本当に引っ越しちゃうの?!」
「絶対連絡するからたまには遊びに帰って来てよ〜?!」

 登校するなり仲の良い子がそう声をかけてきた。 それに苦笑いをこぼして「なんかお父さんが勝手に決めちゃって」とおどけるしかできない。 私たちのそんな様子にそれなりに親しい男子たちも「えっ東京行くの? マジで?」と関心を寄せてきた。 口々に訊かれる質問に曖昧に答えていると、仲の良い子が一人「でもさ」と笑った。

「いいなあ、東京。 うらやましい」

 その子がそう言うとみんなが一気に話の方向性をそっちに持って行った。 「東京観光し放題じゃん」、「テレビで観るお店とか行けるし」、「芸能人とすれ違っちゃったり?」、「いいなあ、私も行きたい」。
 じゃあさ、私の代わりに行ってきてよ、東京。
 なんて言えるわけもなくへらへら笑って「でしょ〜」とだけ返しておいた。 そりゃあこんな田舎にはないようなものがたくさんある大都会に憧れがないとは言わない。 けれど、いくら憧れていたって。 今ある大切なものがない都会になんか、私にとっては価値はないのだ。 テレビで観るお店なんかより、芸能人なんかより。 私にとっては、この田舎にあるものの方が、輝いて見えてしまっているのだ。

「邪魔なんだけど」
「うお、白布! 悪い悪い」

 いつの間にか教室の入り口を塞いでしまっていたらしい。 登校してきた賢二郎がなんだか呆れたように男子たちに「はよ」と声をかける。 今日は不機嫌らしい。 男子たちもその様子を悟ったらしく、変に声はかけずに「おはよ〜」とだけ返事をした。 けれども、女子たちはそんなことなどお構いなしだった。

「白布くん知ってた? 引っ越しちゃうんだよ!」
「……知ってるけど」
「二人って幼馴染なんでしょ? 寂しいよね〜」

 その問いかけにどきりと動く心臓が死ぬほど嫌いだ。 賢二郎は何も知らずに馬鹿なことを口にした私の友達をじっと見たあと、少しだけ私の顔を見た。 でもすぐに目を逸らすと、肩にかけている鞄のショルダーベルトの位置を直しつつ、一つ息を吐いた。

「別に」

 静かな声が一瞬で消える。 賢二郎はそのまま何もなかったように自分の席へ歩いて行き、ごくふつうに着席した。 それを見て友達はみんな「白布くんってやっぱ冷たいよね」と苦笑いをこぼす。 賢二郎は入学当初こそ、その中性的な顔立ちから女子たちにはそこそこ人気があった。 けれども、顔に似合わないその性格と、どうにもきつい物言いから今では寄り付く女子はあまりいない。 さっぱりしている性格から男子たちの輪には溶け込んでいるようだけれど。 まあ、良くも悪くも素直なやつなのだ。
 友達に「大丈夫?」となぜか心配をされた。 それに笑って「へーきへーき、あいついっつもあんな感じだし」と返しておく。 そこでちょうどチャイムが鳴ったので全員自分の席へ戻っていった。
 別に、かよ。 斜め前に座っている、ぴんと伸びた背筋を睨みつける。 かける言葉も何もないっていうことね。 むかむかする喉の奥を鎮めるように鼻から息を吸って口から吐き出す。 それでもなお、当たり前のように伸びた背筋がむかついて、むかついて。 平気、平気。 本当にあいつ、いっつもあんな感じだし。 賢二郎はいつだって優しくない。 いつだって、私を振り返らない。 私が引っ越すと聞いてもきっと、鬱陶しいやつがいなくなる、っていうくらいにしか思わなかったんだ、どうせ。
 こんなにも離れがたいのは、絶対、私だけなのだ。


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