「試験、合格しました」と白布からメッセージが届いたのは一週間後だった。ちょうど仕事納めをした日で、電車に揺られながら白布に「おめでとう!」とメッセージを返しておく。風邪も引かなかったみたいでほっとした。しばらくトーク画面を眺めていると既読マークがついた。慌てて画面を切り替える。白布がメッセージを送ってきたときにすぐ既読がついてしまうと恥ずかしいからだ。
 どきどきしながらスマホの画面をじっと見つめる。数分で通知が届いた。それを通知画面で確認すると白布からのメッセージで。通知にメッセージが表示される設定にしておいてよかった。既読をつけないままメッセージを覗き見ると「マフラー、返したいんですけど都合の良い日ありますか」と来ていた。電車の中だから変な顔にならないように必死だった。よかった、本当に誘ってくれた。もしマフラーをあのとき返してもらっていたらこうはならなかったかもしれない。白布がああ言ってくれて良かった。
 そう思っていると追加でメッセージが飛んでくる。何かとそれも通知画面で確認すると「俺がそっち行きます」と来ていた。びっくりしてしまう。大晦日と三が日はまた実家に帰るつもりだったから、そのときに空いていればいいな、と思っていたから。慌ててトーク画面を開いて「お正月休み実家に帰るよ」と返しておく。そのときでいいか、と思ってくれれば良いけど。そう思っているとまた通知。どうやら今は勉強や何かに追われていないらしい。だからすぐ返してくれるのかな。わたしも返せる状況だし、すぐに既読をつけてしまっても大丈夫かな。いろいろ考えながらトークを開くと「電話していいですか」と来ていた。びっくりしてスマホを落としかける。
 ちょうどわたしが降りる駅の三つ手前の駅に停車した。慌てて電車を降りて、駅のホームの椅子に腰を下ろす。白布に「いいよ」と返して、どきどきしながらスマホを握って見つめる。ホームに人はまばらで、電車から降りた人が改札に向かって歩いて行ったら辺りは誰もいなくなる。街から聞こえてくる音や風の音。それを聞きながら待っていると、既読がついた。そして、数秒後に着信。はじめて自分のスマホに白布の名前が表示されたのを見た。

「も、もしもし」
『お疲れ様です。すみません、急に。文章より話したほうがいいかと思ったので』

 白布の声が耳元で聞こえて勝手に一人で照れる。人と電話することにこれまで何も感じたことなんかなかったのに、相手が白布になるとこんなにも意識してしまう。恥ずかしいなあ。そう一人で笑いながら「お正月に帰るんだけど、白布都合悪い?」と聞いてみる。白布がスケジュールを確認しているのか、何かのページをめくるような音が聞こえた。それからすぐに「二日なら大丈夫そうです」と言った。

「なら一月二日ね」
『あの、すみません。本来俺が返しに行くのが筋だと思うんですけど』
「筋って。そんな大それた事じゃないから大丈夫大丈夫」

 申し訳なさそうにする白布に笑いつつ、簡単に時間だけ決めておいてどこで落ち合うかとかは日が近付いたら連絡をすることにした。
 白布がふと「もしかして外にいます?」と聞いてきた。風の音が聞こえたのだろうか。「会社帰りだよ」と返したら「家に着いてからでもよかったのに」と小さく呟いたのが聞こえた。優しい。そうからかうように言ったら「電車あとどれくらいで来るんですか」と聞かれた。適当に降りた駅だし次の電車の時間なんて知らない。時刻表をきょろきょろと探すと、あと五分で次の電車が来るらしかった。
 電車が来るまで白布と他愛もない話をする。大学でどんな勉強をしているとか、どんな人が周りにいるとか、いろんな話。わたしが知らない白布を知ることができた気がしてちょっと嬉しい。当たり前だけどどんどん大人になっていくなあ。しゃべり方も変わっていないように思っていたけど、ちょっと大人っぽくなった気がする。この前会ったときも雰囲気が少し大人の男性って感じだった、かも。今更思い出して余計にどきどきしてきてしまった。あのときはいろいろ余裕がなくてそんな些細な変化を感じる暇もなかったもんなあ。
 遮断機が下りる音がかすかに聞こえる。白布にもそれが聞こえたみたいで「電車来ますね」と言われてしまう。切りたくない、けど、次の約束取り付けられたし。そう思ったら素直に「うん」と言えた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 研究室でスマホをいじっていると、後ろから誰かに覗き込まれた。そいつがすぐに「え、白布って彼女いるの?!」と言うものだから女子数人が反応してわらわらと集まってきた。さんにマフラーを返すとき、何か一緒に渡したほうがいいかと思って何にしようか考えていた。ネットで女性への贈り物特集、みたいなページを見ているところを見られたというわけだ。「彼女じゃねえよ」と返すと「えっ片思い? 片思いじゃん!」と女子特有のきゃっきゃとしたテンションで盛り上がり始める。ちょうどいい。太一に聞くより参考になるだろうと思って、貸していたものを返されたときに一緒に渡されて嬉しいものは何かと聞いてみた。

