「さ、さ、さんびゃくまん?!」

 思わず叫んでしまった。白布が「声がでかい」と呆れる。それをプランナーの女性が「はじめは驚かれる方も多いですよ」と笑った。恥ずかしい。下調べも何もせず言われるがままにここまで来てしまった自分を反省した。
 結婚式場に相談に来ているのだけど、結婚式はとにかくお金がかかるものだと身にしみて感じている。さっきから白布は淡々と話を聞いているだけで一切驚かない。きっと下調べをしてきたのだろう。抜かりなし、というような顔をしていた。
 十二月十六日、一応大安の日に婚姻届を提出した。まだ白布はうちに引っ越してくる前で、白布が仕事終わりに家に来たり、休みの日に少しずつ荷物を運び入れたりしているからほぼ毎日会ってはいるけど、新婚という感じではない。それをご両親に指摘されたときはちょっと困ったと言っていた。
 婚姻届提出のわずか二日後の土曜日に結婚式場へ相談、というのはかなりスピーディーに事が進んでいる気がするけど、白布としては仕事の兼ね合いもあって早ければ早いほど有難い、と言っていた。わたしはもうすべて白布にお任せするつもりだし、何なら結婚式はなくても、とずっと言っている。白布が「しないという選択肢はない」とずっと言うので、できるだけ低予算でと言い続けている状態だ。

「ご招待は何名くらいの想定でしょうか」
「……そういえば考えてなかったな……次回までに考えてきます」
「かしこまりました。日程はできるだけ早めにとのことでしたが」
「できる限りでいいです。遅くても三ヶ月くらいではどうにか」

 結婚式の準備は半年以上かける人も多いのだという。わたしたちのように最短で、と言う人もいなくはないのだそうだけど、短くても平均三ヶ月はかかると説明があった。金額的にもパッパと決めてできるものじゃないというのは分かる。余計になんだか恐縮していると白布が「諸々演出とかのコストは下げたいんですけど、ドレスはいいものにしてください」と言うものだからびっくりした。なんで? 真っ先にグレードを下げてもらっていいところなのに。慌てて「いや、ドレスも本当、一番お安いので」と口を挟んだら思いっきり睨まれた。怖い。そうっと視線をそらすと白布が「それは下げなくていい」と訂正を入れた。

「本当にいいよ。そんないいの着ても大して似合わないから何を着ても一緒だって」
「俺が見たいだけだから黙ってろ」
「……は、はい」

 びっくりした。そんなことを言われると思わなくて。わたしたちのやり取りを見ていたプランナーさんが笑って「では、ドレスは賢二郎さんがお選びになるということで宜しいでしょうか?」と言った。資料に目を向けたまま「はい」と白布が答えると、もうわたしが口を挟めるところは完全になくなっていた。
 胃が痛くなってきた。お色直しなんてしなくていいし、結婚式場は小さなところでいいし、本当にこぢんまりとしたものでいいのに。どんどん話が大きくなっていく気がする。どんどん縮こまってしまうわたしを見た白布が「とどめの一言になると思うけど」と恐ろしい前置きをした。

「何……?」
「費用、父さんとじいちゃんも出すって意気込んでたぞ」
「……嘘でしょ?」
「本当。というかそのほうが俺は有難い」
「え、待って、わたしは?!」
「俺が出す分に含まれてるから気にしなくていい」
「気にするよ?!」

