インハイから帰ってきた翌週の八月十一日、十二日。春高バレー一次予選が行われ、白鳥沢は無事代表チーム十六校の中に残った。春高バレー宮城大会は十月から始まる。最後の春高。本当に最後の大会だ。
 土日が明けると新学期がはじまる。三年生は進路相談や模試などの嫌なイベントを挟みつつ、最後の大会に向けた厳しい練習が待っている。今も絶賛サーブ連中。練習試合で若干動きが悪かったこともあり、全員百本サーブのペナルティをこなしているところだ。
 夏休みがもう少しで明ける。今日が夏休み最後の練習日となっている。百本サーブを終えた天童がへろへろになりながらわたしの近くにやってくる。ボトルとタオルを渡しながら苦笑いをこぼす。「はい、お疲れ」と声をかけると「信じられる? まだ練習はじまったばっかなんだよ?」と青い顔をした。

「死ぬ……サーブで死ぬ……」
「あの英太くんがこんなんになるんだよ?! 一人くらい死人が出るよ?!」
「瀬見、サーブ本数数え間違えたでしょ」
「え」
「ローテ見てたら瀬見だけ百二十本打ってたよ」
「止めろよ?!」

 続々と百本打ち終えた部員たちが束の間の休憩に入る。有難いことにみんなわたしのところまでボトルをもらいに来る、というのが習慣付いてしまっているらしい。一年生も手伝ってくれながら部員たちにボトルとタオルを配っていく。練習序盤だというのにもう死にかけだ。苦笑いをこぼしつつ練習メニューを確認する。このあとはスパイクとコンビ練習、そのあとにゲーム形式。変わらぬ練習メニューだ。
 百本サーブを終えた二年生レギュラー組がボトルをもらいに来た。渡しつつ「お疲れ」と声をかけると川西が「死にます」と真顔で呟き、その場に座ったっきり黙り込む。相当しんどいらしい。それを山形がからかってやりに行くと、白布が後ろから「練習のせいじゃないですよ」と汗を拭いながら言った。

「課題、三割しか終わってないらしいですよ」
「馬鹿じゃん」
「お願いなんで馬鹿って言うのだけはやめてください……」
「大丈夫だって! 俺も結構残ってるぜ」
「マジですか瀬見さん。もう俺瀬見さんしか信じられません」
「明後日始業式なのにプリント二枚も残ってんの人生初だわ」
「瀬見さんのこと今すげー嫌いになりました」
「なんでだよ?!」

 学生らしい悩みだった。それをみんなで笑うけれど川西だけは笑い事ではない。夏休みの宿題をまとめてやるタイプだったらしい。今日と明日しかないけど、七割も残すなんて度胸あるなあ。そんなふうに苦笑い。まあ川西もこんなにギリギリに処理するつもりはなかったのだろう。寮に戻ったら即寝落ち、というのを繰り返して今に至るに違いない。

「神様仏様白布賢二郎様」
「嫌だ」
「何卒」
「お前寝るから絶対に嫌だ」
「太一寝ちゃうの?」
「数式が暗号にしか見えませんし英文が呪文にしか聞こえません」
「お前授業のときどうしてんだよ」

 スポーツ推薦で入ってきた部員のほとんどが直面する問題だ。毎年こうして勉強に苦しんでいる部員を何人も見ているけど、学生の本分は勉学だ。歯を食いしばって頑張ってもらうしかない。大平が「は終わったか?」と話を振ってくる。八月の頭に終わらせてある、と言うと川西が今にも崩れ落ちそうな顔をして「嘘でしょ……」と悲壮感たっぷりに呟いた。それをまたみんなで笑ってやると、牛島が「課題が残っているのか」とまさかの参戦。川西は姿勢を正してから緊張感たっぷりに「今日終わらせますので大丈夫です」と早口で言う。それがツボに入ったらしい白布が口元を隠してこっそり笑っていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




先輩!」

 その声にドキリとした。わたしからボトルを受け取ろうとしていた天童が「ワ〜オ情熱的〜」と小声で言ったので、聞き間違いではないらしい。聞き間違いであってほしかったのに。天童のおでこをボトルで叩きつつ渡しておく。仕方なく振り返ると、やはり、そこには陸上部二年生の伊藤くんがいた。
 若干怖気付きつつ「なに?」とできるだけ笑顔を保つ。伊藤くんはあのときと変わらない赤い顔をしている。

「やっぱり好きです!」
「あ、ありがとう……」
「友達からでもいいので、付き合ってください!」

 好きな人がいるって言ったのに。そう困惑してしまう。フラれるのが確実なのにどうして告白してくるんだろう。わたしだったらできない。断られたくないと思うのが普通の感覚だと個人的に思うのだけど。伊藤くんはそんなこと関係ないみたいだ。わたしもこんなふうに告白できたらな。そんなふうに、ちくりと胸が痛い。
 またもやバレー部の視線を独り占めしている伊藤くんは、物怖じすることなくもう一度「好きです!」と必死な顔をして言った。わたしのほうが照れているし尻込みしてしまう。そうはいっても、わたしは伊藤くんと付き合うことはできないし、その気持ちには応えられない。きっとこれからも変わらない。好きな人が自分を好きになってくれるというのがどれだけ難しいことなのか。なぜか今この瞬間、突き刺されたように実感した。

「ごめんなさい」
「まだ前に言ってた人のこと、好きなんですか」
「う、うん、そうです……」
「……そうですか。なら諦めます」

 伊藤くんはへにゃりと情けなく笑って「突然すみませんでした!」と運動部特有の元気な声で言うと、消えたかと思うほどの速さで走り去った。呆気にとられながら見送ってから、思わず大きく息をついてしまう。

ちゃんも告白しちゃえば? で、結局好きな人ダレ?」
「しないし教えない」
「えー俺うまくいくと思うけどな。フラれる要素ないだろ」
「得点稼ぎしても何も出ないからね」
「そういうとこはかわいくないと思う」


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