新入部員が入って数日が経ったある日。少し離れた倉庫に片付けなくてはいけない備品をコーチに託された。まさか入ったばかりで備品をしまう場所が分からないあかりちゃんに頼むわけにもいかないし、あかりちゃんには一通り練習中の仕事は教えてある。倉庫の場所は追々教える機会があるから今日じゃなくてもいいか。そう思ってわたしが戻るまで一人でやってみて、と頼んでみれば明るく「はい!」と返事があった。ボトルとタオルの準備は終わっているし、部内試合がもう少しで終わるからそれを選手に渡すだけだ。何も問題ない。あかりちゃん、仕事の覚えがとても早いし積極的に何でもやってくれるし。そう考えながら何の心配をすることなく体育館を後にした。
 グラウンドの横を通って運動部が共同で使っている倉庫に向かう。鍵は放課後になると野球部のコーチが開けっぱなしにしてくれており、最後に鍵を閉めてくれるのも野球部のコーチだ。運動部だけじゃなくて白鳥沢の生徒であれば誰でも中に入っている物は使用してもいいことになっている。バレー部は滅多に使うことがないのだけど、今日は先に外周に行った一年生たちと、そのあとから外周に行った二、三年生たちのタイムをそれぞれ計るためにストップウォッチが二つ必要だったので一つ借りたのだ。それと一年生たちが筋トレをするための道具が足りなかったからそれも一緒に。両手で筋トレに使う重し、首にストップウォッチ。重しとは言っても少しの負荷をかけるものなので持てないほどのものじゃない。もちろん重いことに変わりはないけれど。たまに持ち方を変えながら歩いて行けば、倉庫にすぐ到着。一つ息をつきながらいつもの場所に道具を戻し、倉庫のドアを閉めて、来た道を戻る。
 途中ですれ違った知り合いに手を振りつつ体育館に戻ると、思った通り、あかりちゃんがちゃんと仕事を終えたところだった。新しいボトルとタオルが必要な人にちゃんと配られている。いらなくなったものを回収して集めているところらしかった。「戻りました」と声をかけてあかりちゃんに駆け寄り「大丈夫だった?」と聞いてみる。あかりちゃんから「はい!」と元気な返事があって、なんだか肩の力が抜けた。これまで一人だったから大変なこともあったけど、これからはあかりちゃんもいるから心強いなあ。そんなふうに。使用済みのタオルが入ったかごを持ち上げつつ、まだタオルを持っている人に声をかけていく。あかりちゃんはその間にもう飲み干した選手からボトルを受け取る。笑って選手と会話をしている。人見知りがないタイプなようなので、もう結構部活に馴染んだみたいだ。そうほっとした。
 まだタオルを持っている二年部員に「いらないなら回収するよ」と声をかける。「おーありがとー」と返事があってかごにタオルを投げ入れられた。そのまま別の人のところに行こうとしたら、二年部員が「も花城さんくらいかわいかったらな~?」と茶化された。うるさい。そう笑いながら「悪かったわね、かわいくなくて」と足を蹴ってやった。「そういうとこ!」と余計に笑われたので「うるさい」と声に出して返しておく。

「かわいい子にボトルとタオル渡されたらすげー頑張っちゃうよな~」
「分かる~」

 デレデレじゃん。そう笑いつつなるほど、と思った。確かにかわいい子にボトルやタオルを渡されたらモチベーション上がるよね。強豪校の選手だろうとただの男子高校生に変わりはない。どうせ渡してもらうならかわいい子のほうがテンションが上がるに決まっている。それで頑張ろうって思えるのなら今度からはあかりちゃんに中の仕事を多めにやってもらおうかな。そう考えていると、二年部員がわたしをじっと見ていた。「じゃテンション上がんねーもんな~」とけらけら笑われる。うるさい、分かってるから。そう小突いておいた。

「花城さん近くで見るとすげーちっちゃいの。それだけでかわいいよな」
は目線近いし、可愛げないからほぼ男だもんな」
「聞こえてるよ~」
「痛い、痛い、すみません、痛い、ゴリラかよ」
「うるさいよ~」
「ごめんって!」

