十二月二十五日。あと三日で今年の練習を終えるバレー部は、引退した先輩たちを交えて練習をしている。大平さんから副将を引き継いだ俺は、練習に来てくれている大平さんにこれまでの練習での気がかりだった点を相談していた。
 クリスマスイブだというのに。元気な天童さんを含めた三年の先輩たちが楽しそうにはしゃいでいる。それを呆れつつ見ていると大平さんが「悪いな、騒がしくて」と苦笑いをこぼす。騒がしいのにはもう慣れている。むしろ、ここ最近は少し静かすぎるくらいで。「逆に落ち着くんで大丈夫です」と返したら、珍しく大平さんが大笑いをしたものだから驚いた。俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でて「それならよかった」とおかしそうに言った。何か変なことを言っただろうか。ちょっと困惑しつつ、大平さんの手が離れてから髪を整えておく。
 部員からタオルを回収するに三年生が絡みにいった。そこにどんどん人が集まるので、俺と大平さんも輪に入る。そのうち監督とコーチまで混ざってくるものだから、賑やかすぎてうるさくなってしまう。でも、まあ。嫌いじゃない。そんなふうに思った。
 大平さんと瀬見さんを挟んだところにいるにちらりと視線を向ける。楽しそうにしている。それに今日は朝からかなり機嫌が良かった。なぜだかそれに安心してしまう。今日はクリスマスだ。もしかしたら家族と何か約束があるのかもしれないし、もしかしたら、気になっているやつと会う約束があったりして。そんなふうに思ってしまうけれど、まあ、が楽しそうにしているならそれが一番だ。俺がどうこう思うことじゃない。
 そんなことを考えていたら、外部扉から声がした。全員がそっちを見ると、校内の警備をしてくれている警備員の人が覗き込んでいる。前に牛島さんが部外者を校内に入れてしまったときに注意してきた人だ。部員全員がそんなことを思い出しただろう。今度は何だ。そんなふうに様子を窺っていると「さんって方はここの部活にいますかね?」と言った。の下の名前だ。もしかしたら他の部活に同名の女子がいるかもしれないけれど、ここにはしかいない。
 が名乗り出ると、警備員の人がほっとした顔をした。それから少し振り返って視線を下に向ける。「よかった、お姉さんいたよ」と言った瞬間にの顔色が変わったのが分かった。
 体育館に駆け込んできたのは、小学校低学年くらいの男の子と、それよりもっと幼い女の子の二人だった。その顔を見た瞬間にが名前を大きな声で呼んだ。その反応での弟と妹なのだというのはすぐに分かった。あまり顔が似ていない。父親が再婚してからの子どもだと言っていたからそのせいだろうか。
 それにしても二人だけで白鳥沢学園まで来ようと思うと、バス停も駅も少し離れているから不安だっただろう。保護者は近くにいないのか。も警備員の人に「一緒におばあさんがいませんでしたか」と聞いていた。両親は共働きなのだろう。おばあさんと弟と妹、三人で留守番をしていることが多いのかもしれない。に会いたくなっておばあさんの目を盗んで二人だけで出てきてしまったのだろうか。
 こそっと太一が「ちっさいな〜」と呟いた。実際こうやって目の前にすると確かに、思っていたより幼い。が大人びていることもあるからか、何も知らない人が見たら親子のように見えるかもしれない。それくらいがしっかりしているのだと思うけど。
 全員呆気に取られての背中を見つめるしかできない。泣いて泣いて仕方がない妹はにしがみついているし、ぐっと出そうになる涙を殺している弟も、今にもにしがみつきそうな顔をしていた。
 が弟を褒めた。一人でバスに乗れて偉いね、と。勝手に家を出てきてしまったことを怒るのではなく、妹を連れてバスに乗れたことを褒める。自分の弟が同じことをやったら頭ごなしに怒ってしまっただろうな、と想像してちょっとバツが悪くなる。は人の良いところを見つけるのが上手い。だから、人に好かれるし人が周りに集まってくる。どうやら本人は無自覚らしい。そんなことを思っていると、の弟の瞳から大きな涙の粒がぼろっとこぼれ落ちた。

「お父さんとお母さん、いつ帰ってくるの?」

 一瞬で体育館から音が消えた。それくらい全員が息を潜めたと思う。俺もだ。の弟が「サンタさんにお願いしたけど、帰ってこなかった」と言った。瞬きも忘れての背中を見つめてしまう。小さく揺れる髪。ほんの少し力が抜けたような腕。突然小さく見えてしまう背中。
 びっくり、とかじゃない。驚いた、とかでもない。ただただ、衝撃だった。それと同時に納得もした。これまでの俺がなんとなく感じていたの印象はすべてそれらが原因だったのかと。とてもすんなり納得ができた。
 きゅっと、余計に背中が小さくなったように見える。それでも踏ん張ってどうにか大きく見せようとしている。崩れないように、倒れないように。の左手が弟を抱き寄せた。わんわん泣く弟と妹をぎゅっと抱きしめたが、小さく、笑った声が聞こえた。

「お姉ちゃんが良い子じゃないからだね。お姉ちゃんがもっと頑張らなきゃね。ごめんね」

 笑いながら言ったその言葉が、なぜだかグサリと心臓を突き刺したように鋭く感じる。
 部活終わりに急いで帰っていく姿をよく見た。それは弟と妹のためだったのだろうか。そう考えると心当たりが多くあった。のおじいさんが亡くなったとき、両親ではなくに連絡が来た理由も、いつも何かを気にしているようだった理由も全部。
 知ったからって何かできるわけじゃない。それは当たり前のことだし、誰にも咎められることではないのかもしれない。それでも、ただただの背中を見つめて言葉を失うことしかできない自分が、ひどく、無力に思えた。
 がこっちを振り返った。監督とコーチのほうを見ながらこっちに駆け寄ってくる。はへらりと、俺が好きじゃない笑顔を浮かべていた。


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