「え、でも……」
「いいからいいから。選手のためでもあるし」

 ちょっと困惑するあかりちゃんにタオルとボトルを渡して「じゃ、よろしくね」と手を振って体育館を出た。ジャグタンクを洗うのと部室に備品を取りに行くためだ。それをやっている間にあかりちゃんには選手たちのサポートを任せた。選手のため、と言ったときあかりちゃんは本当によく分からない、という顔をしていた。自覚がないのだろう。あかりちゃんと話しているとき、一部の部員がとても楽しそうなことを。かわいい子って意外と自分がかわいいって気付いていないパターンもある。あかりちゃんはその最たる例だった。
 練習に余計にやる気が出るのならそのほうがいい。この前コーチも「花城が入ってから士気が上がったな」と笑っていたし、わたしだけがそう思っているわけではなかった。運動部の部員なら誰だって夢に見るだろう。かわいいマネージャーからタオルを渡されながら頑張ってね、なんて言われる光景。わたしも少女漫画でよく読んだなあ。そう懐かしく思いながら空になったジャグタンクを持ち上げた。
 とはいえ、あかりちゃんに全部任せるのは後輩いびりになってしまう。急いで終わらせて中の仕事を手伝いにいかなくては。そう蛇口を捻る。ジャクタンクを洗うと結構水が跳ねて、ひどいときにはびしゃびしゃになるんだよね。今はジャージを着られる気温だからシャツが濡れて透けてもいいんだけど、ジャージを羽織らない夏とかは結構困る。まあ、誰も見てないだろうけど。そう笑いつつじゃぶじゃぶと中を洗っていく。
 洗い終わった頃にはやっぱりシャツが少し濡れていた。まあ、わたしが不器用なせいもある。苦笑いしつつジャージを着ておくことにした。同じ要領で他のジャグタンクも洗い、いつも置いているところに乾きやすいように置く。次は部室。早く戻らなきゃ。そう駆け足した。
 あかりちゃん、今日は髪を三つ編みにしていた。不器用なわたしは三つ編みも自分ではできない。今度やり方を教えてもらおうかな。そう思いつつ指先で自分の髪を触ってみる。あかりちゃんの髪型を思い出して、小さく笑った。教えてもらっても似合わないしやらないかな。そう自分の髪から指を離した。
 部室に着いて必要な備品だけを持ってまた体育館へ戻る。この往復、結構きついんだよね。そうぼやきつつまた駆け足。着いた頃にはとっくに息が上がっているだろう。運動にはちょうど良いと思い込むしかない。体力がないと夏を超えられないからなあ。マネージャーとはいえ炎天下の中で動くことに変わりはない。あかりちゃん、倒れたりしないように気を付けてあげないと。来たる夏を想像してそんなことを思った。
 ようやく体育館に帰ってくると、あかりちゃんがボール出しをしているところだった。ちょっと緊張してる。かわいいな。そう思いつつ額に少し滲んだ汗をジャージで拭いながら邪魔しないように隅っこを歩いて行く。もうタオルやボトルは選手に行き渡っているし、わたしは次の準備をはじめたほうが良さそうだ。部室から持ってきた備品を監督の近くに置きつつ体育館を見渡す。ちょうどトスをあげようとしている白布が視界に入った。
 急に白鳥沢に行くと言い出したときは驚いたなあ。そう思い出す。わたしは元々白鳥沢志望だったから、もしかしてわたしと同じところがいいと思ったのかな、なんて自惚れもいいところなお花畑になったっけ。ふたを開けてみれば牛島さんとバレーがやりたいという理由だったので内心ちょっとがっくりしたけど。でも、今こうして牛島さんと同じコートにいる白布を見ると、勝手にわたしが嬉しくなる。頑張れって誰よりも応援してしまうのだ。絶対に秘密だけど。
 得点板を出しに倉庫へ向かい始めたとき、ちょうど休憩の合図があった。選手たちがぞろぞろと体育館に隅に寄り、一年生だけがわたしと同じく倉庫へ向かってくる。先に倉庫についたわたしが得点板を二つ倉庫から出すと、一年生が「持って行きます!」と元気に得点板を引っ張っていった。モップを取り出しているわたしからモップも奪ってしまうものだから手持ち無沙汰になってしまった。一年生が多いとこんなに助かるんだなあ。そうコート整備をしている一年生たちを見て思った。
 仕事をすべて取られてしまったので、とりあえず体育館に隅、それこそあかりちゃんのところに行こうかな、と姿を探す。あかりちゃんは体育館の奥のほうに集まっている部員の輪の中にて楽しそうに話をしているところだった。その輪の中に白布がいるのも見えた。楽しそうだし、邪魔しないほうがいいかな。そう思って倉庫の中に戻っておく。掃除でもしていよう。そう小窓を開けて古いビブスを畳んでおく。

