予選グループ戦、白鳥沢は第三試合で九州の高校と当たる。会場入りした十時にはすでに体育館は熱気に溢れていた。所定の観覧席に荷物を置き、しばらく試合を観覧することとなる。第二試合が行われている今は優勝候補筆頭の井闥山学院が試合中ということもあってかギャラリーが多い印象だ。
 念のため諸々持ち物の確認をしてから観覧席の一番後ろに座る。後ろがすぐ通路になっていて動きやすいからだ。パンフレットで体育館内のマップを見ておく。十一時すぎにサブコートをアップで使えるらしいので、それまでに何もトラブルがないようにしないと。諸々のトラブルを想定しながらマップを見ていると、ぺしん、とゆるく頭に何かが当たった。びっくりして思わず頭に手を当てる。振り向いた先にいたのは通路を歩いて行く集団だった。

「すんません。うちの部員の荷物当たりましたね」
「あ、いえ、大丈夫です」
「おいコラ治! その鞄にぷらぷらしとるやつしまえや!」

 関西弁だ。ちょっと怖い。声をかけてくれた人がまた頭を下げて「すんません」と言ってから去って行く。全国だなあ。聞き馴染みのない関西弁でそれをしっかり感じつつわたしも会釈を返しておいた。その人たちが完全に見えなくなってからぬっと天童が顔を覗き込んでくる。

「今の稲荷崎だね〜」
「いなり……ああ、強いところだ」
「そ〜。勝ち上がってたね〜ヤダネ〜」

 恨めしそうな顔をする天童に少し笑っていると、席を離れていたらしい川西と白布が戻ってきた。天童が声をかけると二人とも近くに座り、なんとなくげんなりした顔を見せる。何かあったのだろうか。そう聞いてみると「ウシワカウシワカ言われてノイローゼ気味です」と言った。ああ、ジャージでね。たしかにわたしもすれ違いざまに「牛島のとこだ」とこそこそされたっけ。それだけ全国に名前が轟いているんだなあ。わたしはちょっと嬉しいけど。

「それは地元でも同じじゃん。気にしない気にしな〜い」
「たまに話しかけてくるやついるのがしんどいっす……」
「マジで? それは経験ないわ〜」

 けらけらと笑う天童の後ろで瀬見が「俺もさっき話しかけられたわ」と苦笑いをこぼした。結構あることなのかな? わたしは経験ないけど。白布もわたしと同じらしくて「ナメられやすいんじゃないですか、顔が」と真顔で言う。瀬見と川西が「言い方」と声を揃えると、聞いていた山形が愉快そうに笑った。

「そういえば賢二郎も太一も、全国大会は初出場だけど緊張してる?」
「いや、そりゃしますよ」
「してますけど」
「その割には二人とも落ち着いてない? すっごく大人だね?」

 たしかに。緊張しているように全然見えない。そんな二人を瀬見が「かわいくねーな」と笑った。強豪校だらけのこの空間、緊張して空回ったりいつもの調子が出せなかったりすることは割と普通のことだ。白布も川西もこれがはじめての全国大会スターティングメンバーでの出場なのだから、もう少し慌てたり様子が変わったりしてもおかしくない。ちなみに逆に様子がおかしいのが一年生の五色。五色は今回は控えからのスタートなのだけど、会場についてからずっと様子がおかしい。緊張というよりは高揚してテンションが空回っている感じだ。仲の良い一年生たちが五色の面倒を見つつ気持ちを落ち着かせようと尽力してくれている。
 川西が一つ息をつく。「まあ、本当に多少は緊張してますけど」と言ってじっと前を見た。行われている試合が最終セットにさしかかっている。そろそろアップを取りに動き出す頃合いだ。

