二人が結婚を心から祝福してくれた。「いつの間に?」と聞かれたときは肝が冷えたけど、白布がフォローするように「職場にたまたま俺が行って再会した」と説明してくれた。もちろん嘘だ。嘘だけど、まるで本当のことのように思えてしまうくらいしっかりした説明だった。それになぜだか照れていると翔太が「姉ちゃん照れてる」と笑った。その隣でひかりがにこにこ笑って白布のことを見ている。話し合いのような時間を終えてから一瞬この場を離れたのだけど、何か二人で話したのだろうか。
 ひかりが眉毛を八の字に曲げて「お姉ちゃん、たまにでいいから帰って来てね」と言った。え、何のこと? そう首を傾げてしまうと翔太が「だって結婚するんだから、白布さんと一緒に住むんじゃないの?」と言う。あ、そうか、結婚したら大抵はそういう流れになる、か。それはちょっと、避けたい、けど。曖昧な返答をしていると白布が「いや?」と不思議そうにした。ひかりも不思議そうに「違うの?」と聞くと、当たり前のように「俺がここに住まわせてもらうつもりだったけど」と言った。

「ここに?!」
「いや、一緒に住むことに拒否感があるならあれだけど」
「わ、わたしはいいけど……翔太とひかりは、あの、どう?」
「えっ……ぜ、全然、いいけど……」
「新婚なのにいいの? あたしたちのことはそんなに気にしなくていいよ?」
「むしろこっちの台詞なんだけど」

 白布が「まあ、いいってことだな」と話を完結させた。ひかりがそわそわしながら「お姉ちゃんいいの?」と聞いてくる。正直、そのほうが有難いのが本音だ。もちろん二人のことが心配だというのもあるけど、何より、白布と二人きりは落ち着かない。白布がここに来てくれるのがわたしにとっては最も理想的な生活であることに間違いない。
 勤務先からの車で行ける距離だし、と白布が言う。それに加えて「なんかあったときとか便利だろ、俺がいたほうが」と言った。うちには車がない。一台分の駐車場はあるけれど、わたしは免許を持っていないし、祖父母も早々に免許を返納して車を手放していた。正直不便なことが多い地域だ。白布がそれを察してくれたのだろう。
 白布の部屋にできそうなのはおばあちゃんが使っていた部屋だろうか。いや、でも、おばあちゃんの部屋は畳だ。わたしが使っている部屋を空けてそこを使ってもらったほうが良さそうだ。幸いわたしは持ち物が少ない。服や家具も必要最低限しか置いていないから、翔太に手伝ってもらえばすぐに空けられる。まだ仕事復帰は少し先。白布は仕事が休みの日に引っ越してくる、と言うからそれまでになんとかしないと。

「ねえねえ、結婚式するの?」
「うーん、特にするつもりないかなあ」
「は? するぞ。できれば三ヶ月後には」
「え?! するの?!」
「当たり前だろ。後で気が変わってやっぱりやる≠チてなったほうが散々だぞ」
「な、ならないと思うけど……なんで?」
「その頃には俺が確実に医局に入ってるから、びっくりするくらいの人数を招待することになるし、費用もとんでもないことになる」
「そ、そうなんだ……?」
「そうなんだよ。まあ、式が終わるまで入局届け出さないつもりだから安心しろ」

 別に後になって結婚式やりたい、なんて言う自分が想像できないけどなあ。そんなふうに思ったけど白布が言うとなんとなく説得力がある気がしたし、白布のご両親からすれば息子の晴れ舞台がないというのも可哀想なのかもしれない。結婚式は新婦が主役だとよく聞くけれど、新郎だって主役であることに変わりはない。わたしは大人しくしておけばいいか。そんなふうにこっそり思った。
 白布が腕時計で時間を確認して「とりあえず今日は帰る。また連絡する」と言った。連絡先はどうやら高校のときと変わっていないらしい。それに「気を付けてね」と言ったら「お前がな」と苦笑いで返された。間違っても早々に職場復帰するな、と耳が痛くなるほど言われてしまったので復帰するのはもう少し先にすることにした。
 三人で白布を見送ってから、ほっと息を吐いてしまった。嘘がバレなかったことと二人が喜んでくれたことへの安心感。一気に気が抜けているところにひかりがくっついてきて「良い人じゃん白布さん」とにこにこ笑う。翔太も「安心した」と言ってくれて、わたしもにこにこしてしまった。
 それでも。やはり白布に申し訳ないと思う自分がいる。わたしも白布のことが好きならまだしも、異性として好きじゃないのに、本当にいいのかな。そればかり考えているのに加えて、結婚式の話をされた瞬間、白布の家族に申し訳ない気持ちが生まれた。ここまで立派に育った息子が、両親がすでにいなくて正社員として働いていない上に高校を中退している女を連れてきたら、どんな気持ちになるのだろう。変な女を連れてきた、と必ず思うだろう。良くは思われないはず。もしかしたら反対されるかもしれない。いや、当たり前か。親なら反対して当然の相手だ。そのときは諦めたほうがいいだろう。白布がどう言うかは、分からないけれど。


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