あの日以来、賢二郎とは一切顔を合わせなくなった。 絶対来ない電話やメールを期待するのも嫌で、賢二郎の番号とアドレスだけ着信拒否してやった。 どうせあいつは部活と勉強で忙しくて私のことなんか思い出すことなんかない。 だったら私だってあいつのこと、思い出してなんかやらない。 そう思うのに。
 夏休みも終盤。 暑さはまだ少し残っているけれど、だんだんと近付く新たな季節。 私にとっては最後かもしれないそれにどうしようもなく寂しい気持ちになるけれど、やっぱり寂しいのは私一人だけだった。



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 夏休み最終日。 課題はとっくに終わっている私は無心で受験勉強をしていた。 一応決まった志望校の過去問だの問題集だのをただただ無心で解き続けている。 こうしているときが一番穏やかに過ごせる。 目の前にある英文だの古文だの数式のことだけを考えていればいいから。
 がりがりシャーペンを進めて数時間くらいだろうか。 ふと窓の外に目をやるともう暗くなってきている。 あいつ、そろそろ部活終わって帰ってくるころか。 はっとして頭をぶんぶん振る。 ほら見ろ、ちょっとでも問題集から目を逸らすとこれだ。 自分のことがこの数日間でとんでもなく嫌いになっていく。 なんであんなやつのことなんか思い出すの。 あんなやつがいつ帰って来ようがどうでもいいのに。 ……またあいつのこと考えてるし! むかむかしてきて勢いよくノートに消しゴムをかけたらびりっと破れた。 これもそれも全部あいつのせいだ!
 そのとき、玄関の戸が開いた音が聞こえた。 家族はみんなもう家にいたけど、誰だろうか。 おばさんかおじさんが遊びに来たのだろうか。 でもチャイムも鳴ってないし、私が気付かない間に父か母が外出していたのかも。 いや、それとも今から外出するのかも。 まあ、どうでもいいけど。 そう思って集中し直してシャーペンを再び動かし始める。 けれど、それはすぐに遮られた。 玄関から入ってきたらしい人物はどうやら階段をあがってきている。 母だろうか。 何か差し入れでもしてくれるのかも。 若干待つように部屋のドアを見つめていると、思った通り足音が私の部屋のドアの前で止まった。 じゃあ次は「、おやつ食べる〜?」かな。 あ、その前にノックか。 予想しつつ待っていると、ノックもなしに勢い良くドアが開いた。 あまりの勢いの良さにきょとんとしてしまう。 ドアの向こうにいたのは、くそむかつくやつだったのだから余計にだ。

「おい」
「……なに? ノックくらいしなよ……っていうか、何しに来たの」
「行くぞ」
「は?」

 ぽろ、とシャーペンが指から滑り落ちる。 ずんずんとノックもせずに入ってきやがった賢二郎は、がしっと私の手首をつかんで「いいから行くぞ」としか言わない。 意味が分からない。 というか、行くってどこに? 何を聞いても何も言わない賢二郎は派手に舌打ちをしたのち、「行くぞって言ってんだよ!」となぜかキレた。
 え、なにこれ、もしかしてだけど、遊びに誘ってんの? 子どものころの私はよく賢二郎をこうやって連れ回した。 「行くよ!」って賢二郎の手をつかんで「どこ行くんだよ」という問いかけには「ないしょ!」としか言わなかったっけ。 もしかしてだけど、それの真似? ただの恐喝にしか見えないけど。
 賢二郎はずるずると私を引きずりつつ、その辺に置いてあった私の携帯と上着を手に取る。 そうして部屋のドアをしめたのち階段を下りていく。 玄関に向かう前にうちのリビングに顔を覗かせて「おじさん、おばさん、借りてく。 夕飯までには返すから」と声をかけた。 私の両親はなんだか驚いた顔をした。 そうして母が「あら、珍しい。 いいのよ返さなくても〜」なんて茶化す。 それに賢二郎は「ん」と短く返事をするとリビングのドアを閉めた。 そうして私のことを引きずって玄関にたどり着くと、ようやく手を離した。 靴を履け、ということらしい。 持っている私の携帯と上着を投げるように私に渡す。 自分の靴を履いてからこちらに顔を向けて「何してんだよ」とまた舌打ちをした。

「いや……何してんだよはこっちのセリフなんだけど」
「お前俺のこと着拒してるだろ」
「してますけど〜? え、なに、賢二郎、解除してほしいんだ? 着拒悲しかったんだ?」
「だったらなんだよ」

 賢二郎の顔が向こうを向く。 驚いたまま固まっていると「いいから早く靴履けよ」と急かされた。 「あ、うん、ごめん」と思わず答えてしまうと、賢二郎は先に玄関の戸を開けて外に出た。 急いで靴を履いて私も外に出る。 賢二郎が私を少し振り返って「上着」とだけ言ったので急いで着ておいた。 そういえばタンクトップだったことを思い出して、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまう。
 行く場所も言わないままに賢二郎が歩き出すので仕方なくついていく。 賢二郎もこんな気持ちだったのかな、と思いながら。

「ねえ、どこ行くの?」
「…………」
「ねえってば」
「うるせえ」

 そこ、「ないしょ」って言いなよ。 ちょっと苦笑いしつつ、黙ってついて行ってやることにした。


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