「え、片思いしてる相手に物を返すときにプレゼントするってこと?」
「まあ。そのつもりで見てるけど」
「重くない? 普通に。彼氏でもないのに」

 言葉の鋭さがひどくてむせるかと思った。ちょっとびっくりしている俺を置き去りに女子どもは「重いよね」だの「好きな人だったら嬉しいかもしれないけどね」と言う。ついでに相手が一つ上の社会人だと知ると余計に「ないわ、白布ないわ」、「こっち一応学生だし、背伸びしてる感あるよね」と言われてしまう。
 マジかよ。重いのか。危なかった、勘違い野郎になる前に聞いておいて良かった。女子たちがほとんどその意見に同意しているのでさんも同じ感覚だろう。普通に重い。彼氏でもないのに。言葉を頭の中で反復すると当たり前にへこんだ。

「お菓子で良いじゃん」
「あ、それいい! 気が利くな〜って思う!」
「言っとくけど白布、お煎餅とかあられとかはだめだからね?」
「選ばねえよ。お前ら俺のことなんだと思ってんだよ」
「乙女心が分からない男子代表」
「黙ってればいいのにって思う男子代表」
「うるせえな」

 お菓子。なるほど。余計な一言が多かったが参考になった。女子たちが自分のスマホで「これ人気のやつ」「これかわいくない?」と次々に駅周辺にあるショッピングセンターやら百貨店やらに店がある人気のお菓子を見せてくる。お菓子の見た目がかわいいことは当たり前で、入っている入れ物がかわいいとなお良いらしい。
 なるほど、分からん。食べておいしいほうがいいだろ。缶だの箱だのはいらなくなったら捨てるし、かわいい必要がどこにあるんだ。薄目で女子のスマホ画面を見て、とりあえず色がきれいで一口で食べられるようなものがいいのだろうと結論付けておく。こういうのは相変わらず苦手だ。かわいいとかなんとか分からない。そういえば俺の弟も好きな女子ができたときにバレンタインデーのお返しをどうすればいいか分からないと悩んでいたのを思い出す。何を血迷ったのか俺に相談のメールをしてきたのだ。分かるわけねえだろ。そう返したら「だって賢二郎が一番頭いいから分かると思ったんだもん」と返されたっけ。我が弟ながら白布家の女心が分からないところをしっかり受け継いでいて呆れたな。白布家は男兄弟しかいないし、母親もかわいいというよりはシンプルなものを好む。かわいいに縁遠い家系だから分からなくて当然なのだけど。
 ふと、高校時代にさんからもらったバレンタインデーのチョコを思い出す。ホワイトデーが卒業式のあとになるからお返しはいらない、なんてさんが言ったから全員でどうしようか悩んだっけ。結局当時の一年生、二年生、三年生に分かれてお金を出しあって卒業式の前にお返しをした。さんがくれたのは四角い箱に四つチョコが入っていて、左上のチョコだけ真っ赤なハートだったな。なんだか食べがたくてしばらく置いていたことを思い出してしまう。甘い物が特別好きなわけではないけど、さんがくれたそれはすごくおいしかった。今でも思い出せる。
 大学自体は冬休みに入っているし、個人的な用事も今日で一段落がついて本格的に冬休みに入る。一週間ほど経てば、さんとの約束の日だ。

「クリスマスに会わなかったの?」
「付き合ってもないのに会ってくれるわけねえだろ」
「え〜誘ってみればよかったのに〜意気地なし〜」
「うるせえな」

 普通にスルーしたクリスマスのことを茶化される。クリスマスはここにいる全員研究室に来ていただろうが。お前らも彼氏の一人でも作ってこい。そう言うと「ひどい! 暴言!」「フラれちゃえ!」と非難された。


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