八月一日、インターハイ二日目。予選グループ戦と一回戦、二回戦を勝ち抜いた白鳥沢は、三回戦を迎えている。十時四十分からスタートした第二試合、二セット目。一セットを先取したのだがじわじわと押されてきている。相手は兵庫の強豪校、稲荷崎高校。セッターの二年生が大会で注目されている選手というだけではなく、牛島と同じく五本の指に入るスパイカーがいる。先ほどから天童のブロックもうまく躱されており、なかなか点差が詰められずにいる。監督がタイムを取って一旦リズムを立て直そうとする。こちらに歩いてくる選手一同は全員明らかに苛立ちをはらんだ表情をしていた。

「一セット目もそうだったけどあの十番ナニ、めちゃくちゃ気持ち悪いんだけど」
「お前が言うかよ……」
「四番ノって来てるから止めたいな」
「セッターを崩したいところですけど、精神的に図太くて崩れにくいタイプですね」
「白布もそれは負けてないから安心しろ」
「なんなの、激スゴセッターで超スーパーサーバーで双子ってナニ? 設定山盛りかよ」

 ケッと天童が吐き捨てる。それを大平が笑いつつ全員をなだめて、監督がいくつか指示を出す。それを真剣に聞いてから選手同士で意見交換。それを端から見守って、きゅっとスコア表を握るしかできない。無力。熱気に包まれたコートや選手たちを前にするとそれを実感せざるを得ない。
 いつも通りに見えて、少し嫌な空気が流れているのを感じてしまう。好敵手に当たると基本的に試合を楽しんでいる天童に少しの苛立ち。どんな試合でも調子が変わらない牛島が不自然なほど無口。どんな窮地でも笑ってみんなを励ます山形がずっと考え込んだ顔。チームの精神的支えになることが多い大平がフォローに回ることに必死。川西は分かりやすく沈黙しているし、試合中静かで冷静なことが多い白布がやけに口数が多い。ピンチサーバーで交代した瀬見も難しい顔をして黙りこくっている。
 そんなふうに少しずつズレを生じており、胸騒ぎのする不協和音になっている、気がしてならない。






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「お前どんだけ星世界買うんだよ」
「だって富山といえばコレって書いてあったも〜ん」
「バリエーションを持たせろよ。大福とかもあるぞ」

 山形がチョイスするお土産に手でバツを付くって「それはちょっと」と天童が眉間にしわを寄せる。それを横目に見ていた牛島が天童と同じ富山銘菓を手に取ると「俺もそれにしよ」と瀬見も手に取った。
 白鳥沢学園、インターハイベスト8敗退。優勝は井闥山学院、準優勝は準々決勝で白鳥沢と当たった稲荷崎高校だった。稲荷崎との最終セット、どうにか流れをこちらに戻したくて一年生の五色が三年生と交代して試合に出場。途中までかなり良い流れが白鳥沢に戻ってきたけれど、そのまま力で押される形で敗退。激闘のデュースは三十点を超え、白鳥沢も何度もマッチポイントを迎えたけれど敵わなかった。
 監督からの試合講評はいつになく褒め言葉が多かった。特にいつも叱咤されている五色の動きが良かったことを包み隠さず監督が褒めた。いつも通りの力を発揮することに専念した牛島、コート内の空気を保つことに尽力し続けた大平、誰よりも声を出し続けた山形、誰よりも貪欲に試合を支配しようと粘った天童、ほとんどミスなくいつも以上の働きをした川西、状況の把握に努め続けた白布。他の試合に出た選手全員のことも監督が珍しく落ち着いた口調で褒めた。まあ、最後に「明後日から練習でみっちりやるからそのつもりで」と締めくくったところが監督らしくて、わたしは笑ってしまったけれど。
 新幹線の待ち時間が思ったより長く、一時間ほど自由行動となった。駅の中にあるお土産屋さんをぶらぶら見つつ家族や友達へのお菓子を物色中だ。

「これは……イチゴか」
「若利くん、それかまぼこだよ」
「細工かまぼこってはじめて見た。おもしろいな」
「こういうのって鯛とかめでたい系のものしかないと思ってたわ」
「ヤバ、これスイカの形してるんだけど。かわいくない?」

 楽しそうで何より。お会計を終わらせてお土産屋さんを出つつ、まだ選んでいる天童たちに「荷物持っとく」と声をかけた。続々とお店の外の邪魔にならないところに荷物を置きつつ「ありがと〜!」とお土産屋さんに戻っていった。
 自分の荷物にお土産を詰めつつ、ふと手を止めてしまう。そんな自分を笑って気合いを入れる。選手たちはもう次に向かって歩き出しているというのに。情けない。そう一つ息をつきながら、ぎゅっとお土産を鞄に入れ込んだ。

