昔から、周りの女の子より少しだけ背が高かった。背が高い、なんていっても中途半端なもの。バスケットボール選手やバレーボール選手として武器になるほどじゃない。小学校高学年のときに160cmになったわたしの身長。周りのみんなより高かった身長は羨ましがられることもあれば、ときおり、からかわれる要素にもなった。「男よりでかくて変なの」とクラスメイトの男の子にいじわるで言われたこともある。わたしの性格も相まってのことだった。女の子扱いをされることはあまりなくて、よく「はかわいくないもんな」とからかわれていた。それにいじけるのがかっこ悪くて「悔しかったらわたしより大きくなってみなよ」と笑って言い返していた。本当は、とても、傷付いていたのに。
 わたしの成長の速さを見た母親が「もしかしたら170cmまで伸びるかもね」と笑った。それを聞いた瞬間、冗談じゃないって心から思った。それから、毎年七夕でお願いするのは「これ以上身長が伸びませんように」。クリスマスにサンタさんにお願いするのも「身長が伸びない薬をください」。初詣で神様にお願いするのも「身長が伸びないようにしてください」。誰にも知られないようにそうこっそりお願いし続けた。
 そんなわたしの思いは、織姫と彦星なのかサンタさんなのか神様なのか、誰になのかは分からないけど届いたらしい。中学で伸びた身長の合計は7cmだった。160cm台後半。わたしより背が高い女の子もたまにいたし、男の子たちはほとんどがわたしより高いか同じくらいか。女の子たちの中で背が高いほうの女子、という位置づけ。男みたいにでかいやつじゃなくて、のっぽでかわいくないやつでもなくて。まあ、かわいい女子とも言えなかったけど、ギリギリちょっと背が高い女子というポジションを手に入れられたことが心から嬉しくて。七夕では短冊にお礼を書いたし、初詣では神様もお礼を言った。サンタさんはさすがにもう信じていなかったから、恥ずかしくてお礼は言わなかったけど。
 そして高校入学。部活動が割と盛んな高校でわたしの身長は、案外目立たないものになっていた、はずだった。

「以上が今年度の新入部員だ。部活中や寮でのルールは上級生がしっかり指導するように」

 新入部員の挨拶が終わり、コーチがそう言って部員が返事をして本日の練習は終了。今日は部活を見学に来ただけの新入部員たちは緊張した面持ちでコーチからの指示を待っている。話そうとしたコーチが「ああ」と思い出したようにこちらに顔を向けると、わたしのことを呼んだ。

「花城はに部活中の動きを教えてもらってね。、頼むぞ」

 新入部員たちの一番端っこにいる、頭一つ以上小さな女の子。コーチに元気よく返事をしてからわたしのことを見た。小さくて、目がぱっちり大きくて、透き通るような白い肌。有り体に言うととてもかわいい女の子だ。人懐っこい笑顔を浮かべてわたしだけに自己紹介をしてくれた。わたしも自己紹介をしてまずは備品の片付けから教えていく。
 花城あかりちゃん、と名前までかわいいその子は正直、わたしがなりたい女の子そのままだった。小さくて、かわいくて、明るい。二つに結んだ栗色の髪からはシャンプーの匂いがしてとても女の子って感じがする。かわいいなあ。にこにこ笑って話をしてくれるからわたしまでにこにこしてしまう。仲良くなりたいな。そう素直に思った。
 運動部のマネージャーに憧れて、いろんな部活を覗いたのだという。野球部、サッカー部、テニス部、バスケ部……いろいろ見て回って、最終的にバレー部を選んだのだと照れくさそうに教えてくれた。決め手がなんだったのか聞いてみたら、少し周りをきょろきょろしてこっそりと「一番、見ていてかっこいいなって思ったからです」と教えてくれた。分かる。わたしもそう思う。そうこっそり笑った。もちろん他の運動部だってかっこいいのだけど、一等バレー部がかっこいい。マネージャーとしてそう胸を張って言える。そんな気持ちを共有できて嬉しくて、たくさん部活のことを話してしまった。一気にいろいろ言い過ぎたかも。そうハッとして謝ったら「もっと聞きたいです!」と言ってくれて。仲良くできそうだな、と少しだけ人見知りなわたしはほっとした。

