土曜日。練習試合終わりにバレー部は今日の練習は終了となったのだけど、結構な人数が自主練習で体育館に残っている。もちろんマネージャーはもう帰ってもいいのだけど、どうしようかなと悩みつつ同輩たちと体育館の隅に座っておしゃべりをしていた。
 あかりちゃんが外から戻ってくると、わたしの隣に座った。にこにこ笑って「さん、ちょっとやってみたいことがあるんですけど」と言うので、わたしもにこにこしながら何かと聞いてみる。すると、あかりちゃんはかわいらしい花柄のポーチをわたしに見せてくる。それは一体? はてなを飛ばしていると「何色が好きですか?」と聞かれた。あかりちゃん、文脈がよく分からないよ。かわいいから何でも良いんだけど。
 ちょっと考える。好きな色、か。最近よく着る服は地味な色ばかりだ。かわいい色を着たり持ったりするのが恥ずかしくて避けているから。ブラウンとかグレーとか。そういう落ち着いた色のものばかり増えていくから苦笑いをこぼしてしまう。自分に似合う色だとそういう暗い色だし、かわいい色が好きだと思われるのも恥ずかしい。そう思って「グレーかな」と答えた。
 あかりちゃんがきょとんとした。おや、お気に召さなかっただろうか。そんな反応を想像していなかったので少し驚いた。どうしようかと思っていると、二年部員の一人が「お前好きな色までかわいくねーな」と笑う。悪かったわね。そう笑って頭を叩いておく。そんなわたしの横に突然しゃがんで、わたしと一緒にあかりちゃんのポーチを覗いたやつが一人。

「赤とかピンクが好きだろ」
「……突然現れるのやめて、びっくりするから」
「元から近くにいたけど」
「白布先輩、そうなんですか?」
「大体なんか買うとき、赤系のものと灰色とか茶色で悩んで結局地味なほうにしてる」

 突然現れて勝手に人の趣味趣向を暴露しはじめた白布にちょっと警戒してしまう。今までこういうとき、首突っ込んで来なかったくせに。今度は何をしでかすつもりなんだろう。そう思っているわたしになど気付かないままあかりちゃんとわたしの話をしている。なんなの、本当に。わたしと同じように二年部員もちょっと面食らったような顔をして白布を見ていた。
 なぜだかあかりちゃんと白布がわたしの話をしている光景を、間抜けに見ている。え、何の時間なのこれ。不思議に思いながら様子を伺っていると、急にあかりちゃんがわたしに視線を戻す。ポーチと一緒に持っていたスマホを見せてくると「これ、練習させてください!」と言った。これ。スマホの画面に映っているのは、人気のアニメ映画のヒロインがやっていそうなかわいいヘアアレンジのやり方動画。あかりちゃん曰く、自分の髪の毛ではいくら練習してもよく分からなくなってしまうというのだ。
 ちょっと興味はある、けど。練習台とはいえ、これ、わたしに絶対似合わないと思うなあ。でもあかりちゃんがせっかく珍しくお願いしてきたから協力したい。少し葛藤はあったけど「いいよ」と答えた。あかりちゃんが嬉しそうに「やった! ありがとうございます」と言うからわたしまで笑ってしまう。かわいい。なりたかった女の子そのままだなあ、本当に。
 スマホはわたしが持って、あかりちゃんがわたしの髪の毛を器用に分けたり編んだり、何が起こっているのかよく分からない。ときどき動画を止めて巻き戻したりを繰り返す。あかりちゃんも途中で一旦全部ほどいたり直したりしつつ口数少なく真剣にわたしの髪の毛で練習をしていた。
 そんな様子を二年部員数人が「はー」とか「器用だなー」とか呟き、感心しつつ見ている。白布も同じようにわたしの髪をじっと見ていた。今日は変なことを言い出さなさそうだ。ちょっとほっとした。そんなふうにして話をしながらあかりちゃんのスマホを操作しているうちに、あかりちゃんが嬉しそうな声を上げた。

