「白布って好きな子とかいないの?」
「いい度胸だな。問五、解いてみろよ」
「リラックス、リラックスして。息抜きじゃん」

 一年生のときから同室の太一がそう苦笑いをこぼす。何回休憩したら気が済むんだよ。お前が課題教えてって言ってきたんだろうが。深いため息をこぼしていると「顔が劇的に怖い」と目をそらされた。誰のせいだと思ってんだ。
 呆れつつ「いねえよ」とため息交じりに返す。息を吐くように嘘を吐いたが、もちろん太一が気付いた様子はない。「だよな〜つまんね〜」と机に寝そべる。本当にいい度胸をしてやがる。軽く頭を引っ叩いたら「やめて、これ以上馬鹿になりたくない……」としくしく泣き真似をはじめた。

「真面目な子が好きそう」
「懲りないやつだな。赤点取っても知らないからな」
とかどう? 白布とってなんか合いそう」
「なんでだよ。いいから手を動かせ」

 内心、少し動揺している自分がいる。そんなピンポイントで言い当てられると思わなかった。問題集に視線を落としている太一の様子を窺う感じ、バレているわけではないらしい。本当にただ合いそうだと思って名前を挙げただけらしかった。それならいい。変に何か言及しなければバレないだろう。
 太一が仰向けに寝転んだ。「無理。ギブ」と呟いたので「赤点補習おめでとう」と言っておく。太一は理解すればそこからは早いが、一度躓くと本人がやる気を失って起き上がるタイミングをなくしてしまう。もったいないやつ。もう少し頑張れば赤点とは無縁だろうに。そう言えばもっとやる気を出すのかも知れないけど、それはそれで癪だから黙っておく。自分のことなんだから自分で気付け。

「あ〜彼女ほしい〜。一緒にクレープ食べてきゃっきゃっした〜い」

 馬鹿みたいなことを呟くな。足を蹴り飛ばしてやりながら自分の課題を進めていく。彼女、な。一緒にクレープ食べてきゃっきゃっはそんなに羨ましくないけど。
 もし、と付き合ったら、髪を触っても泣かれたり嫌がられたりしないのだろうか。昔に母親が言った言葉が妙に頭から離れないままでいる。賢二郎くんにだけは触らせてあげる、って言ってもらえるくらい好きになってもらわなきゃ。子どもながらにその言葉にとても納得したのだ。好きな女の子が自分の髪を誰彼構わず触らせているのは確かに嫌だな、と。俺だけはいい、という特権がほしい。そう思った。
 はきっと頼めば触らせてくれるタイプだろうな。そう分かっているけど、それは特に求めていない。にとってそれなりに特別な存在になれればいいのに。まあ、そんな日はきっと来ないだろうけど。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 ある日の練習中だった。突然体育館に駆け込んできたのクラスの担任が、慌てた様子でを呼んだ。それに急いでついていったの背中を見送ってから、何事もなかったように練習がはじまる。
 が担任に連れられて体育館から出て行ったのを、ぼけっと見送るだけだった。ちらっとしか聞こえてこなかったけど、おじいさんがどうとか、救急車がどうとか、そういう会話だった。きっとのおじいさんが救急車で病院に運ばれたのだろうとは分かる。分かるけど、その連絡がなぜに来るのだろうか。両親のどちらかなら分かるけど、祖父母のことであればの両親に連絡が行くのが普通なような気がした。ちょうど一緒に話していた山形さんも不思議そうに俺と同じことを言った。
 さっきの兄弟構成をはじめて知った。年の差が結構ある弟と妹。父親が再婚してからの兄弟だという。もしかしたら少し複雑な家庭環境なのかもしれない。俺がたまにを見て思っていた変な笑い方はそれが関係しているのだろうか。いつもなんとなく何かを気にしている感じというか、素直に笑っていないというか。もちろんそんなの家庭環境に俺が何か言えるわけでも、何かできるわけでもない。そんなことは分かっている。それにもそれを求めているわけがない。考えるだけ、知りたいと思うだけ無駄なことだ。
 集合の合図がかかる。体育館の出入り口に背中を向けて走る。試合形式練習、一試合目は審判だ。審判をしながら部員の様子をしっかり見なければ。そんなふうに、頭を切り替えた。


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