「やばい、俺が泣けてきた」
「なんでだよ。いや俺も泣けてきてるけど」
「主役より先に泣くのは野暮じゃないか?」
「むしろ主役泣くか? 泣かないタイプだろ」
「あの、すみません、五色がすでに泣いてます」
「なんでだよ?!」
「か、感慨、深くてっ」
「工~男前が台無しだよ~」

 賑やかな声。それに笑っていると、隣で賢二郎は恥ずかしそうに「あの人たち相変わらずうるさいな……」と言って咳払いをしていた。それを笑っていると天童と目が合った。手を振られたので小さく振り返しておく。ちょうど同時くらいに司会の人が「ご友人を代表してなんと、バレーボール日本代表選手、牛島若利さんにスピーチをお願いします!」とテンション高めに言った。会場が拍手に包まれる中、バレー部OB席だけが不安そうにしつつマイクのほうを見ていた。そんな中で賢二郎をちらりと見ると、小さく会釈をしつつ、ほんの少し目が潤んでいた。え、ここで? 思わず目を点にしてしまったけど、そうだよね、憧れの人だもんね。そんなふうに微笑ましかった。
 牛島は至極真面目かつ淡々とわたしと賢二郎のことを丁寧に紹介していく。バレー部OB席が明らかに笑いをこらえているのでわたしも同じように口の中を噛んで堪えた。真面目。あまりにも。そう思いながらも、牛島がわたしたちのことをどう思っていたのかは素直に気になった。あまり人の恋愛に興味を示さないタイプだし、どんなふうに見えていたのかな。

「試合の応援に来てくれると、手を振る動作も表情もすべて同じで、よく似ているなと感じます」

 牛島のその言葉に思わず賢二郎を見ると、賢二郎もわたしを見ていた。似てる? そんなふうにお互い首を傾げていると「確かに似てるわ~」と瀬見の声が聞こえてちょっと恥ずかしかった。
 終始真面目だった牛島のスピーチに大きな拍手。賢二郎が立ち上がって頭を下げると、牛島が「おめでとう」と笑って言った。笑った。未だに見慣れない。そんなふうにわたしも頭を下げると、席に戻っていった。そのあとは賢二郎の職場の上司、わたしの職場の上司が簡単にスピーチをしてくれた。
 なんか、とても大々的になってしまった。ひっそり地味な式でいいよね、と二人で言っていたのに。わたしが何気なく、お金のこともあるしなんなら別になくてもいいよ、と言った瞬間。賢二郎の何かに火を付けてしまったらしい。これでもか、としっかりした式のプランを組み始めたから困ってしまった。その上一緒に来ていたわたしの姉と白布家四男もノリノリでいろいろ追加しようとするものだから余計に困って困って。発言には気を付けよう。いつもそう反省するのだけどなかなか次に活かせていない。
 付き合いはじめて六年目のわたしの誕生日。日付が変わったと同時にまず「おめでとう」を言ってくれた。毎年のことなのだけど、慣れない。まめだね。そう言ったら賢二郎が「いや、もだろ」と言いつつプレゼントをくれた。かわいい腕時計。そういえば付き合い始めてすぐの賢二郎の誕生日、わたしも腕時計あげたっけ。今もまだ現役で使ってくれている。そんなふうに思っていたら「それと」と言って、突然正座をしたものだからびっくりした。まさかまた見栄を張って高いもの買った? そんなふうにちょっと呆れていると「違う。いや、まあ、違わなくはない、かもしれないけど」と目をそらしたから意味が分からなかった。何、怖いんだけど。何が飛び出てくるのか身構えていると、思ったより小さな物がちょこんと目の前に置かれた。それが、まあ、所謂それだった。一瞬なんだか理解ができなくて固まっていたら「結婚してください」と言われて、ようやく体が動かせたっけ。
 わたしがそんなことを思い出しているうちに写真撮影タイムに入ったらしい。それぞれのテーブルが順番に来てくれるとのことだったので、大人しくしている。賢二郎の職場の人たち、わたしの職場の人たち、わたしの友人たち、賢二郎の友人たち、と回って最後にバレー部OBがぞろぞろとやってきた。

「白布とがついに結婚か……いろいろあったな……」
「それ俺らが思い返すことですか?」
「そりゃな。いろいろ苦労したじゃん、俺たちが」
「たしかに~!」
「おめでとう。白布、