「できました!」
「お~」
「すげー。めちゃくちゃ本格的じゃん」

 あかりちゃんが嬉しそうに一息ついてから、さっき見せてくれたポーチを開けた。その中をわたし、じゃなくて白布に見せると「どれがいいと思いますか?」と聞いた。なんで白布に? さらに不思議に思うわたしを置き去りに、白布がポーチの中を覗き込む。少し考えてから「これ」と何かを指差した。あかりちゃんが満足げに「は~い!」と取り出したのは、真っ赤なかわいらしいリボンの髪飾りだった。わたしの意見は聞かれぬままにあかりちゃんが手際よくそれを結び目に付けると「かわいい~!」と嬉しそうな声で言った。
 あかりちゃんがスマホで写真を撮って見せてくれた。すごい、あんなに難しそうだったのに綺麗にできてる。器用なんだなあ。感心していると、二年部員が「花城さんがやったらかわいいのにな」とか「じゃな~」とか、いつも通り茶化してくる。分かってるってば。わたしが誰よりも自覚してますよ。内心少し拗ねながらいつも通り笑って言い返してやろうと、したのに。

「いや、かわいいだろ」

 しーん、と静かになるわたしと二年部員たちを放ったらかしに、あかりちゃんが「白布先輩、もっと言ってください」とちょっと怒ったような顔で二年部員を睨んだ。あかりちゃんに睨まれてしまうと二年部員たちはそれ以上は何も言えないらしく。なんだかバツが悪そうに「ごめん」と謝ってきた。いや全然気にしてないよ。そう返そうかと思ったけど、気にしていない、ことはない。苦笑いをこぼして「特別に許してあげる」と返しておいた。
 「お~」と頭の上から声が聞こえた。川西だ。あかりちゃんの後ろから覗き込むようにわたしの髪を見て「これはまた大作だな」と言う。あかりちゃんが「練習させてもらってるんです」と楽しそうに言うと「もうプロなんじゃないの?」とけらけら笑った。
 じいっと、見てくる視線が、痛いんですけど。白布。目をそらしながら内心でクレームをつける。それが白布に伝わるわけもなくなぜか見られたままだ。どうせ物珍しいからだろうけど、さすがに恥ずかしい。こういう話題の中心にいることに慣れていないから居心地が悪い。そう思っていると三年の先輩たちまで「何してんの?」と集まってきてしまう。自主練、自主練をしましょう皆さん。たぶんさっきまでずっとくじで決めたチームで試合をしていたからさすがにへとへとなのだろう。体育館はまだ開けていて良い時間だし、ここでしゃべって解散することもよくある。つまりは話題の中心から逃げられないということだった。

「お、かわいいじゃん。花城プロの新作?」
「女の子ってすごいよね~。俺女の子だったとしてもこれやる自信ないもん、指吊りそう」
「天子意外とかわいいと思いますよ」
「意外って失礼じゃない? あと天子って何? サト子じゃなくて?」
「俺が川子なんで」
「じゃあ若利くんどうなるの? 牛子?」
「それより瀬子のがヤバい」
「いや普通に英子でいいだろ。山子も結構ヤバいぞ」

 思いがけず話題が逸れた。ラッキー。そう思いながらあかりちゃんが送ってくれた写真をこっそり見てしまう。かわいい。いや、わたしじゃなくて髪型がね。そんなふうに笑いつつじっと見てしまう。かわいい髪型にしてもらうとちょっとテンションが上がる。テンションが上がっていることに気付かれると恥ずかしいから口にしはしないけれど。スマホをポケットにしまって、会話に交ざろうと体の向きを変える。



 またしてもしーん、となってしまう。わたしが反応するより先に山形さんが「あれ、白布ってのこと名前呼びしてたっけ?」と川西の顔を見た。川西は「イイエ、オレハナニモシリマセン」と片言で答えると、そうっとわたしから距離を取った。前みたいな被害を受けたくないからだろう。薄情者。ちょっと睨んでやった。
 いや、別に、幼馴染だし。名前で呼ぶくらい普通だ。とりあえず変なリアクションをしたほうが恥ずかしくなるので、「なに?」と普通に答えてみる。白布は「テーピング切れてたぞ」と言って救急箱をわたしに差し出した。ああ、それを教えるために近くにいたのね。ようやく合点がいった。中を見てみると一番細いテーピングがもうなくなりかけている。今日の練習でやたら使う部員がいたのと、この前の練習試合でテーピングを忘れた相手校に貸したからだ。うっかり忘れていた。明日は休みだし買いに行かなきゃ。「ごめん、ありがとう」と言えば白布は「明日行くんだろ」とわたしから救急箱を回収して、自分の隣に静かに置いた。

「どこ行く? 駅前? 近所のドラッグストアかどっか?」
「どうせなら出かけるついでに、と思ったから駅前に行くけど?」
「何時?」
「え、白布来るの?」
「……」
「白布も来るなら来るでいいけど、別に面白いところ行かないよ?」

