、白布が選んでくれた上品なきれいめのものを続けて試着した。最後に店員さんのおすすめまで着せてもらったのに、ひかりがあれもこれもと追加で三着も持ってきたものだから、終わった頃にはわたしが一人で疲れ果ててしまって。くたくたになっていると白布が「どれがいい?」と聞いてきた。

「わ、わたしが選ぶの? ちょっと選ぶ自信ないかも」
「なら、ひかりはどれがよかった?」
「えーあたし全部好き。でもふわふわしたやつがお姉ちゃんには似合うと思う!」
「翔太」
「……あんま、肌が、出ないやつ」
「賢二郎さんは?」
「俺は一着目と三着目が好きだったな。翔太と俺が選んだやつ」
「えーあたしのは?!」
「露出多すぎ。かわいかったけどちょっと避けたい」

 選ばれなかったのにひかりがにこにこして「かわいかったって!」とわたしに言ってきた。お世辞が上手い。苦笑いだけで返していると、白布が「翔太のでいいか」と言った。

「えっ、いや、普通賢二郎さんが選んだやつにしないの?」
「姉ちゃんの晴れ舞台なんだから家族の意見を優先するだろ」
「賢二郎さんも家族じゃん」
「……まあ、そうなんだけど」
「賢二郎さん照れてる」
「うるさい」

 白布がわたしに「いいか?」と聞いてきたので頷いておく。露出が少ないほうがわたしも助かるし、体型が一番カバーできていたと思う。店員さんも「お似合いでしたね」と言ってくれたので、それに決定した。白布が予定している式の日を伝えてからひかりに「お色直しのドレスはひかりに一任する」と言った。ひかりが「え! 本当?!」と喜んでいると店員さんが「こちらへどうぞ」とひかりだけ連れて楽しげに歩いて行ってしまう。お願いだからかわいすぎたり露出の多いものはやめてね。内心そうこぼしつつ見送った。


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