バレンタインデー。毎年山形と天童がうるさいから仕方なくバレー部にだけ適当にチョコを渡しているのだけど、それも今回が最後。ちょっと寂しい気持ちなりつつデパートのチョコ売り場をうろうろしている。全員だと用意するのも大変だし予算的にも豪華なものにはできない。去年も一昨年も四つ好きなチョコを選んで入れられるお安いもので済ませたし、今年もそうするか。毎年この時期だけ出店しているショコラ店のコーナーを覗きながら決めていく。
 ホワイトデーの前に卒業しちゃうし、もらった側も気にしないくらいの適当な感じにしないとなあ。加減が難しい。とりあえず四角いふつうのチョコを人数分お願いしていき、包装紙やリボンも指定できると言われたので選んでいく。一年生は白いリボン、二年生は青いリボン、三年生は赤いリボンにしてもらった。たくさんあってすみません。そう思いつつ、きれいに包装されていくチョコを見つめる。
 店員さんが「こちらだけお分けしますね」と一つだけチョコを分けてくれた。それにお礼を言ってから、お金を支払う。最後のバレンタイン。大したものじゃないけど、まあ、腹の足しになればそれでいいか。そう笑った。



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「若利くん視線くださ〜い!」
「若利撮影会になってんじゃねーか」
「だって将来オリンピックに出るんだもん。資料として残しとかなきゃ」
「出るのは決まりなのかよ。まあ出るだろうけど」
「というか何の資料?」

 ゲラゲラ笑いながら牛島の写真を撮る。さすがの牛島も「俺ばかり撮るな」と困惑気味だ。そりゃそうだ。今日、卒業式なんだからみんなで撮りなよ。そう笑っていると横からシャッター音。音のほうに顔を向けると川西が「あ、バレました?」と笑っていた。何撮ってるの。笑いつつ削除させようとスマホに手を伸ばすけれど、頭の上にスマホを上げられると届かない。大人しく諦めることにした。

「どうせなら一緒に撮ろうよ」
「マジすか。白布写真撮って。さんと撮るから」
「いいけどお前後で代われよ」
「はいはい」

 二人で並んでピース。ポーズがピースくらいしか思い浮かばなかった。今時のポーズなんか知らない。まあ、なんでもいいんだけどね。そう笑うとちょうどシャッターの音がした。川西は白布からスマホを受け取りつつ「家宝にします」と明らかな冗談を言う。それに「拝めば成績上がるかもよ」と冗談で返しておいた。一応第一志望に合格した人間なので縁起は良いかもしれない。
 白布がスマホを川西に渡しながら「撮れよ」と言った。あ、本当に撮るんだ。ちょっと意外に思いつつ白布が隣に来たので、さっきと同じようにピースをする。すると、白布もピースをするものだから驚いて。思わず二度見してしまった。

さんの顔がブレました〜」
「クソカメラマンかよ。撮り直せ」
「いや俺のせいじゃないから。さんが動いたから」
「白布がピースするからびっくりして二度見しちゃった。ごめんね」
「俺のことなんだと思ってるんですか」

 撮り直し。川西の「撮りま〜す」というなんともやる気のないかけ声のあとにシャッター音。今度はうまくいったみたいだ。白布のスマホを覗き込みつつ川西が「送ります」と言ってくれて、さっき撮った写真をどちらもわたしに送ってくれた。二年生とそんなふうにわちゃわちゃしていると、視線を感じる。先に気付いた白布が「撮ってもらいたいなら自分で頼めよ」と声をかけたのは五色だった。「いいですか!」と言われて嫌だというわけがない。「撮ろう撮ろう〜」と言うと後輩たちが集まってくれて続々と写真を撮っていく。そんな様子に気付いた三年生たちも牛島撮影会を切り上げてこちらに交ざってきた。嫌がる川西とツーショットを撮りまくる天童とか、嫌がる白布と無理やりツーショットを撮る瀬見とか。もうこういう光景もなかなか見られなくなるんだな。そう思うと、桜が散ってしまったような寂しさを覚えた。
 クラスの子とか先生たちとも一通り写真を撮り終えた。もうくぐることはない白鳥沢学園の正門。卒業式に来てくれた両親と一緒に一歩外に出てから振り返ってしまう。楽しい三年間。わたしの中にちゃんと鮮明にある。手元にあると思えるほどちゃんと。寂しくはない。ちょっと笑ってから、背中を向けた、のに、「さんストップ!」と川西の声が背中にぶつかる。

「ちょっと待ってください!」
「うわっ、びっくりした。何、忘れ物?」
「忘れ物です! めちゃくちゃ忘れ物です! 卒業祝い!」
「え? 卒業祝い? そんなの去年三年生にあげたっけ?」

 色紙と花束はもらったし、去年先輩にそれ以外をあげた記憶はない。首を傾げていると、川西のあとに走って付いてきた白布が「太一お前マジで覚えてろよ」となぜかブチギレていて。一体何のことだろうか。よく分からないままでいると白布が制服のポケットから何かを出した。ブラウンの袋。かわいいクリーム色のリボンが巻かれている。

「卒業おめでとうございます」
「え、お前それだけでいいの」
「うるさい黙れ。また試合見に来てください」
「あ、うん? ありがとうございます」

 笑いながら受け取る。なんだろう。今年は後輩たちがサプライズで準備してくれたのだろうか。天童たちももらったのかな。そう不思議に思っていると、白布と川西は礼儀正しくわたしの両親にもお辞儀をしてからサーッと走り去っていった。嵐みたいだったな。そう笑っていると「バレー部の子?」と母親が不思議そうに言うので「そうだよ」と答える。礼儀正しい子たちね〜、なんて微笑ましそうに言いつつ、今度こそ背を向けた。
 車の中でもらった卒業祝いを開けてみた。中にはバレッタがころりと入っていた。かわいい小さなお花がちりばめられていて、色合いがシンプルでどんな服装にでも合いそうなものだった。ちょっと、予想外。こんなにかわいいの誰が選んでくれたんだろう。プレゼントが入っていた袋は女の子に人気の雑貨店のものだった。バレー部の誰がこれを買いにかわいらしいお店に入ってくれたのか。
 もしかして、持っていたのが白布だったし、白布だったりして。白布は男ばかりの四人兄弟だと聞いたことがある。そんな白布がどんな顔をしてこれを選んでプレゼント包装してもらったのだろう。それを想像するとにやけが止まらなかった。


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