 え、なんで黙るの。はてなを飛ばしつつ首を傾げてしまう。何がご不満なんでしょうか。目で訴える。白布がじいっとわたしを見たかと思えば、ぼそりと「って呼んでんだけど」と、ようやく照れたような顔をした。その顔を見て、あ、そういう意味ね、と気が付く。気が付いたけど、いやいや。おかしいでしょ。なんで急に。呼ばないよ、わたしは。だってみんないるし。そう押し黙っていると「え、何この甘酸っぱい空気」と天童さんがわたしと白布の近くにしゃがんで笑った。

「もしかしてだけど、ちゃんと賢二郎ってあれなの? ラブなの?」
「中二からですね」

 言葉より手が先に出た。わたしの横に座っていた白布の脇腹を思いっきりぶん殴る。白布は突然の攻撃に受け身が取れないまま、そのまま横向きにどさっと倒れてしまう。ごつん、と頭を床に打った音が響いて、それからぴくりとも動かなくなった。あまり見ない白布の無様な姿に川西が吹き出したのが聞こえる。まずい、やりすぎた。ちょっと力を入れすぎたかも。いやでも今のは絶対に白布が悪いから!
 中学のときもお互い仲が良い友達にさえ言わなかったのに。なんでここで普通に認めるわけ? そうするなら事前に言っといてよ! そういう意味を込めて横向きに倒れ込んだままの白布の腰をバシッと追撃で叩いておいた。

「中二?! マジかよ?!」
「というか言えよ! なんで隠してんだよ!」

 そう騒ぎ始める三年生たちを、きょとんとした顔で見ているあかりちゃんが妙に気になった。不思議そうな顔をしてざわつく部員を見ている。それに気付いた天童さんが「え、あかりちゃんびっくりしないね?」と首を傾げると、あかりちゃんも首を傾げながら「え、だって」と困惑気味に言う。

「知ってましたよ、そうだろうなって」
「え」
「だってさんも白布先輩も、お互いのことをよく見ていたので」

 「普通に見ていて、分かりました、けど……?」とあかりちゃんが不思議そうかつ楽しそうに言うから。一瞬で顔が熱くなりすぎて言葉が出なかった。

「どっちかと言うと白布先輩の視線が分かりやすかったですね!」

 にこにこ笑って言われると、もう、なんかどうでも良くなって。わたしも白布の横に倒れると天童さんが大笑いしながら「午後四時二十分、恥ずか死容疑で現行犯逮捕」とあかりちゃんに言った。楽しそうに「えー!」というあかりちゃんの声が聞こえたけど、一緒に笑うだけの体力が残っていなかった。
 わたしと白布の近くに立ってパシャパシャと写真を撮る川西が「こんなに照れてる白布は今しか見られないですよ」と言うものだからわらわらと白布の周りに人だかりが出来た。ざまあみろ。自分で引き起こしたんだから思う存分ひどい目に遭え。
 しこたま写真を撮った川西が「で、なんで急に隠すのやめたの?」としゃがみながら白布に聞いた。それわたしも知りたいんだけど。起き上がって「もっと聞け川西」と援護しておく。床に横向きに倒れ込んでいる白布の前髪が、さらりと床のほうに流れ落ちる。綺麗な横顔でムカつく。口が悪かったり無愛想だったりで忘れられがちだけど、綺麗な顔をしている、とわたしは思う。それが客観的に見てなのかわたしの趣味なのかは分からないけど。
 白布が瞳だけをこちらに向ける。流れ落ちた髪は直すことなく、鬱陶しそうなままだ。瞳が川西のほうに動くとようやくゆっくり体を起こす。乱れた髪を片手で直しながらそっぽを向いてしまった。

「いろいろ言葉にしないと卑屈になるやつがいたから」

 呟くように言ってから何事もなかったように立ち上がる。もういつも通りの真顔に戻っている。立ち直りが早い。開き直ったらもうどうでもよくなるタイプだったね、昔から。そう恨めしく思ってしまう。わたしのそんな視線には気付かぬまま、白布はいつもわたしを茶化してくる二年部員たちをちらりと見る。じいっとしばらく見ていたかと思えば、「今後言葉には気を付けろよ」と言って、スタスタとコートのほうへ歩いて行ってしまった。

「やだ、賢二郎……天子を抱いて……」
「山子もちょっと惚れたわ……」
「瀬子……やっぱ瀬子変だな、英子でいいか?」
「ところで」
「どうした川子」
が死にかけなんですけど、お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?」


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