十月二十日、祖父が病気のためこの世を去った。春高予選決勝の一週間前のことだった。わたしが担任教師に病院に連れて行ってもらったときには意識があって、本人は何でもないふうに「足がふらついて倒れただけ」と言っていた。けれど、今朝、息を引き取ったと家に電話があった。
 おばあちゃんはずっと泣いている。とても仲が良い夫婦だったから、その涙が痛いほどつらくて。でも、それを見ている翔太とひかりが不安そうにしているから、わたしは無理やり笑った。二人ともまだあまり人の死を理解していない。父と母のことも、いつか帰ってくると思っている。お葬式で「おじいちゃんどこ行ったの?」とひかりに聞かれて、うまく答えられなかった。ちょっと遠くに行くんだって。また会えるから大丈夫だよ。そう嘘を吐いた。
 翔太とひかりはまだ小さいし、おばあちゃんは元気に振る舞っているけれど足がかなり悪くなってきている。やっぱり部活、辞めたほうがいいかもしれない。最悪学校も。そんなふうに考えているとおばあちゃんが泣きながら「ちゃんは何も気にしなくていいから、学校、楽しんで」と言った。わたしもできることなら、最後までバレー部にいたい。学校にもいたい。けれど、もう結構、限界が近付いている気がした。
 祖父の通夜と葬儀が終わって、部活に復帰した。すぐにコーチに呼ばれて監督も含めて三人で話をした。両親がすでに亡くなっていること、母方の祖父母に引き取られて宮城県に引っ越してきたこと、祖父が亡くなったこと。普段人に話さないことだからうまく順序立てて話せなかったけど、監督もコーチも静かに聞いてくれた。
 部活はいつ辞めてしまうか分からないけれど、可能な限りは続けたい。率直に今の気持ちと状況を伝えたら、監督もコーチも了承してくれた。何かあったらすぐに休みなさい、とも言ってくれた。人の理解がなければわたしはまともに好きなこともできない。そんなふうに申し訳なかった。最後に春高予選の前だというのに余計な心配と迷惑をかけたことを謝った。頭を下げたら監督が「下げなくていい頭は下げるな」と言って怒ってくれる。それが、少し、父の叱り方に似ていて、きゅっと唇を噛んだ。
 三人で話し終わってから、監督に父のことを聞こうかと思ったけどやめておいた。今聞いたらちょっと、ずっと堪えているものがだめになりそうだったから。口を閉ざして体育館へ戻ると、部員のみんながそれぞれ声をかけてくれた。「大丈夫なのか?」とか「なんかあったら言えよ」とか。それだけで十分、元気になった。家のことは大変だけれどここにいる間は忘れられる。そんなふうに思った。

「目の下、隈」
「え」
「ちゃんと寝たほうがいいぞ」

 白布だった。いつの間にか隣にいてじっとわたしの顔を見ている。隈。最近は確かに、よく眠れていないけど。よく気付くなあ、そんなこと。普通に感心してしまった。



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 十月二十七日に行われた春高予選大会。白鳥沢学園は、準優勝で終わった。どんなに素晴らしいプレーをしても、どんなに人を惹き付ける才能があっても、どんなに苦しい努力をしてきても、ボールが落ちたほうが負ける。それを痛感する一戦だった。相手の烏野高校だってそうなのだけど、それでも、わたしはそう思ってしまった。
 三年生の引退が決まり、次の主将が指名される。副将は白布になった。後日行われた引退式で牛島さんは次の主将に、大平さんは白布に声をかける。それを遠目に見て寂しく思っていると、突然顔を覗き込まれた。天童さんと山形さん。びっくりしていると「顔が暗いよ〜」と頬を突かれた。やめてください。こういう顔なんです。そう笑ったら「そっちのほうがいい」と山形さんも笑ってくれた。
 刻一刻と、人生が進んでいく。わたしはわたしの人生を、この場にいる誰もが自分の人生を。今この瞬間は、ほんのわずかな期間に過ぎない。そう分かっていても、なんとも、離れがたくてたまらない。それは純粋にわたしがこの部活が楽しくて好きだったからなのだろう。きっと、父もそうだったに違いない。そう思った。


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