「もしもし天童?! 今暇?! 暇だよね?!」
『うんとね、ちゃん……時差って分かる……?』
「知ってるよ! 日本とパリ、冬は八時間差があるんでしょ?!」
『ワ〜オ、分かった上でだった〜……』

 明らかに眠そうな天童は無視。自分で蒔いた種なんだから、もう最後まで付き合ってもらうつもりだ。今はショコラティエとしてパリで修行をしつつ自分の店を出す準備をしているとかなんとか。そんな話を聞いていたから速攻で連絡した。一月五日。もう実家から東京に戻って、明日から仕事始めだ。

『なに〜? どうしたの〜覚くん優しいから話だけは聞くよ〜ん……』
「チョコ!」
『うん〜?』
「家庭でもおいしく作れるコツだけでも教えて!」
『うん、経緯から詳しく聞こっかな?!』

 訳が分からない、といった様子で天童がじわじわと覚醒してくる。そんな天童に一月二日に白布と二人でご飯に行ったことを話した。天童は「マッッッジで?!」と明らかにベッドから飛び起きたような物音を立てる。それから「え、え、え、付き合った? 付き合ったの?!」と興奮気味に聞いてくるので「そんなわけないでしょ!」とヤケクソで言ったら、天童は「なんでだよ!!」とまたベッドに転がったような物音を立てた。

『え、なんなの? 何やってんの? 中学生の初恋なの?』
「うるさい! それで白布が、あの、わたしの好きな人……」
『うん?』
「……天童だって、勘違いしてて」
『え、賢二郎って馬鹿なの?』

 天童は「ちゃん俺のこと好きなの?」とからかってきたので「そんなわけないじゃん」と早口で言ったら「ヒドイ」と笑っていた。天童はわたしの話をきちんと聞いて、最終的にわたしが電話してきた理由まで辿り着くと納得したようだった。
 バレンタインデーに告白してやる。もう知らない。当たって砕ける。そのあと白布に気まずくされたって、嫌な顔されたってもういい。勘違いされたままよりはよっぽどいい。ただの先輩から格下げしてやる。そう闘争心に燃えていると天童が「え〜日本帰りたいな〜。でも無理なんだよネ〜」とぼやいた。

『どんなチョコ作りたいの?』
「……まだちゃんと決めてないけど、赤色にしたい」
『情熱的〜! いいじゃん!』
「……あのね、わたしたちが三年生のとき、バレンタインにチョコ配ったの覚えてる?」
『覚えてる覚えてる。四つ入ってたやつ!』
「あれね、天童たちには四つとも普通の茶色いチョコだけだったんだけど」
『うん?』
「……し、白布にだけ、一つ、赤いハートのチョコにしたん、だけど……白布、何か言ってた?」
『まったく何も!』
「だろうね!」

 分かってたけど! 悲しい! そう言ったら天童が「さすがにアピールがささやかすぎるよ〜」と笑う。今思えばそりゃそうだ。でも当時のわたしからしたら本当にどきどきして、渡した後も気になって気になって仕方なかった。他の二年生たちと一緒に食べたら白布のだけ違うって気付くんじゃないかって毎日どきどきしたな。まあ、結局何もなかったけれど。
 天童は口頭でいくつか注意点を教えてくれた。それをメモして時々質問させてもらい、最後に「良さそうなレシピ送っとくね〜ん」と言ってくれる。助かる。お菓子なんて滅多に作らないし、チョコなんて余計に作らないから。バレー部に配ったチョコは全部既製品だった。四つ好きなのを選んで入れられるやつだ。部員全員分となるとちょっと用意するのが大変で、お安いチョコにしたんだったなあ。懐かしい。天童の話を聞きながらしんみり思った。

「天童、ありがとうね。寝てたのにごめん」
『お安い御用だよ〜ん。ちゃん』
「うん?」
『絶対大丈夫だよ。頑張ってね』
「うん、最後に一花咲かしてくる」
『カッコイイ〜! でも、本当に大丈夫だよ。報告待ってるからね〜!』

 天童にもう一度お礼を言って電話を切る。やる気が出た。今日からちょっとずつ練習しよう。バレンタインデー当日やその週は仕事の関係で宮城に帰ることはできない。だから、白布に住所を聞いたのだ。一方的に送りつけてやる。家でひっくり返って驚いちゃえば良いんだ、白布なんか。そう思ったらちょっとおかしくて笑ってしまった。
 送られてきたレシピはちょっとお酒が入ったボンボンショコラ。たぶんできるだけ簡単なものを選んでくれたのだろう。説明も分かりやすく感じる。一番下には「後日実践ムービー送るねん」と書かれていた。優しい。良い友達がいてよかった。スマホに頭を下げてから「宜しくお願いします」と返しておいた。
 この片思いの終幕。真っ赤で甘いチョコレートで終わらせよう。送りつけられた白布の顔が見られないのは残念だけど。失恋に向けた準備のため、まずは必要な物を通販で購入しておくことにする。カカオバターの赤色素とかハート型とかハケとか。結構本格的な気がするけど頑張るしかない。きれいに当たって砕けてやる。そう次々通販サイトのかごに商品を放り込んでやった。


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