「進路は前のまま、白鳥沢でいい?」

 担任の声が教室に響く。 中学三年の受験生だけが三者面談を行う日なのだが、憂鬱でたまらないのは私を含めみんな同じなのだろう。 先生の問いかけに対して母が私の代わりに答える。 「実は卒業後に東京に引っ越すことになって」。 先生はそれに驚いたように「では高校も東京に?」と母に質問をした。 母が当然のように頷くと先生は「希望校が決まったら教えてね」と私に笑いかけた。
 県内有数の進学校である白鳥沢学園への志望を伝えたのは前の三者面談のときだった。 偶然にも、本当に偶然にも、幼馴染も白鳥沢学園を志望していたのを知ったときは驚いたものだった。 そのときは幼馴染の家で晩御飯をご馳走になっていて、「あらあらまたいっしょね〜」なんておばちゃんに笑われたっけ。 「真似しないでよ」と言ったら幼馴染が「真似したのはお前だろ」と好物のしらす丼を食べつつ呟いたのを覚えている。 真似なんかしてない。 白鳥沢学園を狙える学力があるから、と先生に勧められて選んだだけだし。 別に、あんたが行くから選んだわけじゃ、ないし。 ぽつぽつとそう言い返したら「そうかよ」とだけ言って、それきり黙ってしまったんだよなあ。
 母と二人で教室を出る。 母が調べたらしい高校のことをいくつか言ってくるけれど、頭に入って来ない。 白鳥沢、行くつもり満々だったのに。 がんばって勉強していた時間がすべて無駄だったみたいに思える。
 下駄箱のところでうっかり幼馴染とおばさんに遭遇してしまう。 母とおばさんは仲が良いのですぐに立ち話になってしまって、私と幼馴染は無言のままそっぽを向いて時間の経過を待つしかない。

「賢二郎くん、白鳥沢に行くってことは寮生活になるの?」
「その予定なのよ〜。 親としてはねえ、不安だけど……」
「賢二郎くんはしっかりしてるから大丈夫よ〜」

 ねえ、と母が私に話を振る。 びくっと肩が震えてから「え、ああ、うん」と素っ気ない返答をしてしまった。 なんで私に振るの。 内心母にイライラしつつも、おばさんが私に話しかけてくるので話さずにはいられない状況になってしまった。

ちゃんが一緒の高校なら安心できたんだけどねえ、残念だわ」

 おばさんがそう苦笑いをこぼす。 私も苦笑いをこぼしつつ「そんなことないよ」と返しておく。 じろりと黙りこくったままの幼馴染、賢二郎の顔を見るとそっぽを向いたまま興味なさげにしていた。 なにこいつ、嫌な感じ。 むかむかしている私におばさんが「引っ越しても賢二郎と仲良くしてね」と笑いかけてくる。 一瞬だけ黙ってから笑顔を作る。 おばさん、それ、息子に言った方がいいと思うよ。 内心そう呟きつつも口では「うん」と言っておく。 仲良くする気がないのは賢二郎の方だよ。 私のことなんかどうでもいいって顔に書いてあるし。
 むかむかしたまま白布家と別れ、学校を出た。

「引っ越すこと、もう友達には話したの?」
「……一応」

 みんな悲しんでくれた。 「メールするね」、「遊ぼうね」、「どこの学校か教えてね」。 そう言って別れを惜しんでくれた。 どこかの誰かと違って。 車に乗り込んで鞄から携帯電話を出す。 メールも何もない。 別に期待したわけじゃない。 期待したって無駄なんだから、意味のないことはしないのだ。
 いつだってやっぱりそうなのだ。 むかむかするのもイライラするのも。 全部私だけ。 こんなにも、こんなにも、あいつのことを祈ったり願ったりするのは、私だけなんだ。 なんであんなやつのこと好きなんだろう。 好きじゃなかったらこんなにイライラしないのに。 我ながら見る目がなさすぎる。 絶対こっちを見ないようなやつを好きになるなんて。 本当に、間抜けなやつだ。


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