ジャグタンクの洗い方と置き場所、洗濯機の使い方、ついでに部室に置いてある備品の場所。それをあかりちゃんに教えてから「一人でできる? はじめは一緒にやる?」と聞いてみる。あかりちゃんはたくさんメモを取ったノートをわたしに笑って見せながら「一人でやってみます」と言った。かわいい女の子の字。また一人で微笑ましい気持ちになる。分からないことがあったら呼んでね、と声をかけてあかりちゃんに外の仕事を任せることにした。
 白布に言われたから、というのもあるっちゃあるけど、確かに外の仕事も教えてあげなくちゃわたしが休んだ日とか困るもんね。いくらゴリラと言われようが女らしくないと言われようが、わたしは無敵ではない。病気もするし怪我もする。万が一のときあかりちゃんに迷惑をかけてはいけないから。そう思い直したのだ。
 体育館の入り口に準備してあるタオルのかごを持ち上げる。ボトルはすでにステージ近くに準備してあるから、もう休憩に入っている人は自分のボトルを探して取っていっているらしい。あかりちゃんに説明していたからちょっと来るのが遅かったな。少し小走りしながら「タオルどうぞ」と部員に声をかけた。

「あれ、花城さんは?」
「今日は外行ってもらってるよ」
「えー今日はかー」
「そんなこと言うやつにはタオルあげませ~ん」
「ごめんって!」

 けらけら笑う二年部員の頭を叩きながらタオルを渡してやる。「暴力!」と余計に笑われたので今度は足を蹴っておいた。うるさい。ふと別の二年部員が「ってそれ、片手で持てるんだな」とタオルのかごを指差してきた。言われた意味がよく分からなくて「なんで?」と聞いてみる。もちろん重たいけど、頑張れば片手でも持てる重さだ。別に持てても変じゃないと思うけど。かごを床に置きつつ不思議に思っていると「花城さんは両手で持ってたからさ」と言われる。あかりちゃんとわたしは身長がだいぶ違うし、マネージャー二年目のわたしはそれなりに持ち方のコツが分かっている。その違いだと思う。

「いや、がゴリラなんだろ」
「何か言った?」
「すみません、すみませんでした、何も言ってないです」

 代わる代わるタオルを取りに来る部員に渡したり、かごから取ってもらったりしているとすぐに空っぽになった。空になったかごを端に寄せていると二年部員の中で背が低めなやつが「改めて見るとってでかいよな」と呟く。いやいや。でかくはないって。あんたとは一緒くらいだけど。そう笑ってやる。正直たまに気にしているコンプレックスだから言わないでほしいな、とか。中途半端な高さだからなかなかコンプレックスとも言えないし、今はもう見ないふりをしているのに。そうこっそり苦笑い。「花城さんと並ぶとめちゃくちゃでかく見えるよな」と別の二年部員が付け加えるとその場にいた二年部員みんなが笑った。「そうそう!」と。いや、分かってるってば。そうとりあえず全員の頭を叩いておいた。
 ぬ、と影が落ちる。びっくりして振り返ると川西が「誰がでかいの?」とわたしの頭に顎を置きながら言う。なぜ顎を置く。痛いんだけど。そうちょっとジャンプしたら「それはひどくない?」と顎を押さえて言った。川西は「え、のこと?」と二年部員に聞く。あかりちゃんと比べたら、という話だと二年部員が笑って話すと「まーそうかもだけど」とわたしを見下ろした。

「十分小さくね?」
「それは川西がでかいからだろ!」
「あ、そうね。俺でかいからね」
「嫌味かよ~」

 けらけら笑って二年部員が散っていく。川西はわたしを見下ろしたまま「ってでかいの?」と首を傾げた。いや、川西からしたらほとんどみんな小さいでしょうよ。そう呆れつつ言うと「まあ。大抵つむじが見える」と笑った。つむじ。そう聞いて思わず「白布のつむじも見える?」と聞いてみる。わたしは見たことないな、白布のつむじ。川西は「あー」と言ってから辺りをきょろきょろ見渡す。そうして外部扉の近くにいた白布を見つけると、声をかけてちょいちょいと手招きした。若干不服そうな顔で白布がこちらへ向かってくる。「なんだよ」と汗を拭いながら川西に聞くけど、川西は黙って白布の頭を見つめるだけ。「あ?」と白布が川西を睨み付けてから、ようやく川西が「結構見える」とわたしに言った。

「えーいいな。わたしも見たい」
「いや、別に見えても。何の得にもならないけど」
「呼びつけといて説明なしかよ。何の話だよ」
「白布のつむじが見たいって話」
「馬鹿にしてんのか?」

