こどもに戻りたいと何度願ったか分からない。 ふりふりのかわいいワンピースを着て、おかあさんにねだって髪をみつあみにしてもらって、好きな男の子に恥ずかしげもなく「おおきくなったらけっこんしようね!」と無邪気に言うような。 こどもの私はそんな女の子だった。 ふりふりのかわいいものが大好きで、きらきらなきれいなものが大好きで。 なんでもかんでも欲しがっては無くして泣いていたっけなあ。 でも、数日経ったら無くしてしまったことをころっと忘れちゃうんだ。 悲しいけれどそんなこどもだった。 私という人間は。

「え、引っ越し……?」

 中学校から帰ってくると、父親から聞かされたのは衝撃的な話だった。 父親の仕事の都合で引っ越さなければいけないというのだ。 引っ越し先は東京。 だから高校は東京の学校にしてほしいと言われた。 受験まで丸一年時間はある。 けれど、そうだとしても。 そんなのあまりにも突然すぎる。 でも、中学生の私が、それに逆らえるわけもなく。 ぎゅうっと拳を握ってうつむく。 絶対に「分かった」なんて言いたくなかった。 仲良しの子たちと高校楽しみだね、って話をしてたのに。 志望校を決めて勉強を頑張り始めたところだったのに。
 結局父親にも母親にも何も言わないまま自室へ戻る。 中学卒業までは引っ越しをしないとは言うけれど、そういうことは問題じゃない。 引っ越ししたくない。 ここから離れたくない。 友達と離れたくない。 それに、幼馴染の、ちょっとむかつくけど、どうも気になるやつ、とも、一応、離れたくない。 頭でぼそぼそ呟く。 机の上に置きっぱなしにしていた携帯電話を手に取り、メールの画面を開く。 宛先にちょっとむかつく幼馴染のアドレスを入れてぽちぽちとメールを打つ。 まだ部活をしているだろうか。 それとも今日は休みだっただろうか。 送信ボタンを押してからまた携帯電話を手離す。 返信をくれなくてもいいや。 それくらいの気持ちでいた方がマシだ。 あいつ、返信くれないときの方が多いし。
 人間には二種類いると思う。 一つは欲しいものを欲しいと素直に言える人。 もう一つは欲しいものを欲しいと素直に言えない人。 私は見事にその後者にいるわけなのだけれど、これはなかなか厄介なものだと自分で思う。 欲しいと言えない人は結構な確率で損をすることが多いし、結構な確率で悲しい思いをする。 今までずっとそうだった。
 一番よく覚えているのが小学生のときにやったクラス劇の配役だ。 シンデレラをやることになった私のクラス。 王子様とお姫様、いじめっ子の継母たちや魔法使い。 たくさん役がある中で私はもちろんお姫様に憧れがあった。 けれど、私と同じようにお姫様をやりたがる女の子は多く、じゃんけんで決めることになったのだけど。 先生が「お姫様やりたい人〜」とクラス中に響き渡る大きな声で聞いたとき、私、手を挙げられなかったんだ。 手を挙げなかった子は少なかった。 挙げたって別に変なことはない。 けれど、どうしても、私は手を挙げられなかった。 王子様がちょっとむかつく幼馴染だったというのに。 結局私は魔法使いの一員のねずみの役だったなあ。
 思い出に浸っていると、携帯電話が鳴った。 今回は返信をくれたらしい。 少し意外に思いつつ携帯電話を手に取る。 届いたメールを開くと、絵文字も顔文字も何もない相変わらずシンプルなメールが届いていた。

「……本当むかつくなあ」

 引っ越しするかも、そんな一言だけのメールへの返信は、元気でな、の一言だけだった。 するかも、って言ってんじゃん。 引っ越すって言いきってないじゃん。 そこはもっとこう、え〜そうなの?、みたいに驚くでしょふつうは。 どこに引っ越すのかとか聞かないわけ?
 むしゃくしゃしてきて返信はしなかった。 なんて返したらいいのか分からなくて。 元気でな、って。 なにそれ。 そんな一言で終わっちゃうんだ。
 家がすぐ近くにあって、親同士が元同級生。 そういう関係にあった私と幼馴染は当然のように昔からいっしょにいた。 どちらかの親が留守にするときはどちらかの家族が子どもを預かるのが当たり前なくらい家族ぐるみで仲が良い。 まるで本当の家族のように仲が良かったし、私自身子どものころは幼馴染のことが一等好きだった。 何をやるにも幼馴染を誘って連れ回したし、幼馴染がどこかへ行くと言えば勝手についていった。

「ちょっとくらい……寂しそうにしてよ……」

 むかつく。 昔からいつもそうだった。 寂しいのも嬉しいのも、好きなのもぜんぶ私だけ。 私だけなんだ。 ずっといっしょにいたからって同じ想いになるわけじゃない。 そんなことは分かっているのに。 分かっているけど、そうであってほしいと思ってしまう。
 それが恋なのだと気が付いたのはつい最近のことだったのだから、本当に、間抜けなやつだと思う。

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