「明らかに不機嫌な顔すんな」

 お昼前。駅前で白布を待っていたわたしは、開口一番そう言われてしまった。そりゃ不機嫌な顔にもなる。無言のままに訴えてしまう。白布はその視線の意味が痛いほど分かっているらしく、ちょっと目をそらしてから「謝ってるだろ、何回も」と恥ずかしそうに言った。
 昨日、あのあと結局帰るまで先輩から後輩まで、幅広く祝福されたり面白がれたりして、正直照れ疲れしてしまった。最終的には「あーはいはい」と流せるようになったくらい。高校生って恋愛系の話題好きだよね。まあわたしも人の話を聞くのは好きだけど。自分が話のネタになるのはちょっと勘弁してほしい。ちゃっかりしていて申し訳ないとは思うけど。でも、本当に昨日は疲れた。月曜日からどんな顔をして部活に行けばいいのかも分からないし。それもこれも全部白布のせいだ。
 鞄の中に入れてあるポーチ。その中には、昨日あかりちゃんがわたしの髪に付けてくれた赤いリボンの髪飾りが入っている。二人で着替えに行ったときに返そうとしたのだけど、あかりちゃんが「あげます」と言って引いてくれなかったのだ。でもこんなにかわいいの、わたし付けないし。そうもごもご言ったら「え、白布先輩がかわいいって言ったのに?」とやけに圧の強い声色で言われてしまって。「ありがとう」と言うしかできなかった。
 こっそり教えてくれたのだけど、あかりちゃんは遠距離恋愛をしている彼氏がいるそうなのだ。そんな感じがなかったから普通に驚いてしまった。写真を見せてくれたけど、笑顔がかわいい優しそうな人だった。高校から彼氏が他県に引っ越してしまったのだとしょんぼり教えてくれた。かわいいヘアアレンジを練習するのも、かわいい髪飾りを集めるのも、全部彼氏にかわいいと言われたいからだと照れくさそうに言う。その顔が本当にかわいくて、あかりちゃんの彼氏は幸せ者だなあなんて呟いた。

「で、備品買ってからどこ行くんだよ」
「……アクセサリーショップ」
「…………」
「別に外で待ってれば良いじゃん」

 明らかに「マジかよ」って顔をしたからちょっとおかしい。白布、女の子向けのお店とか入るの嫌がりそうだもんね。くすくす笑うと白布はわたしの腕をちょっとつねってきた。
 あかりちゃんに似合うようなかわいいもの、わたしが選べるか分からないけど。かわいい髪飾りをもらったのが嬉しくて。何かお返しができたらしいなって思った。自分でかわいいと思って選んだものより、人に選んでもらったかわいいもののほうが、わたしは嬉しかったから。わたしが選んだものであかりちゃんがそう思ってくれるかは分からないけど。

「白布は? 何か見るものとかないの」
「……」
「ちょっと。聞いてる?」
「……」
「白布ってば」
「白布白布うるさいんだけど」
「…………賢二郎は何か見るものないの」
「ない」

 ないんかい! 思わずツッコミを入れると、ようやく白布、じゃない、賢二郎が笑った。笑ってる場合じゃないでしょ。せっかくのオフなのに何も見るものがないのに駅前まで出てきて。呆れていると賢二郎はすぐ近くにあるドラッグストアに向かって歩き始めつつ「別に何かを見るのが目的じゃないしいいだろ」と言った。出かけるって、何かほしいものがあるとか気になるものがあるとか、そういう目的じゃないの? 不思議に思ったけど聞いたら馬鹿にされそうだったから聞かないでおいた。
 賢二郎がぽつりと「朝、ひどい目に遭った」と呟いた。何があったのか聞いてみると、朝出かける準備をしているとスマホをいじっていた川西が「いや~その服はないんじゃない?」と言ってきたそうだ。「フツーすぎてデートって感じがしない」と言った川西が勝手に賢二郎の服を漁りだしたものだから面倒だった、とうんざりした顔で言った。