さん」
「……びっくりして心臓が止まるかと思った」
「大袈裟ですね。声かけただけなんですけど」

 白布はそう不服そうに言ってから辺りを見渡して「太一見てないですか?」と言った。わたしは三年生にひっついてお土産屋さんに来た。その中に二年生は一人もいなかったし、どこかで川西を見た記憶もない。首を横に振りつつ「見てないよ」と答える。白布は大きなため息をついて「あいつ勝手にどっか行きやがったな」と忌々しそうに呟いた。その手には川西のものらしい荷物があって、どうやら川西の荷物を預かってからはぐれたらしい。それは可哀想に。苦笑いを向けて「ここで待ってみたら?」と提案してみた。ここなら目立つ三年生集団がいるし、川西も必ず目を向けるだろう。集合場所からも近い。白布はわたしの提案に「それもそうですね」と言って、迷わず川西の荷物を地べたに置いた。容赦ない。さすが白布だ。
 テーピングが巻かれていない指。なんとなくそれをじっと見ていると、白布にバレてしまった。「なんですか」と聞かれてしまったのでどうにか誤魔化せないか考える。なんとなく見てしまっていただけなので嘘の理由もいまいち思い浮かばない。曖昧に笑って誤魔化そうとすると白布は「いや、答えてないですよ」と鋭いツッコミを入れてきた。

「いや、まあ、その」
「なんですか。手が気持ち悪いとかですか」
「違うから。その逆」
「逆?」
「きれいだなって思って見てたの」

 言ってしまった。「って、だけの話、です」と照れ隠しで付け足しておく。男の人にきれい≠ヘ変だったかな。いや、そもそも唐突になんだよって感じか。なんて言えばうまく誤魔化せたんだろう。今更分かってももう遅いのだけど。
 白布は目を丸くしてじっとわたしを見ていた。しばらくしてからふいっと視線をそらして「なんですかそれ」と呟く。その横顔が少し赤らんでいて、照れさせてしまったことは明白だった。ちょっとかわいい。そんなふうに笑ってしまうと「なんで笑うんですか」と少し怒られてしまう。

「白布はかわいいね」
さんってたまに変なこと言いますよね」
「そう? 素直でかわいい後輩だと思ってますよ、さんは」
「……どうも」

 完全にそっぽを向かれてしまった。かわいい。そうまた言いそうになったけどぐっと堪える。これ以上やると拗ねられる可能性が高い。心の内に秘めておくことにした。
 騒がしい駅構内。学生の集団が何組が通り過ぎていったから、わたしたちと同じインハイ帰りなのだろう。今はちょうど九州方面に向かう新幹線の時間が近かったはず。そのあとがわたしたちが乗る新幹線の時間だ。時計を見てみれば集合時間まであと数十分ほどだった。お土産屋さんにいる三年生たちもそろそろレジに並びそうだし、集合の五分前には戻れるだろう。あとは川西が見つけるといいのだけど、川西のことだしちゃっかり先に集合場所にいそうな気もする。

さんは」
「うん?」
「卒業後は進学するんですか」
「そのつもりだよ。関東のほうに行くつもり」
「そうですか」
「唐突だね?」

 まさかそんなことを白布に聞かれるなんて夢にも思わなかった。人の進路とかあんまり興味なさそう、とか失礼なことを思っていたのでちょっと驚いてしまう。牛島とか天童とかとんでもない進路を歩みそうな人ならまだしも。わたしなんて進学か就職か、なんてよくある答えしかできないから。聞いても面白くないだろうに。
 突然背中に衝撃。びっくりして振り返ると会計を終えた天童が「何の話〜?」とご機嫌に話しかけてきた。白布は分かりやすく舌打ちをして「何でもないです」と言って、かったるそうに川西の荷物を持ち上げる。天童はそんな白布を「かわいくないよ賢二郎〜」とからかってわたしに預けていた荷物を受け取る。

「なに話してたの?」
「卒業後どうするのか聞かれただけだよ」
「エ、賢二郎が? ちゃんに聞いたの?」
「そうだけど?」
「……ふ〜ん」

 何その反応。歩いて行く白布の背中をじっと見て天童は「ふ〜〜ん?」ともう一度言ってなぜだか笑った。「なるほどね〜」と大きな独り言を言うので訳が分からなくて。何かを聞いてもはぐらかされる。天童って本当にたまによく分からなくなる。まあ、聞いても教えてくれないだろうし大人しく諦めることにした。
 他の三年生たちも会計を終えて出てきた。自分の荷物を持ちつつ「やべ、もうすぐじゃん」と歩き出す。わたしも一緒に歩いて行くと、集合場所で白布と話している川西を発見。やっぱり。荷物を白布に任せたまま先に集合場所に行っていたらしい。怒られているのかな。そうくすりと笑ってしまう。
 まだ、夏は終わらない。いつか終わりは来てしまうけれど、まだ今は、終わりではないのだ。


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