ちゃんババ抜き弱すぎない?」

 新幹線に乗り込んだ順に席につき、三列シートに瀬見、山形と座っていた。その前の席に座っていた天童が「トランプしよ〜」と言い出して座席を回転させて六人でババ抜きをしている。ちなみに天童の隣に座っていたのが川西と白布の二年生コンビ。若干面倒くさそうにしつつも先輩の言うことは基本的に絶対なのが運動部。仕方なく座席を回していた。その顔が面白くて瀬見が「すげー嫌がってんじゃん」と茶化したら白布が「嫌ですよ」とはっきり言うので余計におかしかった。
 かれこれ二回戦ババ抜きをやったのだけど、二回ともわたしが負けた。弱い自覚なんてない。単純に運が悪いだけだと思う。瀬見がババをことごとくわたしに回すのが悪いし、白布がことごとくババを引かないせいだから!

「賢二郎、ちゃん分かりやすい?」
「それなりに分かりやすいですよ」
「嘘、顔に出してないつもりだけどなあ」
「表情は変わりませんけど、ずっとババを見てるんですぐ分かります」
「あ」

 たしかに見てたかも! 思わずそう声がもれると山形にげらげら笑われて「そりゃ分かるだろ!」と言われてしまう。ごもっとも。白布もよく気付いたなあ。さすがセッターの観察眼。いや、関係ないかもしれないけど。
 天童がトランプを片付けつつ「インハイだねえ」となんともしみじみ呟いた。それに瀬見が「じじいかお前は」と笑う。わたしも笑ったけど天童がそう呟きたくなる気持ちも分かる。わたしたち三年にとって最後の試合ではないにしても、最後のインハイであることに変わりはない。山形も背もたれにもたれかかりながら「三年間あっという間だったな」と言うと、川西が「いや、まだ引退しないでくださいよ」と苦笑いをこぼす。

「英太くん三年間で何が一番楽しかった?」
「合宿」
「練習馬鹿〜! ちゃんは?」
「一番って言われると難しいなあ」

 一年生の夏前、練習がすごくきつくなると同時に部内がピリピリしてきて、部活に行くことがとても苦痛だった。監督の怒鳴り声が体育館にいつも響いていたし、三年の先輩も厳しい人が多かった。ボトルを出すのが遅くて三年生の先輩に怒られて、タオルを洗いながら泣いたこともある。マネージャーの先輩がいなかったから手探りで仕事の優先順位を模索したり、どうすれば早くできるか、どうすれば効率が良くなるかを自分で探さなくちゃいけなかった。それがつらくて、夏頃に辞めようとしたのだ。もともとバレーが好きなわけじゃないし。こんなに嫌な思いして続ける理由なんかないし。そう心の中で呟いたことを思い出した。
 楽しかったことしかない、なんてことはない。嫌なことも思い出したくないことも、泣くほど悔しかったこともたくさんある。それでも、今この瞬間に言うのならば。

「なんでも楽しかったよ」

 天童が黙ってじっとわたしを見る。それに少し笑ってしまう。
 マネージャーを辞めたいと山形に相談して、続けると決めたあと。山形がたぶんみんなに「マネージャー業務のフォローしようぜ」みたいに言ってくれたんだと思う。それまでも手伝ってくれていたけど、そう思ってしまうくらい過剰なフォローだったのだ。でも、同輩のみんなはきっとわたしが気付いていないと思っているに違いない。
 別にマネージャーが辞めようが、部活にとってはそこまでの痛手ではない。いなくても一年生がその仕事をやるだけ。他の運動部でマネージャーがいないところなんてたくさんある。そもそもバレーのルールもよく知らない、力持ちでもないわたしにできることなんてごくわずか。いなくちゃ困るなんてことはないはずなのだ。
 それでも、いなくちゃ困る、と言ってくれたのが今の三年生たち。そんな同輩たちとの思い出に楽しくないことなんてなかった。今となってはそう言えてしまう。

「誘ってくれてありがとね、天童」
「……俺、泣いちゃうんだけど」
「なんで泣く」
「俺も泣く」
「山形なんで泣いてるの」
「え、俺も泣いたほうがいいのか?」
「瀬見うるさい」
「あの、引退する感じの会話やめてもらっていいですか、マジで」