「牛島さんいると心強いですよね」
「素直でよろしい〜!」

 げらげら笑いつつ天童が立ち上がる。ちょうどコーチも立ち上がって「アップ行くぞー」と部員に声をかけ始める。アップを取るのはレギュラーと控えだけ。他の部員たちに荷物などは任せて監督とコーチについていく。マネージャーも一人入ることができるのでわたしもついていくことになった。
 緊張する。試合に出ないのに不思議だけれど、いつも大会は緊張で胸が痛くなってしまうのだ。不思議だ。頼もしい選手たちの背中を見つめて歩く。それだけのことがなんだか特別なことに思えてならない。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 アップを終え、第二試合も終わった。コート整備が終わるのを待ちつつ入り口付近で待機している。スコア表にスターティングメンバーを書き込みつつ、ふと視線を向けた先にいた白布がじっと手を見ていることに気付いた。やけにしげしげ見ているので不思議に思って観察してしまう。怪我でもしたのだろうか。アップでもテーピングはちゃんと巻いていたし、とくに接触やトラブルはなかったはず。知らないところで何かあったのかな。気になってしまって白布に近付いて「突き指した?」と聞いてみる。セッターにとって突き指は命取りだ。もしそうなら監督に伝えなければいけない。白布は突然声をかけられたことに驚いた顔をしつつ、「あ、いえ。そういうわけでは」と珍しく焦ったように言った。

「ちょっと」
「ちょっと?」
「緊張して、指先が冷えているな、と」

 照れたように言う。横顔がなんだか困惑しているようにも見えて、ふと、思い出した。トスを上げたくてここに来たので=B白布の言葉だ。そのときはセッターというポジションが相当好きなのだな、と脳天気に解釈したけれど。もしかしたら、白布にとって白鳥沢学園という場所は憧れの場所だったのかな。そんなふうに思った。県内屈指の強豪校だからとか、難関校だからとか、そういうんじゃなくて。もっともっと何か特別な場所なのかもしれない。もしそうだとしたらスポーツ推薦ではなく一般入試で入学するまで、白布はどんな思いで受験を駆け抜けたのだろう。白布の出身中学は進学校でも名門中学でもなかったはず。きっと大変だったに違いない。努力を積み重ねて今このポジションを掴んだのだろう。知っていたつもりのそれがなんだか鮮明に感じられた。だから、今白布は指先が冷えるほど緊張してしまっているのかもしれない。そんなふうに見えた。
 手をグーパーするといいよ、とか指先を揉むといいよ、とかいろいろアドバイスしてみる。白布は素直に全部試していく。よく白布のことを瀬見とか天童はかわいくない後輩だという。それはもちろん愛情があっての発言だけれど、でもわたしにとっては素直でかわいい後輩に見えるけどなあ。そんなふうにいつも不思議に思っている。

「ちょっと貸して」
「え」

 ぎゅっと白布の手を掴む。本当だ、かなり冷たい。ちょっとびっくりするくらい。いつも冷静で落ち着いているから、さっき緊張していると言ったのも半分冗談に捉えていた。でも本当のことだったんだ。意外に思いつつ両手で指先を包んでおく。わたしはさっきから妙に手が熱かったからちょうど良いかもしれない。

「あの」
「あったかいでしょ。さっきから妙に手が温くて」
「いえ、なんというか」

 言いづらそうな顔をしている白布に首を傾げる。そんなわたしを見た白布が余計に言いづらそうにして、ようやく小さな声で「ちょっと、照れるんですけど」と言った。その言葉に冷静になった。はっとして手を離して「ごめんね?!」と笑って誤魔化しておく。白布は自分の手をさすりつつ「いえ」と視線をそらしながら呟く。とても大胆なことをしたのでは。今更わたしも恥ずかしくなってしまう。

「……ありがとうございます。もう冷たくないです」
「あ、そ、それならよかった!」

 ちょうど入場許可が下りた。牛島が声をかけると続々とアリーナへ入場していく。わたしと白布もそれに続いていくと、熱気溢れる体育館に全身が震えた。


top / 07.ここが世界の中心