ちゃ~ん! ハッピーニューイヤー!」

 ぶんぶん手を振る天童に手を振り返す。「ハッピーニューイヤー」と返して笑ったら、天童も笑ってくれた。
 久しぶりに会った天童はほとんど何も変わりなく、昨日も会ったかと思うほど高校時代のまま会話をはじめる。内容はお互いちょっと大人になっちゃったけど。変わらない天童でいてくれることになんだかとても安心した。
 天童はランチに行く前に寄りたいところがある、と言った。もちろん付き合うのは全然構わない。「じゃ、こっちね」と天童が歩いて行く隣についていく。何でも日本で人気のショコラティエが期間限定で出店しているらしく、それを買いに行きたいとのことだった。ちゃんと仕事してる。そう笑ったら「え~照れる~」と全然照れていない顔で笑った。
 パリでの生活をいろいろ聞いていると、ふと天童が喋らなくなった。何かと顔を見上げるとじっとわたしを見ているものだから。どうしたんだろう。何か変だったかな。下ろしている髪に寝癖がついてるとか? 「なに?」と聞いてみると天童は「顔色悪くない?」とわたしの顔を覗き込んだ。

「大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫だよ。ちょっと最近忙しくて寝不足だからかも」
「本当に?」
「本当だってば。大丈夫!」

 元気なポーズ、ということで腕を曲げてきゅっと握りこぶしを作ってみる。天童は一瞬きょとんとしたけど、すぐに大笑いして「そんなひょろっとした腕見せられても」とお腹を抱えていた。ひょろっとした、って。ひどい。そうわたしも笑ったら天童は「ま、そういうことにしといてあげる~」とわたしのおでこをピンッと指でついた。
 天童が行きたいと言ったお店は百貨店の中に特設店舗を作られて大きく広告が出されていた。がやがやと騒がしい女性の大群に怯むことなく天童が突っ込んでいく。列があるようでないので、女性たちはたぶんケースに入っているチョコを見ているのだろう。よく見ればお会計をする人は端っこに列をちゃんと作っていた。
 まあ、天童が買いたいんだし。そう思って人混みを避けようとしたら、「あ、ごめん置いてっちゃった」と天童が戻ってきた。わたしのことはいいから好きなだけ見ておいで、と言おうとしたのだけど有無を言わさずガッと手を掴まれてすいすいっと人混みの中に連れて行かれてしまう。天童、結構強引なんだけど! あと手の力が強いからちょっと痛い。天童は細いけどちゃんと力が強いの、分かってる? 痛いんだけど、と声に出そうとして、はた、と思う。
 人混みを切るように歩くとき、よく手を繋いでくれた。でも、わたし、痛かったことなんてなかった。突然雨が降ってきて走ったときも、何かにぶつかりそうになって引き寄せられたときも。ただの一度も。手を掴まれて、繋がれて、痛いと思ったこと、なかったな、そういえば。天童に掴まれたままの少し痛い手を見つめてぼんやり思った。

ちゃんどれがいい? あ、見える?」
「…………天童、手がちょっと、痛いよ」
「エッ、ごめんね? そんなに強く掴んだつもりなかったんだけど」

 手を離してくれた。天童はわたしの手を見て「ウワ、ごめんちょっと赤くない?」と申し訳なさそうにした。本当だ、ちょっと赤い。わたしって何かにぶつけたり挟んだりするとすぐ赤くなっちゃうんだよね。大したことはないのだけど。天童に笑って「こういう体質なだけだから、大丈夫」と返すと苦笑いをしてまた謝られた。
 天童と二人でチョコを見てから、二人で押し寄せる人混みをすいすいと抜けた。比較的空いているレジの順番がすぐ回ってくると、天童が恐ろしい勢いで注文をしていくので店員さんの顔が引きつっていたのが面白くて。くすくす隣で笑っていると「あ、ちゃんこれでいい?」とレジ前に置かれている商品一覧を指差した。え、わたし? 首を傾げると「これじっと見てたでしょ? これもください」と天童が流れるように注文した。

「付き合ってくれたお礼だよん」
「え、いいよそんなの。自分の分は自分で買うし」
「これでしょ?」
「……ま、まあ、そうなんだけどね?」
「もう俺が買っちゃった~」

