って一年生からずっと同じシャーペン使ってるよね〜」

 友達がわたしの手元を見ながらそう言った。授業の実験中で、わたしは結果を書き留めているところだった。まさかそんな話題を振られるなんて思っていなくて「え?」と素っ頓狂な声を出してしまった。友達の手には今流行りのかわいらしいキャラクターのシャーペン。最近買ったと前に言っていたっけ。ぼんやりそう思っていると「物持ちいいよね」と友達が笑う。すぐに新しい物がほしくなってしまう、とため息を吐いて「見習わなきゃね〜」と言われた。
 別に見習わなくていいと思う。わたしも、新しい物がほしいなって思うこと、よくあるし。でも、いざ文房具店で買おうと思うと、ほしい商品をすぐに棚に戻してしまう。まだ使える物を持っているのに新しい物を買うなんて、と思われるんじゃないかって不安になってしまって。そんなものを買う余裕があるのか、って誰にでもなく問い詰められる気がして。祖父母が毎月くれるお小遣い。好きに使いなさいと言われているそれを、どう使えばいいかいつも悩む。何に使えば贅沢者だと思われないのだろう。そんなふうに考えると何も買えなくなるのだ。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「五色、靴紐ほどけてるよ」
「あ、本当ですね。ありがとうございます!」

 しゃがんで靴紐を結び始める。五色のつむじを上からじっと見つめて、思わず指でちょんっと押してしまった。びっくりしたらしい五色が顔を上げて「お腹痛くなるツボですよ!」と頭を手で隠した。ああ、そんなつもりはなかったんだけど。笑いつつ「ごめん」と謝っておいた。

「弟のつむじに似てたから、つい」
さん弟いるんですか?」
「うん。妹もいるよ」

 わたしと五色の会話が聞こえたらしい同輩の川西が「分かるわー」と会話に混ざってきた。分かる、とは。首を傾げていると「って長女って感じする」と笑われた。褒め言葉なのかそうじゃないのか。よく分からずにいると五色が「しっかり者ですもんね」と言ってくれた。とりあえずは褒め言葉として受け取っておいていいようだ。

「弟と妹いくつ?」
「弟が七歳で妹は四歳だよ」
「…………え、めっちゃ年離れてない?」
「お父さんが再婚してからの弟と妹だから」

 ピシッと川西と五色が固まったのが分かる。別にそんな、聞いちゃいけないことを聞いてしまった、みたいな顔をしなくても。苦笑いをこぼしつつ「二人とも賢くていい子だよ」と続けると、ちょっとだけほっとしたような顔をした。みんな大抵そういう顔をするからあまり話題に出さないようにしている。もちろん、その先のことも。
 そんなわたしたちの会話に「何の話?」と白布が混ざってきた。兄弟の話、と言うと五色が「白布さんって兄弟多いんですよね」と言った。そういえば男四人兄弟って言ってたっけ。白布は何番目だったか。そう記憶を辿っていると川西が「白布は次男だっけ」と先回りした。

「一番下の弟、小学生くらい?」
「小六だけど。何の話だよ」

 訳が分からん、という顔をして首を傾げる。五色が「さんの兄弟、すごく年が離れてるねって話をしてたんです」と説明してくれた。まあ、あんまり九歳とか十二歳下の兄弟はいないよね。ちょっと苦笑い。再婚している家庭だったらそう珍しい話でもないのかもしれないけど。白布も弟と妹の話を聞いてちょっとびっくりしていた。
 お互いの兄弟の話をしていると休憩時間が終わる。五色が早々に試合形式練習を控えているためにダッシュで戻っていった。川西は一試合目は見学、白布は審判をするとのことだった。インターハイ本戦を終えて、春高予選も勝ち抜いた。今月末にその予選も終わる。それに向けての最終調整で、バレー部は少しピリピリしつつも良い雰囲気で練習をしている。
 わたしも頑張ろう。せっかく祖父母が部活に入ることを勧めてくれたのだ。父が高校三年間を過ごしたこの体育館で、わたしも、人に誇れるような時間を過ごしたい。そう一歩踏み出そうとした瞬間だった。騒がしい足音が体育館に近付いてくるのが分かった。こんなに慌てて誰だろうか。そう足を止めて何気なく目をやったら、わたしのクラスの担任教師だった。

さん、すぐ来て!」

 その慌てた声には聞き覚えがある。似たような声で、部活中に呼び出されたことがあったから。思わず固まっていると担任教師が靴を脱いで体育館に入る。駆け寄ってきたコーチが「どうしたんですか」と不思議そうにする。担任教師が呼吸を整えながら「さん、落ち着いて聞いてね。おじいさんが救急車で運ばれたってさっき連絡があった」と言う。おばあちゃんが病院には付き添っていると病院から連絡があったらしい。他に家族はいるかと聞かれて、おばあちゃんはわたしのことを病院の人に伝えたのだろう。
 刻一刻とわたしの人生は変わっていく。それは誰しも同じことだけれど、きっと、わたしの時計だけ少し進みが早いのだろう。そんなふうにぼんやりしているとコーチが不思議そうに「あの、親御さんは」と言った。こういう場合、倒れたのが祖父であればわたしではなく両親が呼ばれることが一般的なのだろう。監督やコーチはわたしの家庭環境のことを知らない。保護者のサインが必要な箇所にはいつも祖父がサインしてくれていたけど、名前と印鑑を押すくらいのことだし、保護者会もたまに開催されたことがあったが自由参加だった。わたしに両親がいないことは知らないのだ。けれど、逆に担任教師はそんなことをコーチが知らないなんて思ってもいないだろう。びっくりした様子で「え、さんは」と話し始めようとしたから慌てて遮った。「また自分で話します」と言えば、どうにか説明されずには済んだ。


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