どっと疲れた。式を終えてからもまだ帰らずにいる人たちに改めて挨拶して回っていくうち、最終的にバレー部の同輩のところに辿り着いた。「二次会ないの?」と太一が声をかけてきて「ない」と返したら「なんでだよ〜」と小突かれた。叩くな。手を払っていると、他の同輩も「やればいいのに〜」と言ってくれた。ができるだけ小規模で、と最後まで言ったから二次会はしないことにした。疲れているだろうし、休ませたい。そう言えば太一は「相変わらず控えめだよな」と笑った。

「あのとき言ってた結婚したい子≠チてのことだったんだ? 全然気付かなかったわ〜」
「その話忘れろ」
「え、なんで。というか今こそ説明してほしいんだけど。付き合ってないのに結婚したい、に思考が飛んだ理由?」

 へらへら笑う太一の脇腹を肘で強めに突いておく。運良く周りの同輩たちは思い出話に夢中で聞こえていなかったらしい。聞かれたら面倒だ。「それ他のやつに言うなよ、いいな?」と睨んでやる。太一は「凶悪さが増してる」と脇腹を押さえつつ呟いてから、最終的には黙っておいてくれると約束してくれた。

「つーかこいつガチ泣きしてたぞ。のスピーチ」
「あ〜あれは俺もうるっときた……、大変だったもんな、高校のときから」
「俺も泣きそうだったわ」
「ちなみにもう白布な」
「マジじゃん。白布夫人だわ」

 太一がしみじみと「弟と妹でかくなったよな」と言う。俺もそう思う。他の同輩たちもそう呟いて「ま、何はともあれ、お幸せに」と最終的には笑った。
 翔太が「賢二郎さん、姉ちゃん着替え終わった」と声をかけてくれた。せっかくだし呼んでくれと頼めばすぐに呼びに行ってくれた。なかなか同輩が集まる機会もないだろうし、も話したいと思っている、と思いたい。
 少ししてから控え室があるほうから足音が聞こえてきた。同輩の一人が「お、夫人」と笑いながら手を振る。太一もその声に反応して顔をそちらに向けながら「おめでとうございます〜」と笑った。

「あ、ありがとうございます」
きれいだったな」
「白布に幸せにしてもらえよ〜」

 照れくさそうに「あ、はい」と返したに同輩の一人が「え、なんか他人行儀で傷付く……」と心臓を押さえる演技をした。慌てたが「ご、ごめん、久しぶりだからつい」と笑うとみんなも笑った。高校のときと何も変わらない。懐かしい光景だった。
 高校時代の思い出話に花が咲きつつ、同輩の一人が「白布で大丈夫か〜?」とからかいはじめた。失礼なやつだな。お前より稼ぎはいいぞ。そう返したら「嫌味が鋭すぎるだろ!」と大笑いされた。

「でもほら、白布ってきついからさ……疲れたり嫌になったりしたら頼ってこいよ……」
「失礼すぎるだろ」
「失礼は承知で言ってます〜。何はともあれ、相談くらいは乗るからな」

 けらけら笑いながら他の同輩も続く。なんで俺が冷酷非道な夫になる、みたいな感じで話を進めてんだよ。ちょっと呆れているとが笑いながら「ありがとう」と言ったので、グサッと心臓に何かが刺さる。思ってんのかよ。そう落ち込みそうになる。

「でも、賢二郎、優しいから大丈夫だよ」

 その言葉に刺さったものが溶けてなくなる。優しいと思われていて安心した。優しく、というのが俺にとっては何より難しいことだから。
 太一が目を丸くして俺とを交互に見た。それから少し考えて「え、白布って人に優しくできんの?」と顎に手を当てる。失礼がすぎる。足を蹴り飛ばしてやったら「ほら、これ見た? 優しいのかけらもな、痛いやめて」と笑う。それを同輩全員が笑うと、も楽しそうに笑った。
 バレー部の同輩たちを見送って、他の来賓も見送ってからうちの両親が声をかけてきた。親族全員が揃っている。祖父と祖母なんかはにこにこと嬉しそうにひかりと話していた。まるで自分たちの孫かのようなデレデレさに苦笑いをこぼしてしまった。馴染むのが早い。何より、相変わらずひかりのコミュ力の高さには驚く。
 兄貴が「お前挨拶めちゃくちゃ緊張してたな」と声をかけてきた。とりあえず無視しておく。うるせえよ。誰だって緊張するだろ。それを見ていた弟が「いや兄貴、謎に挙式のときド緊張してたじゃん」と笑う。なんでお前が緊張してんだよ。思わず笑ったら「弟の晴れ舞台だぞ?! 仕方ないだろ?!」と恥ずかしそうに喚いた。お前の発言が一番恥ずかしいんだよ。一生黙ってろ。
 兄貴たちの隣にいる両親に視線を向ける。呼ばれた理由に心当たりがない。普通に改めておめでとう、とかか? 不思議に思いながら「で、何?」と声をかけた。

「はい、これ。お祝い」

 母親が渡してきたものを受け取る。カード。よく分からずじっと見ていると、県内でも有名の高級ホテルの名前だと気が付いた。余計なことを。思わず舌打ちをしてしまうと「こら、舌打ちやめなさい」と怒られた。「普通に家に帰るから」と返そうとするのだが、父親が「こういうときは特別感があったほうがいいだろ。思い出にもなる」と言って聞かない。様子に気付いたが近付いてくると母親が「さん、ゆっくりしてね」と笑いかける。何のことだか分かっていないが不思議そうにするのでルームキーを見せると、慌てた様子で「でも、あの、弟と妹がいるので」と言う。もっともな理由だ。俺もそれに乗っかろうとしたのだが、母親が「あら、うちに連れて帰るから大丈夫よ」とにっこり笑った。逃げ道なし。それなら、まあ、俺は別にいいけど。
 翔太はうちの四男と打ち解けたらしく楽しげに話しているし、ひかりは祖父母以外ともとっくに馴染んでいる。何よりも「女の子がほしかった」とずっと言っていた両親と祖父母が離れがたそうだ。是が非でも連れて帰りたい、というデレデレさが息子からすると気味が悪いほどに。まあ、それならいいけど。ちらりとの横顔を見ると「い、いいのかな」と俺に苦笑いを向けてくる。

「まあ、ここで俺たちが泊まらずに帰ることもできるけど」
「けど……?」
「十数万は無駄になるな」
「と、泊まろう、泊まらせてもらいます……」

 そう言うと思った。予想が当たって一人で笑っていると、が俺の両親にぺこぺこと頭を下げていた。両親は笑って「いいのよ、あの怒りんぼもらってくれてありがとうね」とまた一言余計なことを吹き込んでいる。そんなに怒りっぽくないだろ。まあ、四兄弟の中では一番短気だけど。いや他の人の気が長いだけだ。俺は特別短気なわけじゃない。ため息を吐きつつ「そっち全員車乗れんの」と父親に声をかける。翔太とひかりは朝は俺が乗せてきている。定員オーバーなんじゃないだろうか。そんなふうに心配したのだが大丈夫とのことだった。まあ、それならいいけど。
 式場を出て行くとき、スタッフの人がに花束を渡してくれた。俺とに笑顔で「お幸せに」と言ってくれる。お礼を言ってから式場を出ると、曇っていた空がきれいに晴れていた。


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