が体育館から出て行ったあと、隅っこで泣いている弟と妹のことを天童さんがじっと見た。大平さんが「余計に泣きかねないからやめろ」と苦笑いをこぼす。それでも天童さんはじっと見るのをやめない。それどころか数秒後に躊躇なく二人に近付いていった。慌てて瀬見さんが後を追って行くが時すでに遅し。天童さんがいつも通りの明るい声色で「なんかして遊ぶ?」と声をかけた。
 どうやら人懐こいのは妹のほうらしい。天童さんの顔と瀬見さんの顔を交互に見上げると、ぴたりと涙が止まった。「泣き止んだぞ」と山形さんがびっくりしていると、弟も続いて泣き止む。知らない人というだけで怖がる子どもが多いだろうに。天童さんと瀬見さんなんて知らない人な上に体が大きいから、子どもからしたら怖く見えると思う。特に天童さんは見た目の迫力があるというのに。そんなふうに思っていると牛島さんがぼそりと「天童は子どもに懐かれやすい」と言った。心当たりがあるらしい。それに山形さんも「不思議だよな」と笑った。
 あっという間にの弟と妹は楽しげに駆け回り始める。さっきまでの悲壮感たっぷりの空気はなんだったんだ。いや、まあ、根っこには残っているのだろうけれど。きっと天童さんと瀬見さんの声のかけ方がや構い方がよかったのだろう。弟が二人いるというのに年下の扱いには未だに慣れない。素直に天童さんと瀬見さんをすごいと思った瞬間だった。
 天童さんが弟を肩車すると「おねーちゃん家でどんな感じ?」と聞いた。弟は天童さんの髪をわしゃわしゃと触りながら「いつも笑ってて遊んでくれるー」と言った。

「昨日はホットケーキ作ってくれた!」
「優しいおねーちゃんだね〜いいな〜」

 自慢げに弟が「いいでしょー」と笑った。瀬見さんに抱き上げられた妹も同じような顔をして「いいでしょー」と笑う。本当に姉のことが好きで好きで仕方ないのだと分かる顔だった。余程かわいがっているのだろう。そう思ったら、なぜか、胸の奥がチクリと痛かった。
 こんなに弟と妹が好きだと言うほど、は姉として尽くしているだろうに。どうして、もっと頑張らなきゃ、なんて言ったのだろう。は努力家でやるならとことん、というタイプだと思うけれど、あまりやりすぎるのも自分へのハードルを上げすぎるのも良くない。何がそこまでを追い詰めているのだろうか。
 そんなことを俺が知っているわけもない。俺はただの同級生で、部活の同輩で、突き詰めて言ったら赤の他人でしかない。の何かを知る権利はない。俺がどれだけ知りたいと願っても一生変わらないことだ。そもそも知ったところで何もできない。それも、一生変わらない。
 が戻ってくると、とても驚いたような顔をしていた。さっきまであんなに泣いていたのに、ということだろう。太一が簡潔に説明するとほっとしたような顔をしてお礼を言った。
 ふと、弟と目が合った。天童さんに肩車されたままだから見下げられている感覚になる。ちょっと複雑。そう思っていると弟が俺を指差して、ぱっと顔を明るくさせた。そうして「お父さんだ」と言った。お父さん。なんで?

「バレーボール選手だったんです。高校は白鳥沢でした」

 俺が今つけている背番号四番はの父親が現役時代に最も長くつけたものだったのだそうだ。それを聞いて、また胸がチクリと痛かった。はそんなことを誰にも言っていない、と、思う。現に監督もとても驚いた顔をしていたし、に父親の名前を聞いていた。どうして誰にも言わなかったのだろう。きっと、聞きたい話が山のようにあっただろうに。
 の父親は病気で現役を退いたのだという。その病気が原因で亡くなったとは曖昧に笑って言った。なんで笑うんだよ。そう思ったけど、もちろん、口には出さない。
 コーチが車で送ろうかと声をかけていたけど、はゆっくり話しながら帰りたいからと断っていた。すんなりの隣に行った弟とは違って妹がなかなか瀬見さんから離れなかったけど、を真ん中にして手を繋いで三人仲良く帰っていった。その背中を見送りながら太一が小声で「ちょっと、びっくりしたな」と言った。俺に言ったのだろう。なんと返せばいいか分からない。曖昧に「ああ」とだけ返して、それきり口を開かなかった。何も言葉にできる気がしなかったからだ。



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 寮に戻ってさっさと風呂に入った。誰ともあまり話したくなくて、そそくさと布団に潜っていたら、風呂から戻ってきた太一が「え、もう寝てる? 早くない?」と言いつつも電気を消してくれた。空気が読めるんだか何も考えていないんだかよく分からないやつだけど、変に何かを聞き出そうとしてくるやつじゃなくて助かっている。今度なんか奢ってやるか。こっそりそんなことを思った。
 自分で言うのもなんだけど、俺の家はそれなりに裕福なほうだと思う。とは言っても大富豪とか金持ちとかそういうことを言いたいわけじゃない。ただ、兄弟四人とも毎月それなりに小遣いをもらって、ほしいものは交渉さえ成功すれば買ってもらえて、次男である俺は私立高校に通いつつ大学進学を目指していて、下の弟二人は俺と同じ私立高校を目指して塾に通っている。大学生の兄は国立大学に進学して、東京で一人暮らしをしている。何不自由なく、好きなことを好きなように選択してやっているのだ。それは十分に、裕福だと言われる環境であると自分で思う。
 両親がいなかったら、なんてことを俺はこれまで一度も考えたことがなかった。白布家は父方も母方も長生きの家系だ。大きな病気をした人もあまりいない。家族が入院したという経験は母親の出産以外ではないし、一瞬でも死別がよぎった経験もない。とても幸福なことなのだろう。これまで当たり前だったそれを、とても、強烈に思った。
 でも、だからなんだ。きっとからすればその一言で片付けられてしまう気付きでしかない。俺がそれを痛感したからといって、これからは家族を大事にしようと思い直したからといって、だから、何になる。結局俺はの人生の何にもなれない。そんなちっぽけな人間にすぎなかった。


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