空はどうして青いんだろう。光の中で青色が一番強く散乱するから。可愛げのない説明を頭の中で呟いて、きゅっと拳を握る。神様が青色のバケツをひっくり返しただとか、見ている人の心が澄んでいるからだとか。そんな可愛げのある理由ならいいのに。体育館の上のほうについている窓から空を見上げてそんなことを思った。
 驕りだと言う人もいるかもしれないけれど、白鳥沢学園男子バレーボール部の誰一人として、この結果を想像していなかった。相手はまったくのダークホース。これまで公式戦で一度も試合をしたことがなく、これまで公式戦でその校名を聞くことも久しくなかった。決勝はいつも通り青葉城西が上がってくると思っていた白鳥沢にとって、気味の悪い存在ではあった。未知。まさにそれだった。そうだとしても、負けるなんてことは想像さえしたことがなくて。
 すすり泣きの声が響く中、迎えのバスが来るのを待っている。どんな顔をしていれば良いのか分からなくて、静かに佇んでいる牛島の隣に立ったまま黙りこくってしまう。牛島は牛島で、ただただ部員たちをじっと見て黙りこくっていて。わたしと牛島の周りだけ異次元みたいに静かだった。


「あ、はい!」
「なぜ敬語なんだ」
「ごめん、びっくりして。何? バスならあと十分くらいだよ」
「いや、そうじゃない」

 黙っていたのに急に話しかけられたから心臓がばくばくしている。牛島って口数が少ないし、話しかけてくることもあんまりないから話しかけられると緊張する。こちらからは普通に話しかけるし緊張することもないのに。今は状況が状況というのもあるかもしれない。自分の心臓をなだめながら牛島の顔を見上げた。

「三年間、ありがとう」

 体が固まった。たった三秒ほどのその時間、頭の中を駆け抜けるように三年間の映像が浮かんでは消えていく。はじめて体育館に来たとき。先輩に仕事を教えてもらったとき。仕事が遅くて怒られたとき。ルールが分からなくてちんぷんかんぷんだったとき。そして、辞めようとしたのを止めてもらえたとき。そこから数え切れないほどの楽しい思い出、嬉しい思い出、悔しい思い出。もう過ぎ去ったそれらが今ここにあるように、鮮明に感じられた。
 う、わ。そう喉の奥で呟いてぐっと唇を噛む。ずっと堪えていたものがあふれそうになるのをどうにか抑えて、飲み込むように呼吸をする。言葉を返さなくては。わたしもありがとうって言いたい、のに。言おうとすると堪えたものが流れ出てしまう。だから、唇を噛んだまま牛島を見上げるしかできなくて。
 牛島が「どうした」と不思議そうに首を傾げた瞬間、にゅっと天童の顔が割り込んできた。「俺も俺も」とにこやかに笑って、天童がわたしの顔を覗き込む。

「マネージャーやってくれてありがとね、ちゃん」

 だめだった。ぶわっとあふれ出たそれに牛島も天童もギョッとした顔をしている。牛島は若干困惑気味に「何か気に障ることを言ったか」と呟く。違う。鈍い。普通分かるでしょ。そうジャージの袖で拭きながら内心で思う。でもまあ、牛島だからなあ。そう思ったら笑ってしまった。

「なんだなんだ? 泣かされたのか? 三年間ありがとうな」
「あんま目こするなよ。三年間ありがとう」
「ティッシュあるぞ。三年間ありがとう」

 わらわら集まってくる三年生たちが口々にそう言うので、おかしくなってきて。「うるさい。三年間ありがとうございました」と返したら、みんなも笑って返してくれた。
 予定時刻通りにやってきたバスに乗り込む。乗り込んだ順に座っていき、わたしは真ん中くらいの二人がけの窓側に座った。人前で久しぶりに泣いてしまったことへの照れくささと妙に熱っぽい体が居心地悪い。息を吐いてどうにか平常心を保とうとするのだけど、どうにもうまくいかないままだ。
 「隣、失礼します」と声がした。あれ、この声。「どうぞ」と声をかけつつ視線を持って行くと、思った通り白布がいた。珍しい。こういうとき三年生の横にならないようにしている印象があったのに。ちょっと不思議に思っていると、通路を挟んだ隣には天童と川西が座っているのが見えた。なるほど天童の隣を避けたのか。どうやら天童にもそれはお見通しのようで「避けたよね? 俺のこと避けたよね??」と白布をからかっていた。
 全員が着席し、バスが出発する。車内は静かだ。全員疲れているのと、どこか物思いにふけている。わたしも窓の外を見てぼうっとしてしまう。もうこの光景も、このバスに乗るのも最後なんだな。そう思ってしまって。心ここにあらず。そんなふうに気を抜いていると、白布に「お疲れ様でした」と声をかけられた。

「白布、お疲れ様。来年も頑張ってね」
「……はい」
「白布が主将かなあ。しっかりしてるし、人に厳しくできるのも白布くらいだしね」
さん」
「うん?」
「ありがとうございました」
「……天童? 瀬見? 誰に入れ知恵されたの?」
「失礼ですね」

 ちょっと笑った白布はもう一度「本心です。ありがとうございました」と言ってくれる。素直。かわいい後輩。こんなに素直でかわいい後輩なのに、白布のことをかわいくない後輩と言う三年生がいるなんて不思議だ。くすりと笑ってから「こちらこそ、ありがとうございました」と返す。

「勧誘失敗しちゃってごめんね。マネージャー来年入ってくれるといいんだけど……」
「まあ、そうですね」
「他人事じゃないんだよ〜」
「……なんというか」
「白布?」
「いえ、やっぱり何でもないです」

 何を言おうとしたんだろう。その答えは分からなかったけれど、白布が笑って「二年間、楽しかったです」と言ってくれたことが何よりも嬉しくて。涙も何もかも吹き飛んだ。
 寂しい気持ちになって受験勉強に身が入らないかも、なんて思っていたけど大丈夫な気がしてきた。それくらい嬉しい言葉だった。


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