十二月十日金曜日。明日、実家にを連れて挨拶をすることになっている。その前日、仕事終わりに実家に来ている。
 正直な話、俺の両親は優しいところもあるがそれぞれの家系が教師だの医者だの、一般的に立派≠ニ言われがちな人ばかりだ。大学生の兄がド金髪の彼女を連れて帰ってきたときなんか、歓迎しているふりをしていたが顔が引きつっていたと四男から聞いている。兄は結局その彼女とは別れたのだが、それをこっそり喜んでいたということも。まあ金髪だからダメというだけではなかっただろうけど。の境遇が引っかかる可能性はある。そんな人たちではないと思いたいところだが。

「仕事終わりに来るなんて珍しいじゃない。ご飯食べてく?」
「食べる……けど、その前に話があって」
「結婚のこと? さん明日来るんでしょう?」

 不思議そうな顔をしながらも母が父を呼んだ。「賢二郎が話があるみたいだけど」と呼ばれた父も「どうした?」と首を傾げた。結婚の挨拶に来ることは少し前に話してある。でも、がどんな人だとかどこで出会っただとか、そういう話はしたことがない。両親も挨拶のときに聞くつもりだっただろうから何も聞いてこないままだった。

「……なんというか」
「うん」
「明日、来る相手のことなんだけど」
「うん?」
「高校のときの同級生で、あー……バレー部のマネージャーを、やってた人で」
「え、そういう話って明日でいいんじゃないの?」
「いいから黙って聞いて」

 いまいち両親相手だと主導権を握られがちだ。あんまり強く言うのも気が引けるし、何より変に怒らせると怖い。両親というのはいつまで経ってもそういう存在なのだと思い知らされる。
 若干情けない声だった気はするが、どうにか大まかなことは話せた。には両親も祖父母も、恐らく頼れる親戚もいないこと。まだ学生の弟と妹がいること。高校を中退していること。今はパートを掛け持ちして生計を立てていること。俺が話しているのを両親は時折相槌を打ちつつ聞いていたが、最後に俺が「そういう人で」と言ったときに母が「ちょっと待って?」と止めてきた。まずいこと言ったか。そういうことは気にしない人たちであってほしいと思っていたのだが。どきまぎしながら「何」と言ったら、母がとんでもなく不可解そうな顔をしていた。

「え、だから、何が言いたいの?」
「……は?」
「ねえ、あなたはどう思う?」
「俺も賢二郎が何を言いたいのかさっぱり分からん」
「はあ?!」

 分かるだろ! 思わずそう言いそうになるのをぐっと堪えて「いや、だから、そういう生い立ちの人なんだけどっていう話だろ」と言うと「え、だから何?」と眉間にしわを寄せて母が言った。

「素行不良なの?」
「いや……真面目すぎるくらい真面目な人だけど……」
「借金まみれなの?」
「そういうわけではないけど……」
「じゃあ何? ねえお父さん?」

 怖えよ。母の質問攻めには未だに慣れない。父もそれは同じらしく「うん」としか返せていなかった。

「でも、なんか……兄貴の彼女にはいろいろ、なんか、あれだったって聞いたんだけど」
「あー! あの子ね! あの子はちょっと遠慮したかったわねえ、申し訳ないけど」
「なんというか、生い立ちとかも気にするのかと」
「いやいや。お兄ちゃんが連れてきた子はなんというか、ねえ?」
「人の家の冷蔵庫を勝手に開けるタイプというか、ちょっと、うちとは常識が違いすぎて困惑したんだよ」

 言いづらそうだ。基本的に人を悪く言うことを好まない人たちだから当然だけれど。まあ、理解した。俺もそういうタイプの女性はちょっと遠慮したい。両親が言いたいことは大体分かった。それならは当てはまらないだろうし、むしろしっかり者の母とはうまくやれるかもしれない。なんだ、心配しなくてよかったか。そんなふうに思っていると、父が「でも、弟さんと妹さんはどうするんだ?」と聞いてきた。

「……俺が向こうの家に一緒に住もうと思ってる」
「ああ、そのほうがいいだろうな。学生だけ残すのもさんは気がかりだろうし」
「賢二郎が面倒見るくらいに思わなきゃだめよ。それは分かってるの?」
「当たり前だろ」

 母が「当たり前ですって、あなた」とからかうように言った。父も「当たり前だってな」とからかうように言うものだからムカついて「以上。飯」と言って先に立ち上がる。それを母がけらけら笑って「はいはい」と言いながら立ち上がった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あら、大丈夫?」

 がうちに挨拶に来て、母が勝手に俺のアルバムを見せたときだった。余計なことをするな。そんなふうに呆れながらもの横顔を見ていた。そうしたら、物珍しそうにアルバムを見ていたが突然涙をこぼした。が見ていたのは何でもない家族写真だ。子どものころの俺が馬鹿みたいに笑っているだけのもの。なぜ泣く? そんなふうに驚いて言葉を失っていると、母親がに声をかけた。は慌ててハンカチで涙が落ちた机を拭きつつ、申し訳なさそうに謝っていた。
 本当に何の変哲もないただのアルバムだ。まだ小学生くらいのころの俺が、何が楽しいのか分からない場面で笑っている、ただの写真。何枚も似たような写真が並んでいるだけだ。兄と弟二人、両親、祖父母。家族で撮ったありきたりなもの。何一つ物珍しいものなんてない。呆れる場面はあれど、泣く場面なんてどこにもない。一体どこに泣く要素があったのか、いまいち分からなかった。


戻る