「何してんの?」
「うわ、びっくりした」
いないなって思って」

 埃っぽいからなのかくしゃみを一つした川西がわたしの隣に腰を下ろした。「何? ビブス?」とわたしの手元を覗き込んで不思議そうに言う。することがないから倉庫の掃除をしていたことを説明したら「え、休んだら良いじゃん。休憩なんだし」と不可解と言いたげな顔をされてしまう。まあ、川西はそう言うタイプだよね。そう笑ったら「俺が変なの?」と川西も笑った。
 わたしがビブスを畳んでいるのを見ながら川西があかりちゃんのことを聞いてきた。仲良くなれたか、みたいな質問。わたしの保護者か、とツッコミを入れたら「だって結構人見知りじゃん」と言われてしまう。そうだね、川西は知ってるもんね。そう苦笑いをこぼしつつ、仲良くなれたし入ってくれて助かっていると笑って言っておく。あかりちゃんが入ってくれて、着替えに行くときも、帰り道も楽しい。部活中も楽しいし部活に来ることが余計に楽しくなった。そう言えば川西は「ならよかったじゃん」とビブスを一枚つまみながら言う。見よう見まねで畳んでくれたそれが意外と下手で。「わたし川西より器用なのかな」と笑ったら「いや、それはない」とデコピンされた。

「川西もあかりちゃんと話してきたら?」
「え、なんで?」
「あかりちゃんかわいいでしょ。仲良くなれたらチャンスあるかもよ」
「あ~。そういうこと」

 苦笑いをこぼされた。先ほどまで二年生数人があかりちゃんに話しかけて、その話題の中で川西と白布も呼ばれて輪に加わっていたらしい。川西は自分に矛先が向いていないときを見計らってこっちに来たようだった。そのまま輪にいればよかったのに。

「もったいない。かわいい子とお近づきになれるチャンスだったのに」
「俺、かわいい子を見てると胸焼けしちゃうタイプだから」
「なにそれ」

 変なの。そう笑っておいた。川西はそんなわたしの顔をじっと見てから、こそっと耳打ちしてきた。「白布、なんとなく機嫌悪いんだけどなんか知ってる?」と白布からずいぶん離れているというのに聞き取るのもやっとな小さな声。よっぽど聞かれたくないんだな。そう思いつつ「知らない。機嫌悪いの?」と聞き返してしまう。別に今日はトスが上手くいっていないわけでもなく、練習でトラブルがあったわけでもない。わたしから見たら結構普通だったけど。そのまま返したら「や~。なんとなく」とため息をついた。

「あのまま寮に戻ってこられるとちょっと気まずい」
「どんな感じだったの?」
「なんか返事が素っ気ないというか。花城さんに話しかけられても一言でしか返さないし」
「照れてるんじゃない? 白布、男四人兄弟だし。かわいい女の子に免疫ないのかも」
「マジで。めちゃくちゃ面白いじゃん」

 川西がけらけら笑いながら「良いこと聞いたわ」と畳み直したビブスをかごに入れる。「機嫌良いときにからかってやろ」と言いつつ立ち上がると同時にわたしのジャージを引っ張る。伸びるからやめて。そう言うけれど川西は「休憩しろって」と言ってくれる。まあ、それもそうか。なんとなく照れて笑いつつ「ありがと」と返しておく。川西が小窓を閉めてくれて、わたしの背中を押しながら二人で倉庫から出た。
 部員が集まっているところに二人で話しながら歩いて行くと、わたしを見つけたあかりちゃんが「さん!」と声をかけてくれた。かわいい。そう顔がふにゃりとなりながら「ただいま」と笑いかける。二年生に囲まれてちょっと心細かったのだろうか。まだ同輩の一年生たちとは完全に打ち解けたわけじゃなさそうだし。あかりちゃんは明るくて人懐こいのだけど、いかんせん相手が男子高校生。かわいい子に話しかけられると無意識で照れて口数が減るらしい。一年生たちはあかりちゃんに話しかけられると緊張してしまうようなのだ。一部そんなことはない子もいるようだけど。青春の一ページを覗いているみたいでちょっと甘酸っぱい。しみじみ思いながらあかりちゃんがいる輪に入れてもらった。

「なかなか帰ってこないから心配してたんですよ」
「ごめん、実は結構前に帰ってたんだけど、休憩入っても倉庫にいたから」
「何してたんですか?」
「掃除でもしようかなって。川西に邪魔されたけど」
「邪魔って。愛あるお節介なんだけど」
「愛あったの?」
「あるある。めちゃくちゃある」