 チッ、と分かりやすく舌打ちした白布が川西の靴を軽く蹴った。柄が悪い。気を許した相手にしかしないことだから特に注意はしないけど。川西もなんとなく分かっているようでクレームを言うことはなかった。
 川西が何気なく白布に「白布はのつむじ見えんの?」と聞いた。分かりやすく不機嫌な顔をした白布が「知らねえよ」と言う。見えないのね。わたしも川西も一発で分かる回答に言及はしないでおく。10cmも差がないのだから仕方ないことだ。白布はもっと身長がほしいと思っているらしいから、身長の話題になると不機嫌になることはいつものこと。気にしないでおく。
 でも、まあ、わたしも。もう少し小さかったらかわいい彼女、みたいな顔をして隣を歩けるのかな、なんて思ったりもする。白布はバレー部でこそ目立たないけど、普通に教室にいればそこそこ身長があるほうだ。わたしが平均身長くらいだったら結構な身長差があっただろうに。まあ、川西とわたしの身長差ほどはいかないにしても。じっと川西を見上げてそう考えてしまった。
 コーチが川西のことを呼んだ。次の試合形式練習のメンバーに選ばれているからそのことについてだろう。返事をしてすぐ川西が走って行くと、白布も次の準備に行くらしい。わたしの横をそのまま通り過ぎて、いく、だけのはずが。白布の右手の小指。ちょん、とわたしの左手に触ったかと思えば、ぎゅっと小指に小指が絡みついてきた。すれ違う本当に一瞬だけ。すぐに離れていったし、白布は一切わたしを見なかった。同じチームになったらしい一年生に普通に声をかけつつ歩いて行く。
 なに、それ。そんなこと今までしたことないのに。赤くなりそうな顔をぐっと堪えて体育館の隅を走って行く。あかりちゃん、一人で大丈夫だったかな。無理やり別のことを考えるように頑張るのだけど、自分のものじゃない体温が、しっかり小指に残っている。小指って。小指って! なにそれ! 一人でそう大混乱を起こしつつ外へ出た。
 あかりちゃんはメモを見ながらしっかり仕事をこなしていた。「大丈夫だった?」と声をかけたら作業をしていた手を止めて、わたしを振り返る。「はい! 大丈夫、」と言いかけた口が止まる。どうしたんだろう。そう首を傾げると、あかりちゃんは「顔、赤いですけど大丈夫ですか?」と心配そうに言った。





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お前週末ヒマ?

 ……普通にトーク送ってくるじゃん。勝手に一人で照れたわたしが恥ずかしいやつみたいなんだけど。そう内心文句を言いながらも、「オフの日のこと?」と返しておく。そんなことよりも、あの小指の意味を、教えてほしいんですけどね、わたしは。無意識にスマホを睨み付けてしまった。
 今週末は祝日があるから三連休なのだけど、バレー部は三連休最終日である月曜日がオフなのだ。休日がまるっとオフなんて久しぶりだなあ。そんなふうに喜んだことを思い出す。白布、じゃなかった。賢二郎からの返信は「そう」だけ。何をするとか何の話とかの説明はないのね。まあ、何を言われてもたぶん断らないけど。「どこか行く?」と返してみる。たぶんそういうお誘い、だと思いたい。あんまり二人で出かけられる機会もないし。そうスマホをじいっと見ていると、通知が来た。

実家帰るけど、来る?

 フリーズ。実家帰るけど、までは分かる。そのときどこか行くか、という誘いに繋がるからだ。でも、「来る?」はちょっと、謎。なぜ賢二郎の家に? そりゃ久しぶりにおばちゃんとおじさんに会いたいし、お兄さんは家を出ているから仕方ないとして、弟くん二人にも会いたいけど。せっかく次男が久しぶりに実家に帰ってきたかと思えば幼馴染の女も一緒、って、なんか嫌じゃない? 家族水入らずで過ごせば良いのに。
 さすがにここで「行く」と返事をするのは図々しい。そう思って「せっかく帰るなら家族と過ごしなよ」と送った。もちろん賢二郎と会いたい気持ちはあったけど。出しゃばりは良くない。おばちゃんたち、わたしと賢二郎が付き合ってるなんてもちろん知らないだろうし。知られていたら余計に行きづらいけど。

誰もいないからヒマなんだけど

 はてな。誰もいないのになぜ実家に帰るのか。何か取りに行くものでもあるのだろうか。というか、おばちゃんとおじさんはともかく、まだ中学生と小学生の弟二人はどうした。三連休なんだから家にいるでしょ。疑問に思っていると賢二郎から写真が送れてきた。何かと思って開けば、トーク画面のスクリーンショット。おばちゃんとのトーク画面だ。読んでみると「あんたどうせ来ないだろうから誘わなかったけど、三連休は旅行に行ってきます」と宣言されている。置いてかれちゃったんだ。苦笑いしたけど、まあ練習あるから行けないよね。ちょっと可哀想。そんなふうに思いつつ読み進める。賢二郎が「行けないからいい」と返信した後、おばちゃんから「悪いんだけど最終日家にいてくれない? 荷物届くの忘れてて」と来ている。賢二郎が「オフだからいいよ」と返し、おばちゃんがお礼を言ったところでトークが終わっているらしかった。なるほど。理解。
 家族が誰もいないなら、まあ、家族水入らず、にもなれないわけだし。多少迷うところではあったけど「じゃあお邪魔します」と返した。賢二郎の家、付き合う前に行って以来かも。たしかお兄さんと賢二郎が同じ部屋なんだよね。今は変わってるかもしれないけど。そう思い出していると返信があった。賢二郎が寮を出る時間と大体の到着時間を教えてくれる。じゃあそれに合わせて行くね。スタンプ付きで返信したら「分かった。おやすみ」と返ってきた。わたしも「おやすみ」と返してスマホを机に置く。
 賢二郎のことだし予習するぞ、とか言い出しそうだ。くすりと笑ってしまう。一応勉強道具は持って行くとして、何かお菓子とか持って行ったほうがいいだろうか。人の家にお邪魔することがあまりないからちょっと緊張する。でも、楽しみ。今日は良い夢が見られそう、なんて思いながらベッドに寝転んだ。
 小指。それを思い出してまた一人で照れてしまう。なんなの、本当に。賢二郎わけ分かんない。ぎゅっと左手を握って目を瞑ると、おかしくなるくらい賢二郎の顔しか思い浮かばなくて、困ってしまった。


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