 もうとっくに大事になっていた。そう頭を抱えていると「俺が結婚一番乗りだから家族がはしゃいでるだけ」と白布がうんざりしたようにいった。おじいさんとおばあさんに関しては「ひ孫が見られる」と喜んでいたそうで、すでにもう先の未来のことを楽しそうに語っているのだという。ひ孫。そう言われてちょっとだけ心臓がどきっと音を立てた。
 初回の打ち合わせが終わってすぐ、白布が「ここで決めていいか」と聞いてきた。わたしは意見する立場にないので頷いておくと、白布はプランナーの人に「こちらでお願いしたいので、次回の打ち合わせ日を」とスケジュール帳を開いていた。プランナーの人は決断の早さに少し驚いていたけど「ありがとうございます」と言って、次の日程を組み始めてくれた。
 日程が決まってからプランナーの人が「この後お時間ありますか?」と白布に聞いた。不思議そうに「ありますけど」と白布が答える。プランナーの人が「ドレス、良ければ見て行かれますか? 早めに予約いただけたほうがお好きなものを選べるかと思いますよ」と言う。ビクッと固まってしまう。わたしに確認することなく白布が「見ます」と答えたので、あれよあれよという間に提携しているという近くのドレスショップに連れて行かれた。
 白布が店員さんの説明をうんうんと真剣に聞いている。それを横で困惑しながら聞いてるだけになってしまう。人形になった気分。別の店員さんがにこにこしながらわたしに声をかけてくれると、「こちらへどうぞ」と一人だけ別室に連れて行かれた。あわあわしている間にサイズを測られ、白布が指定したのかおすすめのものを持ってきているのか分からないまま一着ドレスを試着することになってしまう。
 いや、あの、わたし本当にシンプルな、お安いやつでいいんですが! 持って来られたのはボリュームのあるかわいらしいもの。絶対お高いやつですよね、これ。そんなふうに怖気付いてしまう。店員さんがそれに気付くわけもなく手際よく準備をしてくれて、慌てている間に何もかも終わっていた。店員さん曰く、痩せ型の人に似合うボリュームのあるタイプにしてくれたとのことだ。確かに、今のわたしは痩せすぎでちょっと見窄らしいから、そのほうがいいかもしれないけれど。鏡の中にいる自分は完全にドレスに着させられている感じ。お世辞にも似合っているなんて言えないだろう。苦笑いが漏れるわたしに対して、店員さんは「お似合いですよ」と言ってくれた。店員さんはどんな相手にもそう言うしかできない。申し訳ない。そんなふうに笑うしかできなかった。
 というか、この格好、白布に見せるわけですよね、もちろん。ちょっと恥ずかしい。白布だってさすがに似合っていなくても褒めなくてはいけない場面だし、申し訳ない。そんなふうに思っていると、「カーテン開けますね」と声をかけられた。待って、という暇もなかった。シャッと開いたカーテンの向こうには椅子に座って店員さんと話している白布。当然、その視線がこっちを見た。思わず目をそらしてしまう。うわあ、絶対、言葉を探してるよ。そんなふうに苦笑いがこぼれた。

「プリンセスラインがお似合いになるかと思って選ばせていただきました」
「……」
「他の形も試しますか?」
「…………次回に、持ち越しても、いいですか」
「えっ、ええ、かしこまりました。日程を伺っても宜しいですか」

 あまりに淡々とした受け答えだったからか、店員さんが少し気まずそうにしている。わたしに着付けてくれた店員さんがカーテンを閉めてからこっそり「男性の方、よく照れて何も仰らないことが多いんですよ」とフォローしてくれた。フォローしてもらわなくても大丈夫です、と内心思いつつドレスを脱がせてもらう。
 気を遣わせてしまったなあ。ちょっとへこみつつ服を着て、店員さんと一緒に外へ出る。すでに次の日程を決めたらしい白布が顔を上げて「弟と妹、いつも何時くらいに帰ってくる?」と聞いてきた。なんでそんなことを聞くんだろうか。不思議に思いつつ文化部の翔太は遅くても六時くらい、運動部のひかりは大体八時ころだと伝える。白布は難しい顔をしながら「妹が間に合わないな」と呟いた。間に合わない、とは?

「え、翔太とひかりも連れてくるつもりなの?」
「できれば」
「別にみんなで決めなくてもいいと思うんだけど……?」
「いや、連れてくる」
「なんで?」
「俺だけが見るのはもったいないから。むしろ、弟と妹が見るべきだろ」

 その言葉に一緒に試着ルームに入っていた店員さんがくすりと笑った。ぽけっとしてしまうわたしを手招きして「妹、オフの日あるか」と聞いてくる。白布のスケジュール帳を覗きながらひかりの部活の予定を思い出すけど、いつが最後の年内最後だったかな。いつも家のカレンダーを見て確認しているから思い出せない。仕方なく日程は後日電話することになり、一旦お店を出た。


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