 二年生たちがそれにげらげら笑う。「熟年夫婦かよ」という謎のツッコミを受けて「なにそれ」ととりあえず返しておく。

「川西とって似てるよな、なんとなく」
「そう?」
「息ぴったりだし。付き合っちゃえば?」
「川西かあ。ないな~」
「傷付いちゃうから早めに撤回してください」

 そのやりとりに二年部員が「ほら、息ぴったり」と指差して笑う。言うほどぴったりか? そう笑いをこぼしつつ、ちらりと白布を見た。目も合わない。どこを見ているんだか分からない視線。表情も一切何も読めない無表情で、川西が言っていた通り少し機嫌が悪いらしいと察した。わたしが知らない間に何か腹が立つ出来事でもあったのだろうか。とはいってもそうそう練習で機嫌を損ねるタイプではない。なかなかうまくいかなかったり、思った通りの結果が出なかったりしても、その場でイライラすることはあっても休憩中まで引っ張るタイプじゃないんだけどな。不思議に思ったけど、まさか本人に聞けるわけもない。とりあえず知らんふりしておいた。
 二年生の会話をにこにこ聞いているあかりちゃんにふと目を向ける。三つ編み。近くで見るとちょっとほぐしてあって動きがある。今時っぽくておしゃれだなあ。思わず「三つ編み、自分でやったの?」と聞いてみる。あかりちゃんは「動画見ながらやったんです」と三つ編みを摘まんで言った。かわいい。一挙一動がかわいくてほっこりする。そっか、最近ヘアアレンジ動画とかたくさんあるもんなあ。ちゃんとそういうのチェックしてるんだ。すごいなあ。そんなふうにほのぼのしていると二年部員が「は似合わないからやめとけよ~」とくすくす笑ってきた。分かってるし。そう足を蹴ってやる。

「花城さんは暴力に走ることもないからかわいいんだぞ~」
「あんたがうるさいから蹴ってるだけ。黙ってたら蹴らないよ」
「やっぱかわいくねーわ……」

 知ってるから。そう肩を思いっきり叩いてやる。「いてーな!」と頭を叩かれる。女子の頭を叩くとは何事か。そう抗議したけど「は女子とカウントしてません~」と笑われた。はいはい、知ってた知ってた。そう笑っておく。





▽ ▲ ▽ ▲ ▽






太一と何話してたんだよ

 昨日と同じ時間。白布から来たトークに首を傾げる。どのタイミングのこと? 川西と話したタイミングなんて山ほどある。部活中もそうだし学校にいる間も。どの時点のことか指定してくれないと答えられない質問だった。素直に「いつのこと?」と返信したら「休憩中」とすぐに帰って来た。休み時間のことだったら白布はそのまま休み時間、と書くから部活の休憩中のことか。そう思って部活の休憩のときを一つずつ思い出していく。
 ようやく辿り着いた。わたしが倉庫の掃除をしようとしたときのことか。白布が立っていた位置からなら倉庫に入っていく川西が普通に見えていただろうし、二人揃って倉庫から出てきたのも見えていたはずだ。「大したことじゃないけど。なんで?」と返しておく。話したことと言えばあかりちゃんのこととか川西の畳んだビブスが汚かったっていう話くらい。あ、あと白布が不機嫌なことか。そう思ったけどそれを言ってしまうと川西に悪い。黙っておいてあげることにした。

距離が近かった

 謎の返信。はてなを飛ばしつつ考えてみる。距離。ああ、白布のことを聞かれたときに川西がちょっと顔を近付けてぼそぼそ喋ったときか。そう思い至ったけど別に何か言われるようなことだと思わなかった。それだけになんと返信すれば良いか迷ってしまう。別に友達同士でたまにある程度の距離だったと思うけど。何か内緒話をしているように見えたのが気に食わなかったのだろうか。でも内容は教えられないし。そう迷った結果「ちょっとした相談相手になっただけ」と返しておく。

あっそ

 あっそ、って。なんか拗ねちゃったんだけど。余計にはてなを飛ばしていると「おやすみ」と会話を打ち切られた。何怒ってるんだろ。ちょっと考えて、あ、と思う。もしかしてやきもち? なんて思い至ったけど、ナイナイと笑いがこぼれる。白布に限ってそれはないし、そもそも相手は川西だし、何より川西からすれば相手がわたしだ。それは絶対にない。わたしがあかりちゃんみたいにかわいければまだしも、だけど。


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