「あかりちゃんって呼んでもいい?」
「もちろんです! あの、先輩って呼んでもいいですか?」
「先輩なんていいよ、フランクに呼んでくれれば」
「え、じゃあ、さん、でもいいですか?!」
「あはは、全然フランクじゃないじゃん! もちろんいいよ!」

 あかりちゃんは本当に嬉しそうな顔をして「やった!」と言った。かわいい。思わずそう表情がへにゃりと緩む。これから部活に来る楽しみが増えた。そんなふうに嬉しくて。二人で備品の片付けをしながらたくさん話をした。



 道具入れの中身をあかりちゃんに説明しているとき、背後から声をかけられた。白布だ。ぬっとかかる影に少しだけびくっとしてしまった。しゃがんだまま振り返りつつ「何?」と聞いてみる。白布はわたしとあかりちゃんを見下ろしたまま「この前の練習試合の録画ってあるか」と聞いてくる。この前、他県の強豪校と練習試合をしたのでその試合のことを言っているのだろう。もちろん監督に言われて録画してある。バレー部の部員は研究熱心な人がとても多くて、結構練習試合や大会での録画を見たがる人が多い。白布ものその一人だ。特に正セッターになってからは自分のことを客観的に見たいとかなんとか言っていたのを思い出す。あることと部室のどこに保管したかを教えると「分かった。サンキュ」と軽く言って去って行った。熱心なのは良いことだ。昔から何も変わらないね。そう背中を見て思いつつ一人で笑ってしまう。
 そんな白布を見送りながらあかりちゃんがこっそり「怖そうな人ですね」と、ちょっと言いづらそうに耳打ちしてきた。だよね、そう見えちゃうよね。笑いつつ「無愛想だけど悪いやつじゃないよ」と教えておく。白布はあまり笑わないし、言葉がきついから怖がられることが多い。あとやけに目力が強いし。わたしもはじめのころは怖かったっけ。そう、小学生からの幼馴染の昔を思い出してしみじみする。
 白布とわたしは小学生からの幼馴染だ。小学二年生のときはじめて同じクラス、隣の席になった。男の子は「昔はヤンチャだったけど徐々に落ち着いていく」タイプが多いと勝手に思っているのだけど、白布は昔から今の性格を形成していた。周りの男子より少し落ち着いていて、馬鹿騒ぎを一歩後ろから見ているタイプ。今と比べるともう少しだけ元気でやんちゃなイメージではあるけど誤差の範囲だったと思う。
 小学生のわたしは今より幾分か人懐こく、人見知りしないタイプだった。意気揚々と白布に「ねーねー、名前なんていうの?」と話しかけた、のだけど。白布はちらりとわたしを見て「黒板に書いてある」とだけ言ったのだ。確かに黒板には席順を先生が書いてくれてあったので、白布が座っているところに「しらぶくん」と書かれていた。でも、わたしにとっては、とても衝撃的で。「なんで教えてくれないの?」ととてもショックだった。しらぶくんはこわい。それが第一印象だった。

