十二月十八日、土曜日。ネットで調べて一番評判が良かった式場で打ち合わせをしていたが、話の流れでウェディングドレスを選ぶところまで進んでしまった。正直がとても戸惑っている姿を見て、先走りすぎたと少し後悔していた。強引すぎたか、と。その、カーテンが開くまでは。
 正直ウェディングドレスの何がいいんだ、と昔に思っていたことがある。親戚の結婚式だっただろうか。きれいね、と声をかけてきた母親に「まあ」とだけ返した覚えがある。きれいだとは思うけど、かといって自分の好きな子に着てほしいと思うほどではないというか。そんなに魅力的な衣装だとは思わなかった。
 カーテンが開いたその瞬間、ひどく後悔した。少し、なんてものじゃない。ひどく後悔したのだ。真っ白なドレスを着て、少し恥ずかしそうにしているを見て真っ先に。きれいとか、見られて良かったとか、そういうことよりもまず、俺が一番に見るべき姿じゃない、と思った。
 カーテンが閉まってからすぐに店員に「次の予約していいですか」と声をかけた。不思議そうに「今日はご都合が悪いですか?」と聞かれて「彼女の弟と妹を連れて来たいので」と答えたら快くスケジュールを合わせてくれる。この辺りの高校や中学はそのうち終業式だろうけど、俺の都合が全く合わない。学校終わりに車で拾って連れて来るのが最善か。そんなふうに思っていると着替え終わったが店員と出てきた。翔太とひかりがいつもどれくらいに帰ってくるかを聞くと、は不思議そうにしつつも「翔太は六時くらいでひかりは八時くらいかな」と教えてくれた。

「え、翔太とひかりも連れてくるつもりなの?」
「できれば」
「別にみんなで決めなくてもいいと思うんだけど……?」
「いや、連れてくる」
「なんで?」
「俺だけが見るのはもったいないから。むしろ、弟と妹が見るべきだろ」

 それくらい、きれいだったから。そこまでは言葉にできなかった。さすがに言うのが少し照れくさくて。



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「えー賢二郎さん、地味なの選ぶね。男の人って露出多いのが好きなのかなって思ってた」

 後日、一緒にドレスショップに来た翔太とひかりとそれぞれに似合いそうなものを探していたときだった。見て回っていたひかりからそう声をかけられる。まあ、そういうのが好きな男も多いだろうけど、俺はそういうのよりは上品なのがに似合うと思うから。そう素直に答えたらひかりは目をぱちくりしていた。そんなひかりの手には、明らかに布面積が少ないドレスがあるように見える。「それはちょっと、やめといたほうがいいんじゃないか」と控えめに口を出すとひかりがにっこりと笑った。「ちょっとくらい良い思いをさせてあげたいなって思ったのに」と言われて、今度は俺が目をぱちくりする番だった。

「あたし、賢二郎さんのこと結構好きだよ」
「……それはどうも」
「お姉ちゃんのこと、大事なんだなってなんとなく感じるから」
「それは、まあ。だから結婚したいんだし」

 なんとなく=Aか。まだ歩み寄る努力が足りないらしい。ひかりは俺の顔をじっと見てから、俺が見ているドレスのほうに視線を移す。少し黙ってから「それ、あたしもお姉ちゃんに似合うと思う」と笑って、歩いて行った。笑った顔がと少し似ている。屈託なく笑った顔がとても無邪気でかわいいというか。好きだな、と素直に思えるというか。早くにもあんなふうに笑ってもらいたい。そうこっそり思った。
 一通り見たけど、これが一番似合いそうだな。一着選んでが待っている場所へ戻ると、もう先に翔太が戻ってきていたらしい。二人で話し込んでいるから割り込むのも悪くてとりあえず足を止める。翔太、に話したいことを話せただろうか。あれからたまに話を聞いたり勉強を見たりしたけど、まだ話せていない様子だった。どういう道を選ぶかは翔太次第だし口を挟むつもりはない。うまく治まればいいのだが。
 戻ってきたひかりと二人でこそこそと様子を窺っていると、が「我が儘なんかじゃないよ!」と結構大きい声で言ったのが聞こえてきて、二人で顔を見合わせてしまう。ひかりがぽつりと「お姉ちゃんのあんな大きな声、久しぶりに聞いた」と言った。は滅多に怒らないし、怒ったとしても優しい言い方をすることが多いのだそうだ。確かにあまり声を荒げたりするイメージはない。
 に翔太が「なんで泣くの」と言って、その頬を拭いてあげている。ひかりはその様子を見て「うまくいったみたいじゃん」と満足げにしていた。俺の服の裾を掴むと「乱入しよ」と笑って歩き始める。まるで今帰ってきたように「あー、お兄ちゃんがお姉ちゃん泣かしてるー!」と言って俺の服の裾から手を離す。手招きするように俺を呼ぶので「泣かすなよ」とノってやることにした。
 翔太は進学する選択をしたと言った。嬉しそうに笑うの顔を見て俺もほっとする。翔太もやっと肩の力が抜けたようだ。一先ずこの問題は解決できたな。俺も肩の荷が下りた気がして少し気が抜けてしまった。
 三人それぞれが選んだドレスを店員に渡して、一つ一つ着てもらった。翔太は照れて言葉を失っていたが、「何か一言」とお膳立てすればちゃんと感想を述べていた。きれいだと思う、と。だと思う、が余計だけど男子高校生にはそれが精一杯だろう。勘弁してやることにした。からかいはしたけれど。
 きれいだ。本当に。ドレス姿はもちろんそうだけど、何より、ただただ楽しそうに笑う顔が。きっとまだ胸の内に何か秘めているものはあるだろう。俺に言えないことも、家族に言えないこともあるだろう。それでも、今この瞬間笑っている顔が何よりきれいだ。俺の好きな、ずっと忘れられなかった笑顔。それがまだちゃんとあって安心した。


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