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 午後五時から行われた開会式が無事終わり、インターハイの間泊まるホテルにようやく到着。他の学校も泊まっているホテルでインターハイに出場する選手たちしかこの日は泊まっていないらしかった。荷物を各自部屋に置いてからホテルの一階にある大食堂で夕飯をとり、ホテルの設備について説明を受けた。それからようやくこの日は自由時間となった。
 ホテルの六階部分が白鳥沢学園ともう一校だけで埋まっており、選手たちは二人一部屋で適当に振り分けられているという。ちなみにわたしはシングルの角部屋で、隣は牛島と天童の部屋だ。その隣には大平と瀬見がいるとかなんとか。仕方ないとはいえ一人部屋ってちょっと寂しいな、とか。
 荷物をベッドの端に置いて諸々部屋を物色してからベッドで休んでいる。お風呂は大浴場が男女ともにあるらしいけど、入りに行く元気がないし部屋に備え付けてあるもので十分だ。一人で行ってもあれだし。そんなことを考えて一息ついていると、ちょっと眠たくなってきた。すでに目覚ましはセット済みだし、最悪寝落ちしても起きられる自信はある。一眠りしてからお風呂に入ればいいか。そうあくびをこぼして本能のまま目を瞑った。

ちゃ〜ん!」

 ドアがノックされる音。はっと目を開けて「はいはい」と返事をしつつ目をこする。天童、何の用だろう。明日の確認か何かあるのかな。鍵を開けて隙間から顔を出すと、天童と牛島がいた。天童はともかく牛島がいるということはやっぱり明日の確認か。そう予想しつつ「どうしたの?」と首を傾げる。

「襲撃しに行くよ」
「……は?」
「ノリの悪い後輩を襲撃しに行くよ!」
「やめてあげなって……」

 とは言いつつも、天童に引っ張られるとどうしようもない。牛島も走りに行こうとしたところ監督にNGを出され、部屋でじっとしているところを天童に連れ出されたらしかった。天童は大平や瀬見、山形も引っ張り出してきてにこにこ笑ってとある部屋の前で止まる。そうしてこそこそと何か話して、なぜか天童ではなく牛島がそのドアをノックした。「いるか」と牛島が声をかければガタガタッととんでもなく慌てた物音が聞こえた。そのあとで川西が「います! めちゃくちゃいます!」と焦った声で言うのが聞こえてくる。そりゃそうだ。主将だとかなんだとかは置いておいて、牛島が部屋を訪ねてくるなんて誰が想像するだろうか。それに天童が声を殺して笑う中、ドアが開く。

「何かありまし、た、か……」
「お邪魔しま〜す!」
「ウワッ……」
「太一いまお前ウワッつったな?」

 わらわらと川西と白布の部屋に入っていく三年生に苦笑いをこぼす。どんまい。天童をはじめ三年生たちは何かとノリが悪い二年生コンビをからかうことが好きらしく、よくこんなふうにしているのだ。愛があるからこそとはいえ、可哀想に。完全に牛島が来ると思って身構えていたらしい白布も「は?」とちょっと間抜けな顔をしていた。

「いやいや、いやいや……狭いんですけど……」
「こっち太一のベッド? ポテチ食べて良い?」
「だめに決まってんじゃないですか……」
「白布、お前参考書持ってきたのか?! 課題も?!」
「勝手に触るのやめてもらっていいですか」
「ほどほどにしときなよ〜」
「大平さんとさん、どうして止めてくれなかったんですか……」

 そうは言われましても。大平と二人で苦笑いをしておく。川西も白布もげんなりしつつ適当に先輩をあしらっている。たぶんそういう反応をするから面白がられるんだと思うけどな。ただ二人とも一応牛島がいるからなのかいつものキレがない。牛島も牛島でとくに帰ることなく天童と話し出しているし、結構カオスな空間になっている。
 そこから天童が持ってきたお菓子を食べつつのトランプ大会になる。死んだ顔をした川西と白布も強制参加させられ、あとから来た他の部員も交ざると部屋はぎゅうぎゅう状態だ。王者だのなんだの言われつつ、普通の男子高校生的ノリで騒いでいる姿を見るとなんか安心するな、なんて思ってしまう。とくに牛島は大人びているというかなんというか。こんなふうにワイワイしている輪にいる姿を見ると母親みたいな気持ちになる。
 人数が多いので大平と一緒に見る側に回って、部屋にある椅子に座って話をした。明日の日程のこととか会場のこととか。ワイワイと楽しげなトランプを見ながら。しばらくすると大平がお手洗いに立った。一つ息をついたら肩の力が抜ける。会場までの移動と開会式だけだったけど緊張していたのかもしれない。そんな自分をちょっと笑うと、急に眠気がきた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あれ、ちゃん寝てない?」

