瀬見の知り合いがやっている店、ということがあってなのか、そこまでの大人数じゃないのに一番広い個室に通された。瀬見が店員さんに「ありがとな」と声をかけているのを天童が「英太くんって変わらないよね~」と笑った。天童もね。そう返しつつ、掴まれたままの手を持ち上げて「そろそろいいんじゃない?」と苦笑いをこぼしたら「ア、忘れてた。ゴメンネ」と言ってようやく離してくれた。
 座敷になっている個室に大きいテーブルが置かれている。瀬見が「さんお好きなところにどうぞ」と苦笑いをこぼしつつ言うので、一番端、の一つ横に座ることにした。そのときにまず大平を前に、山形をその隣の端っこに、それから天童と五色の服を引っ張って左右の隣に配置させた。それから、瀬見と川西は一番端っこ、と指定すれば「ハイ座ります」と言ってわたしたちから離れたところに着席する。あとは勝手にどうぞ。そう思って無視していると、川西の隣に静かに座ったらしかった。ぼそりと山形が「が怒ってるとこはじめて見た」と呟いたので「ん?」と視線を向ける。大平が「なんでもない、大丈夫だ」と言うからおかしかった。別に普通に会話をしようとしたのに。やっぱり気まずい雰囲気が個室内に広がっていてうんざりする。楽しい飲み会になるはずだっただろうに。ため息をついたら天童がビクッと震えていた。
 瀬見が店員さんに頼んでくれたコースが運ばれてくる。お酒も一緒に。それを見ながら五色に声をかけたら、恐らくただ一人状況が未だよく分かっていないらしくて元気な返事があった。助かる。五色は良い子だね、と思わず褒めたら「はい?」と不思議そうにしていた。
 瀬見の「とりあえず、かんぱ~い」という声と共に気まずい飲み会が開幕。〝とりあえず〟にかなりの含みがあった。誰もがそう思っただろう。五色だけが元気に「さん元気でしたか?」とにこにこ話してくれる。五色に引っ張られてにこにこしていると、どうやら開き直った天童も「工、髪型キマってるね~」とからかいはじめる。大平と山形も同様に。ここだけ楽しい空間が出来上がっていく。楽しい。五色がいてくれてよかった。そんなふうに先輩陣でにこにこ五色の話を聞いた。
 その向こう側、どんよりと暗い雰囲気に包まれている三人はこそこそと何か話している。「タイミング」とか「冷静に」とかそういう単語が聞こえてくるので話をする機会を窺っているのだろう。知らないけど。
 意気揚々と雑にサラダを盛る五色を天童とからかう。チキン入れすぎだし、野菜もちゃんと食べなさいってば。そう笑うと「別に嫌いなわけでは!」と恥ずかしそうに言った。知ってる知ってる。そう笑っていると、視界の隅で人影が動いた。こっそり動いたつもりだろうけど見えてるからね。内心そう思ったけど無視に専念。
 動いてきた人影が五色の少し後ろにしゃがむと、あろうことか五色に「五色、代われ」と言う。五色も相手が相手なので「あ、はい!」と素直に退こうとしてしまうから。思いっきり五色の肩を掴んでぐいっと下方向に押すように力を入れる。五色はびっくりしながら「え、なんですか?」とわたしを見ている。その向こう側、瀬見と川西は頭を抱えていた。

「なんで五色が退かなきゃいけないの? はじめからここに座ってたのにね、五色」
「エッ、あ、はい」
「いや、あの」
「なんで五色が退くの?」

 シン、と個室内が静かになって、隣の部屋の話し声がかすかに聞こえてきた。しばらくそのまま時が止まっていると、小声で瀬見が「白布! 白布! 戻れ!」と手招きをする。聞こえてるから。呆れつつ五色の肩から手を離すと、白布はぎこちない動きで戻っていった。そりゃそうでしょ。なに、代われ、って。しかも後輩だからって五色に声をかけたことなんか丸わかりだよ。素直に退くだろうって思ったんでしょ、どうせ。だからああいう言い方になったのだろう。そんなふうに考えつつ何もなかったように五色に「あ、でなんだっけ?」と話の続きを振ると「えっ、ああ、それでですね」と不思議そうにしつつもまだ何も察していないようだった。
 そんな向こう側で川西が「お前なんでああなるの? 馬鹿なの?」と小声で言っている。瀬見も同じく。白布は「いや、はい、すみません」と珍しく素直に話を聞いている。本当、川西の言う通り。なんでああなっちゃうのかな、白布は。
 サラダを食べながらぼんやりそんなことを考えていると、山形がこっそり「あの、一つだけ聞いて良いか?」と小声で言う。耐えかねて、というやつだろう。その隣で大平も苦笑いを浮かべている。

「え、なに、別れた?」
「隼人くんものすごく直球だね……」
「エッ?! え、えっ?!」
「工、静かに」
「え、ちょっと待ってください、え、別れ、え? あっ、修羅場ってこれですか?!」
「今気付いたのかよ!」

 恐ろしく動揺した五色が口に手を当てた。それから目を泳がせながらわたしを見て「え、そ、そうなんですか?」としょんぼりしたような声を出す。かわいい後輩だね、本当に。苦笑いをこぼしてしまう。なんかごめん。でも、まあ、一応別れたことにはなっていない。「保留かな」と返したら大平が「崖っぷちだな……」と白布をちらりと見て言った。

「ちなみに何が原因?」
「あー……」
「え、言いにくいやつ?」
「賢二郎の浮気疑惑だよ~ん」
「…………」
「…………」
「…………え、白布さんがですか?」
「うん。俺はそう英太くんから聞いてるけど?」
「…………賢二郎が?」
「らしいよ」
「ちょっと、およそ想像がつかない」

 明らかに困惑して大平が「本当なのか?」とわたしを見た。疑惑っていうか、わたしからしたらあれはもうそのものだったけど。黙っていると大平が「ちょっと、信じがたいのが正直な感想だな」と苦笑いをこぼす。そう。みんなそう言うんだよ。わたしもそうだったから分かるよ。でもこの目で見たことに嘘偽りはない。話す気力もないけれど。
 疑惑という言い方を天童がしたことに少し引っかかった。瀬見からなんて聞いたんだろう。そもそも瀬見も急に白布とわたしを引き会わす手助けなんかして。何か白布に言われたんだろうか。そこが少し気になった。


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