 してやったり、というふうに笑われる。高校のときから天童にはなかなか敵わない。情けなく笑ってしまいながら「ごちそうさまです」と口にして、あ、と思った。
 会計を済ませてからお店を離れる。「天童」と呼んで壁際にちょいちょい手招きすると、天童が不思議そうにしつつ来てくれた。「なに?」と首を傾げる天童に「これ、返そうと思って」と鞄から財布を出す。ずっと入れっぱなしにしていたのに、天童と会うときいつも忘れていたもの。お札が入れてあるところの端っこに、間違えて出してしまわないように二つ折りにしたままのお札。それを天童に差し出すと、心底意味不明というような顔をされた。

「エッ、なんだっけ?」
「前に飲み会したとき、わたしにタクシー代くれたでしょ」
「え~~~…………あっ、エッ?! それって獅音くんが幹事したときの飲み会?!」
「そうだったかな? ちょっと覚えてないけど」

 終電を逃したのは自分のせいだから、と天童がくれたお札。使わないままずっとわたしの財布に入れっぱなしになっていた。天童は信じられないものを見るような目でお札を見ると「ちゃん、ちょっと怖いんだけど」とぎこちなく言った。なんでよ、失礼な。そう笑いながら天童に無理やりお札を握らせる。天童はぼけっとお札を見てから、呆れたように笑って「甘え下手~」と言った。なんでよ。わたしも笑うと天童は渡しても無駄だと悟ったらしい。大人しく財布にしまってくれた。
 二人で天童が探してくれた和食専門のご飯屋さんに入ってランチ。お互い割と少食なほうなので、ご飯は少なめにしてもらった。わたしはともかく天童は体が大きいんだからちゃんと食べなきゃ。高校のときと同じ台詞を言うと「無理やり入れてもね~」とこちらも高校のときと同じ返事があった。
 二人で他愛もない話をしている途中、天童が「ねえ」となんだか、ほんの少し声色を変えたことに気付く。たぶん天童は無意識だ。何かちょっと神妙な顔をしたようにも見えたから一応気に留めておく。悩みごととかかな。予想しながら「うん?」と返す。天童はじいっとわたしの様子を伺いつつ、口を開いた。

「賢二郎、元気?」

 にこ、といつも通りに笑う。ついにその名前が出たか、と内心思いつつちょっと笑って「元気だよ」と返しておいた。本当はどうだかよく分からないけど。まあ、仕事にも行っているし、元気の枠内だろう。顔色は悪かったけど一時的なものだ。わたしのことなんて忘れてしまえばきれいさっぱり元通りになるに違いない。
 天童は白布とのことをちょこちょこ聞いてきた。聞かれると思っていたからあまり動揺せずに答えていく。嘘を入れてだけど。心の中で天童に謝っていると、天童が「そういえばさ」と頬杖をついた。

「つけなくなっちゃったの?」
「へ、何が?」
「バレッタ」

 とんとん、と自分の頭をつついた。「会うときいつもつけてたでしょ。かわいかったのに」と天童が笑う。バレッタ。そっか、そういえばいつもつけていたけど、ここ最近はずっとつけていない。白布がくれたクッキー缶の中で留守番ばかりになっているなあ。天童ってそういうところが鋭いから気を抜けない。苦笑いをこぼしつつ「服の雰囲気でつけたりつけなかったりしてる」と答えておいた。天童は「ふ~ん?」とにこにこ笑ったままだったけど、それ以上は追及してこない。よかった。せっかく久しぶりに会えたのに、あんな話したくないし。気まずくなりたくなかったから助かった。
 ご飯を二人で食べている途中、天童が「今日って夜まで時間くれる?」と言った。何も予定はないし、大丈夫だけど? そう言ったら天童はにこっと笑って「じゃ、今日はまるっと一日俺プレゼンツのデートってことで」と言った。そのあと付け加えるように「賢二郎には内緒ね」と言う。これはいよいよ、余計に誤解されるかも。一人で笑ってしまったけど、まあ、いいか。どうせわたしはその程度だもんね。そんなふうに拗ねてしまった。


top / 18.夜雀が迫る