 二人でお礼を返すと、わたしの隣に来ていた五色がふと「なんで緑にしたんですか?」とわたしが着ているドレスを見る。お色直しをしてから緑色のドレスを着ているのだけど、たぶんこれの意味が分かるのはわたしたち以外は一人だけ。山形が「あんまに緑のイメージないよな、そういえば」と言った。大平も瀬見も。川西も「たしかに。なんで緑なんスか?」と聞いてくる。その中で牛島は真顔で「きれいだ」と言うものだから、わたしはもちろんなぜだか賢二郎も照れていた。
 で、最後の一人。天童はにこにこ笑って「ちゃん、あれだよね?」と言った。そんな天童の言葉に五色が「え、なんでか知ってるんですか?」と首を傾げる。賢二郎だけがなんとなく嫌そうな顔をしたけど、天童は笑うばかり。わたしも笑った。

「浮気封じのエメラルドだよ」
「そっちの意味で捉えるのはなしでって言っただろ」
「浮気封じスか……嫌でも思い出しますね……」
「あの凍えるような修羅場……」
「思い出さないでください。忘れてください」

 何年前のことですか、と賢二郎が心底嫌そうな顔をする。これ以上茶化すと本当に拗ねるし、一応めでたい席なので。そう勘弁してやることにした。牛島だけきょとんとしていたけど、真顔のまま「浮気は良くないぞ」と賢二郎に言うものだから。賢二郎は大慌てで「違います、本当に違うので」と牛島に言う。瀬見が苦笑いして「あとで説明しとくわ」と言ったけど、「それはそれで嫌なんですけど」と頭を抱えていた。そんな様子をけらけら笑いながら天童が「ま、浮気封じも別の意味も、リバーシブルってことで!」と笑い、係員の人にスマホを渡した。みんなで笑って一枚。思い出の写真が増えた。そんなふうににこにこしていると、もう一枚写真を撮ってくれた。

「俺、気になってたんだけどね」
「なんだよ天童」
「みんな、もう〝白布〟だよ~」
「…………マジじゃん?! じゃないわ! おめでとうな、!」
「気安く名前で呼ばないでください」
「じゃあどうしろと?!」

 久しぶりに見たセッターズの漫才に耐えず笑いがこぼれる。なんて幸せなのだろう。夢でも見てるみたい。高校生のわたしにこうなることを言っても、きっと信じなかっただろうな。そんなふうにこっそり噛みしめておいた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あのね、大きくなったら、賢二郎くんと結婚するの~」

 コーヒーを飲んでいた賢二郎が盛大にむせた。それと同時に姉の旦那さんが「ええっパパじゃないの?!」と衝撃を受けた顔をしたのを、姉が大笑いしていた。
 結婚式から一週間後。週末に姉の家に遊びに来た。一人で行くつもりだったのに賢二郎も行くと言うから一緒に来たのだけど、姉の娘、つまりわたしの姪っ子がさっきからやけに賢二郎を気にしているな、とは思っていた。あんまり知らない上に笑わない男の人がいたら怖いよね、と姉にちょっと謝っていた矢先のことだった。コーヒー好きの姉の旦那さんに淹れてもらったコーヒーをゆっくり置いてから、賢二郎はティッシュをもらって口元を拭いている。
 四歳になったばかりの姪っ子は賢二郎のことをずっと怖がっているように見えていた。結婚する前にも何度か姉の家に一緒に来たし、なんなら姪っ子を家で預かったこともある。そのいずれも、姪っ子は頑なに賢二郎に近付かなかったし、子どもの扱いに慣れていない賢二郎も遠目に様子を見ているくらいなものだった。姉にこっそり聞いたら「笑わないから怖いんだって」と言っていた。まあ、確かに。子どもに好かれるタイプじゃないね。そんなふうに笑ってしまったことをよく覚えている。
 姪っ子の気持ちにいつの間に変化があったのだろうか。面白いからあえて口を挟まず様子を見守っている。すると、あんなに賢二郎を怖がって近寄らなかった姪っ子が、自分から賢二郎の隣に元気に着席。困惑している賢二郎と姉の旦那さんを置き去りに、お気に入りの人形を賢二郎に見せながら「ね!」と笑った。面白すぎる。わたしと姉は笑いをこらえながら何枚も写真を撮り続けている。ついでにわたしは白布家四男に写真を送っておいた。

「えっ、パパは? パパと結婚するんじゃなかったの……?」
「賢二郎くんと結婚する~!」
「な、なんで?!」

 旦那さん、撃沈。さっきまで賢二郎と談笑していたのに一気に地獄に突き落とされたみたいな顔をしている。賢二郎は固まったまま姪っ子を見つめていたけど、ようやく「え、なんで?」と賢二郎的にはとても優しい口調で聞いた。こちらからするとぎこちない口調にしか聞こえなかったけど。それにしても第一声が「え、なんで?」って。それはないでしょうよ。笑いを堪えているわたしに姉が、「あんたたちの結婚式のあとからずっとああなの」と言った。旦那さんには落ち込むだろうからと内緒にしていたのだとか。