「優しい接し方が分からないだけだよ」

 苦笑いでそうあかりちゃんに言うと、きょとんとした顔をした。あかりちゃんはもう体育館の隅っこに移動していった白布をちらりと見てなんとなく不思議そうな顔をしている。疑ってる疑ってる。そう面白く思いつつ「救急箱持ってくれる?」と声をかけた。しまう場所を教える、と言えばあかりちゃんはぱっと表情を変えて「持ちます!」と救急箱を持つ。立ち上がるとにこにこ笑ってまた話を戻してくれた。
 かわいいところもあるんだよ、と頭の中で呟く。白布は結構人にきつく物を言ってしまうことも多いけれど、相手が落ち込んでいたり傷付いていたりすることを察すればこっそり反省するし、言い過ぎた自覚があれば後で謝りに来ることもある。そういうの、いじらしくてかわいいなってわたしは思う。それに加えてできないことがあると悔しそうに何度も練習するし、分からないことがあれば徹底的に調べる。そういう努力を惜しまないし、どんなに遠回りになっても投げ出さない。そういうところを、わたしはとても、尊敬している。
 実は中学二年生の夏から、こっそり付き合っている。いやこっそりしようなんてどっちも言っていないのだけど、なんとなく。茶化されたくないなっていうのもあるし、自分から言うのは恥ずかしいから聞かれたら答えようと思っているとかなんとか。たぶん白布も同じだと思う。隠したいわけじゃないけど言い出すのは恥ずかしいし悟られるのも恥ずかしいというか。
 わたしから告白したときの白布の顔は一生誰にも教えてあげない。それくらい、かわいい顔をしていた。たまに思い出してにやけてしまうくらい白布は目を丸くしていたし、数秒後に顔を真っ赤にしていた。忘れろって白布には言われているけど絶対に忘れてやらない。
 中学時代も誰にも言わなかったし今も誰にも言っていない。高校に入学してからは白布は寮生になったので二人で出かけたことは一度もない。学校でも二人で話したりすることは滅多にないし、部活中もほとんど白布とは業務連絡しか話さない。白布よりも川西とのほうがよく話すし、たまに付き合ってるんじゃないかって茶化されることもある。一応わたしと白布が小学生からの幼馴染だとはみんな知っているので、白布の機嫌が悪いときはよく「アレどうしたらいい?」と相談されるけど。
 その代わりにほとんど毎日トークアプリでやりとりをしている。白布から送り始めてくれた。本当はわたしから送ろうとしたこともあったけど、部活で疲れている白布に送ったら迷惑かな、とかいろいろ考えてしまって送れなかったのだ。だから、決まって白布から送ってくれることが嬉しくて。毎日家に帰ってからの楽しみになっている。

「道具入れと救急箱は部室に置いてるんだけど、選手が着替えてることが大半だからノックしてから声かけてね」
「え、そこに入っていくんですか?!」
「大丈夫、ドアのところで受け取ってくれるし、そもそも大体誰かが持って行ってくれるから。マネージャーが部室まで持って行くのはたまにだよ」
「よかった~! 緊張しちゃいますもん」

 本当にほっとした顔をした。照れくさそうに「男の人の、あの、着替えとか、見るの恥ずかしいじゃないですか」と笑う。かわいい。今日何度目か分からない微笑みをこぼしつつ、部員が着替えている部室に堂々の入場をしてしまうことが結構ある自分が恥ずかしくなる。そうか、あれは恥ずかしがるのがかわいい女の子のリアクションなのか。全然気にしたことがなかった。先輩がいようがなんだろうが「入りまーす」と言って部室の中の物を取ったり片付けたりしてしまうので、よく「キャー! えっち!」と天童さんには笑われている。気にしていない人が大半だからほとんど気にしてなかったなあ。そう反省しておいた。
 そう考えつつ部室前に到着。コンコンとノックして「道具箱と救急箱お願いします」と声をかけると、「は~い」と川西の声がした。ドアが開くと、制服のシャツを羽織っただけで思いっきり前が開いている川西が登場。いつも通り道具箱を渡して、あかりちゃんにも「こんな感じで受け取ってくれるから」と説明する。あかりちゃんは川西に救急箱を渡すと「ありがとうございます」と少し視線を泳がせながら言った。あ、そっか。見えてるもんね、川西の上半身。そう思いつつ「歩く猥褻罪だから今後は気にしてあげて」と言ったら「ひどくない?」と笑われた。

もちょっとは照れてくれればかわいいのに」
「いや、今更でしょ」

 前を閉めろ。そう川西のシャツを軽く引っ張ってやる。「はいはい。お疲れ」と言ってから川西がドアを閉めた。部室の前から去って少ししてから、あかりちゃんが「ひえ~」と言いながら両手で頬を隠す。「無理ですよあんなの」ととんでもなくかわいい顔をして言うものだから、同性なのにきゅんとしてしまう。かわいい。とんでもなく。噛みしめるようにそう思いつつ「ぶん殴って大丈夫だからね。牛島さん以外は」と言えば「そんなの余計に無理ですよ!」と大笑いしてくれた。


top / こえをあげる