「じゃあこれ川西コーデなの?」
「違う。無視して蹴散らしてきた」
「なんだ。ちょっとかっこいいなって思ったのに」
「は?」
「あ」

 思わず言ってしまった。いや、だって、いつも動きやすい服装が多いくせに、今日なんかちょっと、大人っぽいから! いつも通りの服を着てきた自分が恥ずかしいなって思っちゃったんだってば! 賢二郎は目を丸くしてわたしを見ていたけど、話し終わるとちょっと吹き出した。それから「別に、普通にかわいいと、思うけど」と言って左手でわたしの右手を握る。あまりに自然だったそれにびっくりしてしまう。いや、それだけじゃなくて、言葉にもだけど。

「なんか言えよ」

 拗ねたような顔でわたしをじろりと見た。その視線でようやく賢二郎の言葉の意味をちゃんと理解した。〝いろいろ言葉にしないと卑屈になるやつがいたから〟って、こういうことか。つまりこれからこんなふうに言われるようになるってことなのだろうか。それ、とてもじゃないけど、心臓が保たないと、思う。賢二郎だって言葉にするの、得意じゃないくせに。
 あかりちゃんみたいな女の子になりたかった。小さくて、かわいくて、明るい女の子。誰の隣に並んでも恥ずかしくなくて、変じゃない。そんな女の子。でもわたしは平均より少し背が高くて、可愛げがなくて、明るくないわけじゃないけど女の子っぽくないやつで。かわいくなりたいと思うことが恥ずかしくて、ついついおどけてしまう。わたしがなりたかった女の子にはどこもかすっていない。それを卑屈に思ってしまうこともあるし知らない間にまた無い物ねだりをしてしまうこともある。
 でも、いくらなりたかった女の子になれたって、賢二郎が隣にいなきゃ無駄で。他の人になんと言われても賢二郎が「かわいい」って言ってくれたら、もうそれでいいかなって、思えた。

「今度出かけるとき」
「うん」
「ヒール、履いてもいい?」
「…………できれば5cmまでで」
「えー」
「悪かったな、高身長じゃなくて」

 思いっきり力を込めて手を握られた。「痛いってば」と言いつつ握り返しておく。力では敵わない。それがなぜだか嬉しくて笑ってしまった。賢二郎、結構そういうの気にしてたんだ。はっきり口にしたのははじめて、だったかもしれない。なんとなく気にしているかも、とわたしが勝手に予想して今日もぺたんこの靴を履いてきた。身長がほしいと言うことはあっても、自分の身長が低いとかそういうマイナスの言い方はしていない。そんな印象だった。いや、十分身長はあるほうだと思うのだけど。それにしても、ヒールの高さを指定されるとは思わなかった。

「かっこいいかっこいい」
「……嬉しくないんだけど」
「賢二郎はかっこいいよ」
「うるさい。さっさとテーピング探せよ」

 ちょっと恥ずかしそうにしながらぐいっとわたしの手を引っ張る。手を繋いだままだと探しにくいんだけどね。そう思ったけど黙っておいた。
 わたしより先にテーピングを見つけた賢二郎が、いつも部活で使っているものをいくつか手に取る。他は特に切らしていたものはなかったので買うものはこれだけだ。賢二郎からテーピングを受け取ってとりあえず手を離す。部活用の財布を預かっているのでレジに一人で並ぼうと歩いて行くと、当たり前のように賢二郎が後ろからついてきた。思わず立ち止まって「え、一緒に並ぶの?」と聞いたら、賢二郎は一瞬目を丸くしたあとちょっと照れくさそうに「外にいる」と言って店から出て行った。
 勝手な想像なのだけど、たとえば一番下の弟がレジに並ぶときについていってあげたりしていたのだろうか。まだ小学校低学年のころとか。お金を数えるのを見守ったり、小銭をしまうのを手伝ったりしてたのかな。賢二郎、分かりづらいけどちゃんと優しいもんね。そんな想像で笑ってしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 よくよく考えたら、かわいいあかりちゃんに似合うかわいい髪飾りを選ぶのって、めちゃくちゃハードルが高いのでは? ずらりと並んだきらきらしたアクセサリーを前に目がしばしばしてきた。そんなわたしの隣で余計に目をしばしばさせている賢二郎は「どれにすんだよ」とさっきからずっと居心地悪そうにしている。