 けらけら笑いつつその通り目線が近いそいつの頭を叩く。「そっちがちっちゃいんでしょ」と笑ってやれば「なんだとー?!」と頭をぐしゃぐしゃされた。せっかく綺麗に一つ結びできてるのに髪の毛が乱れるからやめて。不器用だからいつも上手に結べないのにここ最近で一番綺麗にできたし、上手くヘアカフスまで付けられたのに! そう言おうかと思ったけど、別に大した髪型をしているわけでもない。普段あまり付けることがない髪飾りに自分から触れるのも恥ずかしかったからやめておいた。
 近くにいた二年部員からもタオルを受け取りつつ「大丈夫、自信持てよ」と哀れみの目で肩をポンと叩かれる。気にしてないし。うるさいから。そう笑って手を払っていると、背後から視線を感じる。「あ、白布」と二年部員が声をかけてからわたしが振り返ると「タオル」とだけ言って、タオルを差し出された。「はいはい」と回収してかごの中に入れておしまい、かと思ったのだけど。白布が何か言いたげな顔をしてじっとこちらを見ている。何? そう首を傾げるけど、白布は明らかに何かを飲み込んだような顔をした。それを誤魔化すように「髪、跳ねてるぞ」と言って背中を向けてしまった。
 髪。ハッとしてさっき二年部員にぐしゃぐしゃにされたところを触る。ぐしゃぐしゃになった髪は恐らく無残な姿になっているに違いない。せっかく綺麗にできたのに。そう内心少しへこみつつ、髪をほどいた。





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もうちょっと怒れよ

 家に帰って授業の復習をしていたとき、スマホがぴろんと鳴った。いつもは勉強が終わるまで極力見ないようにしているのだけど、息抜きついでに見てみたら白布からそんなトークが届いていて。何のことだろう? 首を傾げながら「何に?」と返しておく。白布からトークを送ってくるときは大体同室の川西が何かをしていて話していないときか、もう寝ているとき。今は時間的に川西がお風呂にでも行っているのだろう。そう予想しつつスマホを横目に見ていると、ぴろんと通知が入る。返信が早い。ちょっと嬉しい。通知を覗き込むと「タオルのとき」とだけ来ていた。いまいちピンとこない。かわいいキャラクターがはてなを浮かべているスタンプを送っておいた。すぐに白布から包丁を持って怒っているキャラクターのスタンプが送り返される。怖い。そう一人で笑っていると、連続で「同輩」と来た。同輩。つまり二年生。タオルのとき。少し考えてわたしがタオルを回収していたときのことか、とようやく悟った。でも、怒れ、とは?
 よく分からないまま「何かあったっけ?」と返してみる。たぶん怒るだろうな。そう予想していると白布からさっきと同じスタンプがまた送られてきた。怖いってば。そう笑いつつも、滅多にスタンプなんて使わない白布が使ってくるのがおかしくて。わたしもスタンプで応戦しておく。続けて「本当に分かんない。何?」と送ってみた。

ゴリラとか言われてただろ

 その一文に思いっきり吹き出してしまった。聞いてたのね。お恥ずかしい。そう一人で笑いながら「気にしてないし怒るほどじゃないよ」と返しておく。白布、そういうとこ、優しいんだよね。自分だってわたしと喧嘩したら似たようなこと言うくせに。
 まあ、気にしていないわけではない。あかりちゃんと比べられてちょっとへこんだ自分ももちろんいる。背が小さくて、かわいくて、明るい。わたしがなりたかった女の子。子どものころに思い描いていたけれどもうなれない女の子。誰だってかわいいと言うだろうし、比べられたら百人中百人があかりちゃんをかわいいと言う。それは事実だからへこんだって仕方ない。
 そんなふうに苦笑いをもらしていると、通知が来た。スマホを覗き込むと、白布から「俺がムカつくから怒れ」と来ていて、ちょっとびっくりする。すぐに追加で「おやすみ」と来てしまったから言い逃げされてしまったようだ。ちょっと悔しい、けど、嬉しい。熱くなる頬を冷ますように両手で挟んで、大きく息をつく。心臓に悪い。白布って本当に、心臓に悪いんだよなあ。そうしみじみ思いながら気を取り直してシャーペンを握った。


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