ちゃんがお姫様みたいににこにこ幸せそうだったから、だってさ」

 賢二郎と結婚したらもれなくああなると思っているらしい。姉は「うちの子かわいいよね~」と親馬鹿を発揮しつつ笑う。ちょっと照れる。でも、幸せそうに見えていたのならよかった。浮かれているように見えていたかも、とちょっと不安だったから。
 一方、賢二郎。ごくりと唾を飲んで、まるで強大な敵と対峙しているかのような緊張感を漂わせている。どうやって相手するんだろう。姪っ子と二人で話しているところを見たことがないな、そういえば。ちなみに賢二郎のお兄さんにもお子さんが生まれたのだけど、そちらは男の子だった。まだ幾分か扱いは心得ているらしく、三歳男児にバレーボールを掴ませて遊びだしたときはちょっと笑った。まだ早いでしょ。そんなふうに。
 病院でも子どもの相手をすることはあるだろうに。賢二郎はびっくりするほど慣れない。わたしが言うまで子どもにも敬語で話していたし、目線も合わせなかったし。だいぶ成長して優しい口調で話せるようになり、子どもの目線に合わせるようにはなった。それでもいまいち子どもからの評判は悪いままだ。なんなら大平の娘には大泣きされていたし。あれはさすがに可哀想で笑うこともできなかったな。

ちゃんみたいになりたいから賢二郎くんと結婚する!」
「…………日本の民法では、重婚は認められていな、」
「いや、相手四歳だから賢二郎くん」

 さすがに姉がツッコんだ。面白すぎる、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。お腹を抱えているとスマホが鳴った。見てみると白布家四男からの返信。「何これ、面白すぎるんだけど」というメッセージと泣き笑いしているスタンプ。ムービー撮っておけば良かった。
 もっと柔らかく、子どもでも分かるように。それか子どもの言うことだからと受け入れるかのどっちかだよ。姉にそう言われた賢二郎が恐ろしいくらい苦しい顔をしている。わたしの姉のことがちょっと怖いらしいのでアドバイスを受け入れないという選択肢はないのだろう。面白がって姉がムービーを撮りだした。あとでわたしにもちょうだい。言うと賢二郎に怒られるのであとでこっそりもらうことにした。
 姪っ子が結婚式でにこにこしているわたしが、とても幸せそうだったから、と賢二郎に言った。だから自分もあんなふうな結婚がしたい、と。四歳なのにしっかり女の子だなあ。わたしがそう微笑ましく思っていると、ちらりとこちらを賢二郎が見る。助けないよ。ファイト。そうひらひら手を振るとまたちょっと苦しそうな顔をしていた。

「……好きな人と結婚しないと、みたいにはなれないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」

 姪っ子は首を傾げて少し考えている。姉がムービーを撮りながら「えー、でも賢二郎くんのこと好きだもんね~?」とからかった。余計なことを、と分かりやすく賢二郎が顔に出す。けれど、姪っ子はけろっとして姉に笑みを向けると「好きじゃない!」と言い放った。大爆笑。賢二郎だけ微妙な顔をしていたけど、それ以外全員とんでもなく笑わせてもらった。子どもってかわいいけど残酷。フラれちゃったね、賢二郎。楽しい週末だった。
 家に帰りながら「フラれてたね~」とからかってやった。賢二郎は「子どもの言うことだろ」とちょっと拗ねている。そりゃそうだ、あれだけ盛大に「好きじゃない」と宣言されたのだから。思うところはあるだろう。

「今度シュークリームでも買ってってあげたら? 最近はまってるんだって」
「……駅前の店がおいしいらしい」
「えー、あれ子ども好きかな~」

 子ども心が分からないんだから。そうけらけら笑っていると、拗ねつつわたしの手を握った。「なら、前に弟がくれたやつは?」と店を思い出しながら呟く。ああ、あれなら子どもも好きかもね。握り返しながらわたしも一緒に、姪っ子に好かれよう大作戦に参加した。
 実は、ちょっと、内心得意げになっているわたしがいる。「好きな人と結婚しないと」だってさ。そうだよ、わたしの好きな人は賢二郎だもんね。ちゃんと分かってるじゃん。そんなふうにさっきからずっと一人で得意げなのだ。分かってないとわたし、また怒るもんね。賢二郎の顔を見て思わずにこにこしたら、不思議そうに首を傾げられた。


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