「どうしよ、そもそもあかりちゃんって何色が似合う?」
「知らねえよ……」
「ピンクとか紫とかはよく付けてるから、いっそ緑とか……でも好きじゃなかったらなあ……」
「……」
「黄色とかどうかな? オレンジとか? あかりちゃん明るい色似合うよね?」
「知らねえって言ってんだろ」
「意見を求めてるだけじゃんか」

 ノリが悪い。苦笑いをこぼしてしまった。かわいい後輩への贈り物を考えてるんだから、賢二郎だって何色が似合うかくらいアドバイスくれてもいいじゃん。そう拗ねていると、賢二郎がわたしの顔をちらりと見てからなんとなく店内を見渡し始めたように見える。お、やる気出してくれたかな。こういうのって男の人の意見ももらえると助かるんだよね。
 かわいいっていうのも人によって種類がいろいろあるよね。派手なかわいさが好きな人とか、シンプルなのが好きな人、個性的なのが好きな人、落ち着いたのが好きな人。あかりちゃんは綺麗な雰囲気のものが好きなイメージがあるから、さりげなくかわいい感じのものがいいかな。そんな気の利いたものがわたしに選べるだろうか。普通に不安になってきた。そう腕を組んで悩んでいると、ちょい、と服の袖が引っ張られた。

「これ」

 賢二郎がきらきらしたアクセサリーが並べられているテーブルを指差す。お、選べたんだ。ちょっと楽しみ。そう思いながら賢二郎の指先を見ると、大きめのお花の飾りがついたガーリーな髪飾りがあった。意外。そんな視線を向けると「文句あんのか」と喧嘩腰で言われてしまった。

「文句はないってば。かわいいけど、あかりちゃんの印象と違うなって思って」
「いや、お前に似合うやつ選んだ」
「……わたしの話聞いてた?」
「聞いてたけど、かわいいかわいくないの基準がお前じゃないと分からねえよ」
「……」
「無言で叩くな、やめろ」

 人が変わりすぎだから。もう一回叩いておくと賢二郎は「何でも良いから早く選べよ」と若干気疲れしたように呟いた。付き合わせてすみませんね。
 とりあえず、だ。とりあえず。賢二郎が選んだものを手に取る。いや、本当に、とりあえず。候補の一つというだけ。そう思っているわたしを賢二郎がじっと見て「買う?」と聞いてくる。いや違う、本当に、一つの候補なだけだから。
 賢二郎を置いていくように店内をぐるぐると見て回って、ついに決めた。思い切ってあかりちゃんがあまりつけているのを見ない、水色を選んだ。わたしから見たあかりちゃんは透明感があって爽やかな、石けんの香りって感じの女の子だ。絶対に水色、似合うと思うんだよね。
 そそくさとレジに並ぼうとしたら、賢二郎がどこからともなく現れてわたしの左手を捕まえる。左手に握られている髪飾りを器用にわたしから取り上げると、さっさとレジに向かってしまった。さっき賢二郎が選んだ髪飾り。わたしが口を挟む間もなく賢二郎が会計を済ませて戻ってくると、何も言わずにわたしの鞄にそれをねじ込んだ。

