七月二十八日。いよいよインターハイを二日後に控え、白鳥沢学園男子バレーボール部は大会日程の確認を行っている。大会パンフレットとコーチが自作した日程表を見ながらコーチの話を聞いている。
 今年のインターハイ開催地は北信越だ。男子バレーは富山県の体育館で行われる。明日の開会式に出席するためにお昼前に新幹線に乗る予定だ。コーチ曰くはじめはバレー部専用バスで向かうことを検討していたそうだが、走行時間が十時間近くなることと走行距離がバス移動の限界ギリギリだったことから断念したという。新幹線代はかなりの金額になる。大人の事情と戦いながら諸々調整を頑張ってくれたのだろう。そのおかげで新幹線と電車を乗り継いで大体五時間もあれば到着する予定になっている。個人的にはそのほうが有難い。

「体育館って氷見なんでしょ? 氷見うどん食べたいな〜」
「俺肉がいい」
「北のほうだからあんまり暑くなさそうで助かるわ」
「それ宮城県民が言う?」

 楽しげな会話。それを笑いつつじっとパンフレットを見てしまう。これが最後のインターハイなんだな。じわりと実感が湧いてきた。今のところ三年生全員が春高まで残る意思をすでに決めているから引退試合というわけではない。それでも、なんだか感傷的になってしまう。
 一年生のとき、同じクラスだった天童に誘われてはじめたマネージャー。最初は練習の厳しさに尻込みしたし、監督は怖かったし、なんなら牛島のことも怖かった。バレーのルールなんてちんぷんかんぷんで、同輩のみんなにはいろいろ迷惑をかけたっけ。体力に自信があるわけでもなく、特別スポーツが好きなわけでもない。誘われたときにどうして「いいよ」と言ったのか、今では一つの謎になっているほどだ。
 正直、一年生の夏頃に辞めようとしたことがある。そのときはわたしが悩んでいることに気付いてくれた山形が話を聞いてくれたっけ。山形は頭ごなしに辞めるなとも頑張れとも言わなかった。わたしの話を聞いてから、「しんどいなら止められないけど、できれば続けてほしい」と言ってくれた。その言葉があったから、なんとか続けたのだ。
 そのあと山形がこっそり話したのか、同輩たちが過剰なくらいマネージャーの仕事を手伝ってくれるようになった。その姿を見て本当に必要としてくれているのだ、と嬉しくて。みんなの姿を見て、頑張らなきゃって思えた。今となっては情けない話で笑い話だ。そんなことがありつつも三年生まで続けられたのは、ここが白鳥沢学園男子バレーボール部だったからだと思う。本人たちには言わないけど。

「持ち物の確認は、頼んだぞ」
「はい」
「一年生で荷物は分担、できるだけ負担を少なくするように」

 昨日の夜にすでに振り分け表を作ってある。とはいっても持ち物はそんなにないのだけど。保冷バッグと救急セット、テーピングなどの道具入れ、部旗くらいなものだ。ウォータージャグやボトルは持っていかないのでかなり助かる。飲み物は現地調達ということになっている。部活からの支給ももちろんあるし、現地でコンビニなりなんなりで各自調達するというのがいつものパターンだ。
 まず一年生にじゃんけんしてもらって大きい保冷バッグ二個を二人で分担して、と思っていたのだけど。一年生三人が自分から手を挙げて「持ちます」と言ってくれた。こういうのって大体嫌がられるので振り分けが大変なはずなのだ。去年も一昨年もそうだった。じゃんけんして決めようとしたけど、今の二年生たち、三年生たちも何人かが率先して引き受けてくれたのだ。なんならわたしが持つものがないくらいに。まさか三年連続でこんなに嬉しい気持ちになるとは。そう笑うと一年生たちが不思議そうな顔をした。
 当日紛失などのアクシデントが起こらないよう、誰が何を持っているかを紙に書いておく。それをコーチにも渡して分担は終了。保冷バッグを一年生二人に一つずつ渡し、もう一人立候補してくれた一年生には救急セットをお願いした。残りのテーピングなどの道具入れ、部旗も一年生が持つというのでわたしの手元には何も残らない。マネージャーなんだけどな。そう苦笑いしつつ有難くお願いすることにした。
 片付けが終わり、部員たちは部室へ戻っていく。わたしも更衣室に向かって着替えて帰宅だ。一応マネージャーとしてバレー部に所属はしているけれど、選手と違って寮に入ることはできない。着替えが終わったら普通の生徒と同じように下校する。バレー部は練習時間がかなり長いし、休日もほとんど練習で埋まっている。帰る頃にはもう真っ暗、というのがほとんどだ。つくづく家が近くてよかったといつも思う。
 更衣室から出て暗くなりつつある空を見上げる。夏だからまだ明るいけれど、冬だと本当に暗くて怖いんだね。そう苦笑いをこぼす。よく「コンビニに行くついで」とか言って、本当は外出禁止時間なのに途中まで天童が送ってくれるんだよなあ。そんなことを思い出しつつ正門を通り過ぎる。

さん」
「うわあっ?!」

 素っ頓狂な声が出てしまった。ばくばくうるさい心臓を押さえつつゆっくり振り返る。自分の荷物を持った白布がいて、余計に驚いた。声が白布みたいに聞こえたけどまさか白布なわけないよな、と思っていたから。白布は部室から走ってきたのか少し息が上がっていて、額に浮かんだ汗を鬱陶しそうに服の袖で拭った。

「これ、さんのですよね」
「え……あ、わたしの髪飾り!」

 白布の手の中にあるヘアフックにまた驚いた。思わずポニーテールの根元に手を持っていくと、朝付けたはずのそれが付いていなかった。いつの間にか取れてしまっていたのだろう。白布曰く体育館の入り口に落ちていた、という。更衣室に向かうときに緩んでいたせいで落ちたのかもしれない。誰かが踏んだら滑って転んだりしたかもしれない。拾ってもらえてよかった。そう思って受け取りながらお礼を言うと、白布は「いえ」と言った。
 なんとなく髪ゴムで結んだだけだと寂しくて、差し込むだけだし簡単だからと使っていたのだけど。落ちてしまうならやめたほうがいいな。もともと部活にアクセサリーなんていらないわけだし。反省しながら鞄にしまう。もう一度白布にお礼を言ってから「じゃあ、また明日」と手を振る。

「途中まで送りましょうか」
「え?!」
「いや、結構暗くなってきたんで」
「いいよ! 大丈夫大丈夫! それに外出禁止時間なんでしょ、寮」
「まあ、はい。分かりました」

 白布は「お疲れ様でした」と言って背中を向けた。気を遣ってくれた、んだよね。それにまた驚きつつわたしも背中を向ける。白布ってそういうこと言うタイプだと思わなかった。失礼な話かもしれないけど。それにしてもちょっと、どきっとした。天童とか瀬見とかに言われるときとちょっと違うというか。なんだかとても特別なことだったように思えてならなかった
 最寄り駅まで歩いていく。夕日が眩しく色を滲ませる空に鳥が飛んでいる。その影を見つめて目を細める。とても良い夏になる。そんな確信が、勝手に笑顔になってあふれ出た。


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