 トランプが終わり、天童さんがコンビニに行きたいと言い出した。監督からもホテルのそばにあるコンビニはいつ行っても良いと言われているので、他の部員もそれについて行くことになった。とくに欲しいものがない俺は部屋に残ると言ったところで、天童さんが小さな声で瀬見さんに話しかけていた。

「マジだ。寝てる。おーい?」
「俺がトイレから戻ってきたときにはもう寝てたよ」
「結構移動しんどかったしね〜。起こすの可哀想だけど起こそっか〜」

 天童さんがさんの名前を呼びつつ肩を揺さぶる。頭を軽く叩く。それを何度か繰り返すけれど一向に起きる気配がなく、牛島さんが「抱えるか」と言い出すと「それはさすがに」と山形さんが苦笑いをこぼした。

「いいですよ。俺コンビニ行かないですし。起きたら言っておきます」
「……賢二郎もしかして、いかがわしいこと、」
「しないです。人聞きの悪いこと言わないでもらっていいですか」
「冗談だよ〜ん」

 「じゃ、よろしく〜」と言い残して続々と先輩たちが出て行く。太一も奢ってもらおうと思っているのかついて行った。騒がしい時間だった。勘弁してほしい。長時間の移動と開会式だけとはいえ結構疲れているというのに。
 一気に静かになった部屋にさんの寝息だけが聞こえている。正直普通に考えてあまり良くない状況なわけだけど、まあ寝てしまったものは仕方ない。座ったままの変な体勢で寝ているしそのうち起きるだろう。眠っているさんの顔を見つつそう思っていた、瞬間。「はっ?!」とさんがまぬけな声を上げて顔を上げた。

「ん? ん?! へ? ん? 部屋? 夢? え、なに? ここどこ?」
「……ぶっ」
「え、あ、白布?!」
「ちょ、笑わせないでください。めちゃくちゃ寝ぼけてるじゃないですか」
「……え、わたし寝てた?!」
「寝てましたよ。結構序盤に。あと天童さんたちはコンビニに行きました」

 恥ずかしそうに顔を赤くして「なんかすみません」と謝られた。さんは首を回して一つ伸びをする。それとほぼ同時に、髪を結んでいたゴムが緩んでいたのか、ぱさっとさんの髪が広がった。

「え?! 髪ゴム切れた?! 縁起悪すぎるってもう……」
「切れてないですよ。足下に落ちてます。抜けただけじゃないですか」
「あ、本当だ。よかった〜」

 本当にほっとした様子でそれを拾い上げる。口で軽くくわえて髪をまとめると慣れた手つきで結んだ。俺は一生やらない動作だけど、素直に器用だなと感心する。女子は誰でも普通にやっている姿を見るけど。ふとそんなことを考えて、そういえば、と思い出す。

「あれ、付けるのやめたんですか」
「……なんだっけ?」
「頭に付けてたやつです。この前落としてた」
「ああ、ヘアフックのことね。体育館に落として誰かが踏んでもまずいし」

 さんはへらりと笑って頭をかいた。天童さん曰く、一年生のときは短かったらしい髪。結ばれているそれが少し揺れてさんの肩に当たった。伸ばし始めてから一度も切っていないらしい。さん本人が言っていたけれど、昔はずっと短くしていたそうだ。今が人生で一番髪が長いかも、と笑っていたことを思い出す。
 さんが椅子から立ち上がる。時計を見て「あ、結構な時間じゃん」と苦笑いをこぼす。さんが眠ってからはそこそこ時間が経っている。太一たちが出て行ってからはまだ五分も経っていなかったけど。

「長居してごめんね。お邪魔しました〜」
「いえ。できたら今後は天童さんたち止めてください」
「ぜ、善処します……」

 分かりやすい苦笑い。さんもどうせ天童さんに引っ張られてきたんだろうし、流れ弾もいいところだ。内心同情しつつ「お疲れ様です」と声をかける。さんはそれに小さく笑って出て行った。


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