「……怖いんだけど、どうしたの、最近」
「レジ行ってこいよ」

 ばしっと背中を押された。はいはい、照れてるのね。笑いながら歩いて行くと「笑うな」とクレームが入る。それにも笑いをこぼしてしまうと小さく舌打ちが聞こえてきた。
 お会計を済ませて、ラッピングをしてもらって商品を受け取りお店を出た。ちょうどお昼時だったので適当にお店に入ってお昼を食べることにした。お互い好きな物を頼んで一息。賢二郎は店員さんが持ってきてくれた水を一口飲むと「来週の試験勉強してるか?」と言った。
 他愛もない話をしているうちにそれぞれお昼ご飯が運ばれてきた。時間はあっという間に過ぎていくものだ。特に、賢二郎といると。そんなことを考えて一人で勝手に恥ずかしくなってしまった。
 わたしがサラダをもぐもぐと噛んでいると、賢二郎がちょっとだけ間を開けた。一瞬だけ静かになったので思わず賢二郎に目を向けると「」と口を開いた。気のせいだったかな。「うん?」と口の中を空っぽにしてから言葉を出すと、賢二郎が目線だけわたしに向ける。

「夏休み最初のオフの日、予定入れんなよ」
「夏休みって。来月じゃん。空けるようにはしとくけど……なんで?」

 目にかかった前髪を払う。賢二郎は目を伏せてから、ぼそっと「事前通知」と呟いた。事前通知。一体何のことだっただろうか。思い当たるものがすぐに浮かばなくてきょとんとしてしまう。賢二郎はそんなわたしをじろりと睨みつつ静かに食事を続けた。言われた意味がよく分からないまま「分かった」ととりあえず返事をすると、びっくりするほど深いため息をつかれてしまう。賢二郎はまだまだ出て行きそうなため息をどうにか飲み込むと、また一口水を飲んだ。

「父、東京出張。母、友人と旅行。三男、部活合宿。四男、友達の家でお泊まり会」
「白布家みんな忙しいね。え、だから何?」
「クソ兄貴、大学のゼミ合宿」

 忌々しそうに言ったその一言で、ぶわっ、と全身の体温が上がった。事前通知って、そのことか。気付いてしまうと知らんふりが難しい。途端にさっきまでどうやって会話をしていたかとか、どうやってお箸を使っていたかとか、全部分からなくなる。ぎこちなくご飯を口に運んでもぐもぐ噛みしめていると「おい、無視すんな」と睨まれた。

「…………分か、り、ました」
「嫌ならいいけど」
「嫌じゃない、です……」
「ふーん」
「ふーん、って! 人が勇気を出してるのに!」

 机の下で賢二郎の足をコツンと蹴ってやる。「やめろ」と言いながら食事をやめない賢二郎が、少し顔を赤らめていることに気付いた。照れてるじゃん、自分から言ったくせに。バレていないつもりなんだろうけどバレバレだよ。そう思ったらちょっとかわいく見えてきたからこれ以上抗議するのはやめておく。
 それから黙って食事を続けて、賢二郎が先に食べ終わった。わたしのほうが食べ終わるのが遅いのは昔から。いつも賢二郎は席を立たずにわたしが食べているのを見ていたっけ。小学生のときに白布家でご飯を食べさせてもらったときもそうだった。何も言わずにじっと見ている。昔から変わらないけど、今はちょっと居心地が悪いからやめてほしい。照れながらどうにか食べ進めた。

「もう一つ事前通知しとくけど」
「なに?」
「今後、苗字で呼ばれても反応しないから」
「…………えー」
「なんでだよ。いいだろ」

 小さく笑った。その顔がなんだか大人の男の人みたいで、悔しくなる。その余裕ですって顔、何よ。そう思っていると得意げに「俺は呼んでるけど、って」とまたしても余裕そうな顔で笑う。呼んでたね、呼んでましたねそういえば。思い出して恥ずかしくなる。

「……努力はする」

 賢二郎はわたしの言葉に吹き出すと「頑張れ」と口元を押さえながら言った。


top / FIN.