が部活復帰してきて、どうやら監督とコーチ、の三人で何かを話したらしいことを察した。けれど、が部員に何かを言うこともなく、特に変わった様子もなく体育館に戻ってきたものだから肩透かしを食らった気分だった。もしかしたら部活を辞めるとかそういう話じゃないだろうか、と思っていたから。少しほっとしている自分がいる。
 どうやらおじいさんが亡くなったらしい、という話はすぐに部活内で広まった。それを聞いて、本当に不謹慎だが、それなら大丈夫だろうと思ってしまった自分がいる。両親や兄弟ではなく祖父母。もちろん悲しい気持ちはあるだろうけど、生活にそこまで大きく関わらないだろうと。そう思った自分がとてもとても、最低だとは思ったけれど、ほっとしてしまった。
 は大きく変わらないまま、いつも通りマネージャー業務をしている。でも、ふとした瞬間に俯いて無表情になっているところ見てしまった。おじいちゃん子だったのだろうか。ぼんやりそう思って、何度も声をかけようかと思った。でも、家族が亡くなった経験がまだない俺に何が言えるというのか。よく口下手だとか言葉が足りないだとか言われるような俺が。下手なことを言ってしまうことが怖くて、声はかけられなかった。
 それでも、の目の下にしっかりと隈ができていることがどうしても気になった。眠れていないのだろうか。不安に思っているのだろうか。そう思いはするけど何もできない。俺はにとってはただの部活仲間だし、俺はただの高校二年生の子どもだ。できることは声をかけることくらいしかない。
 部員たちがそれぞれに声をかけている。大丈夫かとか、何かあったら言えよとか。はその一つ一つにお礼を言って曖昧に笑っている。その笑顔、好きじゃない。はもっときれいに、かわいく、明るく笑えるだろうに。いつも曖昧な笑みを浮かべる。その根本には何があるのだろうか。それが気になって仕方なかった。

「目の下、隈」
「え」
「ちゃんと寝たほうがいいぞ」

 結局それしか声をかけられなかった。我ながら情けない。でも、今の俺に言えることなんてこれくらいしかないのが事実だ。
 は少し驚いた顔をしたけれど、嫌そうな顔はしなかった。それにほっとする。好きな女の子に嫌われるのも泣かれるのも、正直トラウマになっている。嫌われるくらいなら、泣かれるくらいなら、そんなこと言わなかったのに、しなかったのに。そんなふうな後悔が未だに痛いから二度とそんな思いはしたくなかった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 十月二十七日に行われた春高予選大会。白鳥沢学園は、準優勝で終わった。一つも手を抜いたトスなどなかった。一つも油断はなかった。それでも、負けた。それが信じられなくて呆けてしまったくらいに意味が分からないまま試合が終わっていた。
 コート全体をよく見ていたつもりだった。でも、つもりだっただけで、きっと何も見えていなかったのだ。広い範囲を満遍なく見なければいけない。そんなふうに思って生きてきた。父親からよく「視野を広く持ちなさい」と言われていたからだ。狭い範囲にだけ目をこらしているとたくさんのものを見落とすし、いろんな可能性に気付かないまま通り過ぎてしまうから、と。何事にも広く見ることは大切だ。父親に言われたからその通りにしたわけではなく、とても納得したからそうできるように努めてきた。
 でも、そうではなかった。広い範囲に目を向けるところで、深いところに気付かなかったのだ。その隙を突かれた。それを狙われた。焦って勝ち急いで、その忍び寄る影に気が付かなかった。それが悔しくてたまらなかった。
 が五色にタオルを渡してやっている。泣いている五色の顔を覗き込んで「かっこよかったよ」と子どもに言い聞かせるみたいにしながら。五色がぼろぼろ泣きながらお礼を言うと、も少し泣いて「本当にかっこよかった」と言って五色の頭をくしゃくしゃと撫でていた。
 目が痛い。こんなに泣いたのは久しぶりで。バスを待ちながら外でぽつぽつと同輩たちと話をしているけれど、正直あまり話す気になれなかった。だから、さっきからずっと五色に構っているを眺めている。弟がいるからなのだろうか。まるで兄弟のような接し方だ。間違っても男女の甘酸っぱい感じはこれっぽっちも感じない。
 泣いて手が付けられない同輩が「!」と大きな声で呼ぶ。びっくりした顔のがこっちを向くと「え、何?」と首を傾げる。同輩が泣きながら「来年は春高連れていくからな!」と冷めやらぬ熱をどうにか冷ますように言った。それに先輩たちが吹き出す。天童さんが「アタシを甲子園に連れてって〜的な?」と茶化すと余計にドッと笑いに変わった。
 がぱっと笑った。「楽しみにしてるから絶対連れてってね」と言って。ああ、その笑顔。好きだな。かわいくて。ぼんやりそう思った。


戻る